Folge 24 耐えきった一日

 咲乃は時々オレの袖を掴みながらも一日なんとか耐え切った。

 耐えたものに負けたから休学していたんだ。

 それなのに全授業制覇。

 オレは何度か保健室へ連れて行こうとした。

 見ていられないぐらい蒼ざめることもあったし。

 だが咲乃はすぐに察知して何も言うな、何もするなと止めてきた。


「がんばったな、咲乃。でも初日でそんな調子なら無理しない方がいいんじゃないか?」

「サーちゃんがいれば大丈夫。いないと無理だけどサーちゃん、いてくれるでしょ?」

「まあ、席替えが無ければオレはこの席にいるな」

「じゃあ、席替えは無しって加えておこう」

「どういうこと?」

「いいのいいの。それよりもう帰ろうよ。みんな見ているし、ちょっとキツイ」

「いきなりキスできるのにキツイのか? 人前が苦手とは思えないんだが」

「何かをする時は周りが見えなくなって、何もしていない時は周りが分かり過ぎて動けなくなるんだよ」


 ああ、わかる気がする。


「わかった、とりあえず学校は出ようか。裕二、そういうことだから」

「はいはい、お邪魔虫になる気は無いんで。若い者同士で楽しんでくだされ」

「どこの仲人だ? まあいいや、また明日な」


 鞄を持って歩き出そうとすると、咲乃はオレの袖を慌てて掴む。

 他の生徒達が何か言いたそうにしているのを尻目に教室を出る。

 美咲が焦り気味に、小走りで向かって来る。


「咲乃! 大丈夫なの?」

「う、うん。この通り」

「よく頑張ってたよ。何度か保健室へ連れて行こうとしたんだけどさ、拒むんだ」


 美咲は咲乃の頭を撫でて涙を浮かべている。


「そっか、よく頑張ったね。初日で気合入り過ぎじゃない? サーちゃんにもう少し甘えたらいいのに」

「サーちゃんが隣にいてくれたから頑張れたんだ。こんな人初めてだよ」


 美咲が潤んだ目のままオレに深々とお辞儀をする。


「本当にありがとう。サーちゃんに出会えて良かったです、こんな日が来るなんて」

「あ~っと、その辺のことはとりあえず学校出てからにしないか? 咲乃がもたないぞ」

「そうでした! ごめん咲乃」


 オレと美咲で咲乃を挟んで足早に校舎を出る。

 窓から多数の視線を浴びながらさっさと校門を出た。

 それでも下校を始めている生徒はいるから目線は途切れないんだけど。


 袖を掴んでいた咲乃は腕に抱き着きだした。

 まあ、今は何も言わないでおこうか。美咲もなんだかニコニコしている。

 二人の間に嫉妬はないのかな。

 うちの妹は許しつつ許していないってとこがあるけれど。


「うれしそうだな」


 やたらニコニコしている咲乃を見て聞いてみた。


「そりゃそうだよ。ボクがこうしてもサーちゃんが嫌がらないんだもん」

「ああ、そういや……そうだな」


 今日は特別というか。

 咲乃の状態見ていて、あんまり嫌がる態度とかできなくない?

 まさかそれが狙いとか!?


「美咲はこの状況見ても嫉妬とかないの?」

「ええ。咲乃がこうやってうれしそうに外を歩いている姿が見られているんですもの」

「そう……か」

「それにしても、サーちゃんはそういうこと平気で聞いてしまうんですよね」


 クスクス笑いながらそんなことを言う。


「どういうこと?」

「本当に分かっていないんですね~。モテているってことじゃないですか」


 オレが、モテている?

 どこが?

 彼女いませんけど。

 というか、妹が彼女ですけど。

 それも二人も。

 血が繋がっているから、ノーカウントでしょうし。

 学校の女子はみんな白い目で見てきますけど。

 シス&ブラコン男がモテるわけないでしょうに。

 自覚あるならやめろって話だけど、止められないし。

 止めたらあんなに可愛い子たちを可愛がれないじゃないか。

 毎日食事もお風呂も寝るのも一緒だ。

 クラスの女子と違って、日に日に愛が深まっていくんだぞ。

 ――おっと、弟妹のことを思い出すと脳内テンションがやばい。


 現実に戻してっと。


 咲乃が一日乗り切ったのは、偶然知っているオレがいたからでしょ?

 美咲が同じクラスだったら問題ないのでは?

 あ、そういえば――。


「あのさ、咲乃って美咲と入れ替わりで学校へ来ていたんだよね?」

「はい」

「それは大丈夫だったの?」

「吐いていました」

「……そうなんだ」


 一人じゃ無理なのは伝わったけども。


「先生に一緒のクラスにしてもらうようには頼まなかったの?」

「その手がありましたね!」


 気づいていなかったのか!

 妹達は一緒のクラスだ。

 先生の目が届くところにまとめておかないと対処できないから。

 先生にまとめておくって言われた時はなんて言い方するんだ、と思ったけどね。

 あいつらの所業を聞くと何も言えなかった。


「明日からでも頼んでみたら? 理由が分かっていれば対応してくれるだろ」

「咲乃はサーちゃんがいれば大丈夫でしょうけど、私が心配で授業どころじゃないんですよね」


 授業が終わるごとに走って見に来ているぐらいなら、一緒にいた方がいいと思うんだ。

 他人のオレがどうこう言えることではないか。

 

 おっ! 下校中の中学生集団が見えてきた。

 今日は弟妹三人一緒だな。

 どうもタケルの後ろには女子が数名付いてきているようだけど。

 おまけにウィッグまでしているから三姉妹にしか見えん。

 また妹達がタケルで遊んでいるな。

 タケルは弄られ慣れ過ぎて、女装ぐらいじゃ何も嫌がらない。

 平気で三姉妹化するんだ。

 それを妹達が気に入っているから当たり前の光景になっている。

 そしてタケルファン達もそんなタケルを大好きなわけで。

 一日中女子に弄られまくっているタケル。

 あいつ、黙っているけどハーレム状態なの分かっているんだろうか。


「あ、兄ちゃんだ!」


 ツィスカが気づいてこちらへ突進して来た。

 う~ん。

 今はクタクタの咲乃がいるからできれば受け止めるのを避けたいんだけど。


「咲乃、このままだと怪我するぞ。ツィスカの突進は半端ないから」


 美咲も突進の威力を感じ取ったのか、咲乃の方に手を伸ばす。


「妹さんたちの勢いが収まるまで私といましょう、咲乃」

「そうだね。また機嫌を損ねたくはないし」


 そう言って頼る相手を美咲に替えて避難した。

 これでとりあえずいつも通りに対応できるかな。


「いっちば~ん!」


 ツィスカは鞄を投げ捨ててジャンピングハグを仕掛けて来た。

 これ腰と肋骨に響くんだよね。

 でもツィスカは抱き着き慣れている。

 そのおかげ? で抱き着かれても思ったほどの衝撃は来ない。

 むしろその後の締め付けが厳しい。


「兄ちゃん、はい」


 そう言って目を閉じ、当然! という表情をして待機している。

 駄目だ、この子は可愛すぎる。

 迷わずキスしてしまう。


「はい、交代」


 やり方がさっぱり分からないことがある。

 ツィスカをササっと剥がしてカルラが抱き着くこと。

 どうやっているの?


「サダメ、おかえり」

「カルラもおかえり」


 今度はカルラからしっとりと、色気たっぷりにキスをしてもらう。


「タケルもおかえり。今日も遊びに付き合わされているのか」

「ああ、これはあの子達からのリクエスト。どうしても見たいからって」

「はあ、見たいものなのか」

「らしいよ。僕も何故だかさっぱり分からないけど、喜んでくれるから」


 ツィスカがドヤ顔になる。


「そりゃそうでしょ。ウチの弟は美人だもん。良いものが分かる子には協力するわ」


 何をドヤっているんだか。


「この人たち、姉ちゃんに頼んでいたよね。ウィッグ持っているの知っているし」

「素敵なタケル君を見させていただいてありがとうございました、お姉さま」

「あなたたちの気持ちはよ~く分かるから、これぐらい協力するわよ」

「良いものはできるだけ多く見ないとね」


 カルラもノリノリかよ。

 女子同士の変な絆が出来上がっている。


「僕はみんなが笑っていてくれれば満足だから」


 こいつも好感度を上げる事ばかり言いやがって。


「そろそろいいかなサーちゃん」


 クルっと反転したツィスカが咲乃を見る。


「あんた、兄ちゃんにくっついていたでしょ!」

「ツィスカ、今日は勘弁してあげてくれ。深刻な理由があるんだよ」

「ふうん。兄ちゃんはこいつの味方になっちゃったの?」

「そういうんじゃなくてさ……」


 ここからが大変だったけど、一日の様子を全部話してなんとか納得してもらった。


「優し過ぎる兄ちゃんに精一杯感謝しなさいね! じゃないと許さないから」


 ツィスカが絶好調だな。

 ん?

 タケルファン達の視線が痛いんだが。


「タケル君のお兄さんって、凄く恰好いいですね!」


 痛い視線ではなかったみたい。

 反転したツィスカがドヤる。


「でしょでしょ! もう最高に恰好いいんだから! でもあたしの彼氏だからあげないよ」

「本当に彼氏なんですか!? 噂には聞いていましたけど」

「それが本当なのよ。ごめんね~、興味を持ってくれた子がいたらたまには貸してあげる」


 なんだそりゃ。

 扱いが彼氏でも兄でも無いじゃないか。


「勝手にレンタル品にするんじゃない!」

「でも可愛い子ばっかりでしょ。姉がタケルに触ってもいい権利をあげた厳選された子達よ」

「何をやっているんだ、お前たちは」


 こいつらの間で出来上がっている世界はオレが分かるはずも無く。

 こんな風に楽しんでいるんだね。

 タケルを使って遊んでいるだけと言ったら……睨まれるからやめておこう。

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