Folge 25 休戦

 美乃咲姉妹は自宅へと向かう……はずだった。


 ――――しかし。


 藍原家にいる。

 咲乃がオレの腕にしがみついて離れなかったからだ。


 オレはリビングのソファーに咲乃付きで座っている。

 美咲は自宅へ帰るように説得を試みた。

 強引に連れて帰ろうともした。

 でも、咲乃は瞬間接着剤でも塗ったかの様にオレから離れなかった。

 オレは咲乃の顔が蒼ざめたままなことが気になってしまう。

 それで少しウチで落ち着いてからでもいいんじゃないかと提案したんだ。

 だって、外にいることすら辛そうな表情を見ていたら放っておけないよ。


「ほんとに困った兄だわ。二人の彼女がいるのに女を家に連れ込むなんて」

「カルラさん、彼女といっても妹だから」

「だから?」

「いや、なんでもないです」


 最近妹からの嫉妬度数が高い。

 タケルには女子のアプローチを許すのに、オレはアウト。

 これ、酷いよ。

 とげとげしい目線でカルラは睨んでいる。

 オレのモテない理由の一つじゃないだろうか。

 妹がオレの知らないところで女子バリアを築いているのでは?


「ところで咲乃さん。いつ落ち着いてくれるの?」


 目線の厳しさはそのままでカルラが問う。


「ボクの身体に聞いてよ」

「もしも~し。いつ落ち着くんですかあ?」


 ツィスカがワザとらしく咲乃の肩をポンポンと叩きながらそんなことを言っている。


「ぜんっぜんわからないわ!」


 お得意の両手を腰に当てて胸を張るポーズで言う。

 皮肉たっぷりだな。


「一番苦手な事をやり終えたんだ。それぐらいにしてあげなよ」


 妹二人は呆れた顔をしている。

 登校拒否をするほどなんだ。

 街中だって大変だから引きこもったわけで。

 人込みが苦手な人って結構いるじゃないか。

 オレだって避けられるなら人込みなんて避けたいと思うし。


「まあ、吐くほどの拒否反応が出るというのは重症よね」


 最終的には相手の事を分かってあげるのがカルラの良いところだ。

 しっかりしているよなあ。


「うん。そんな症状を相手にするのは凄く大変だよ」


 そして経験したことがあるかのように語るタケル。

 何を語っても説得力があるのは羨ましい。

 そんなタケルを最近は美咲がガン見しているんだよね。

 まさか……まさかね。


「そういうわけで、落ち着くまではそっとしておいてあげて」

「ふん、はあ。うん、わかったから。その様子ならサダメに何もできないだろうし」


 カルラが大きなため息をつきながら、許可を出す。

 タケルは端からそのつもりのようだった。

 そして、ツィスカだが……。


「うう、わかんない。なんで二人は納得してるの?」


 まだ仁王立ちをしている。

 どうしても納得できないみたいだ。


「だってさ、今だって兄ちゃんにくっついたまんまだよ! これだけでもどうなのって感じなのに。んもう、兄ちゃん! 誰が大切なの? あたしじゃないの? ねえ、ねえ!」


 うわあ。

 肩を揺さぶられながら問われています。

 今は大切度合いレベルの話じゃないんだけどな。


「今はただ弱っている子を休ませるってだけだぞ」

「本当に弱っているのかなあ。本当かなあ。この人だとそんな芝居ぐらい簡単でしょ?」


 完全に信じていないのか。

 分からなくはないんだけど、でもねえ。


「実際にオレが学校で見てきているし、それが原因でって話は学校も知っていた。それでも許せないのか?」


 揺さぶるのはやめてくれた。

 オレの左頬に自分の右頬をくっつけて囁く。


「兄ちゃんが愛しているのは誰ですか?」


 お、おお。

 結局この話の落としどころをそこにしたわけね。

 ならば言って差し上げましょう。


「そりゃあ、フランツィスカお嬢様ですよ」


 ツィスカは頬ずりをしながらニッコリとした。


「もちろん、カルラもな」


 その途端、一瞬鋭い目つきになっていたカルラの目は和らいだ。

 反面、ツィスカは頬ずりしていた頬でオレの頭を突き放した。


「ふん! 仕方がないけど仕方なくないと思いたいけど仕方ないわね」


 どゆこと?

 う~んと、結局仕方がないんだな。

 だって、二人共彼女だし、同じように愛している妹だし。


「許していただけてありがたき幸せ」

「困った彼氏よね! ねえ、カルラ?」

「それは同意。困った人よ」

「そんなに困った人だけどいいの?」

「いいの!」


 大声で二人揃って叫ばれた。

 その声で咲乃が頭を起こす。


「ボク、寝ちゃっていたみたいだね。サーちゃんにくっついていたら安心した。凄く安心した」

「そりゃあ良かった。これぐらいでお役に立てたなら何よりだよ」

「ほらもう! なんで優しくするの!」


 オレおかしなことしているか?

 弱っている子を気遣っているだけだというのに、さっきから、なんだよ。


「もう、ちょっとさ、一人ずつおいで」

「何よ」

「いいから」


 ツィスカから呼んで横に座らせて抱える。

 抱えた腕を頭へ持っていき、顔をこちらへ向かせる。

 少し乱れた髪が綺麗な顔をさらに引き立てる。


「ツィスカ、愛しているから、そこは安心してくれよ」


 そう言うと何をされるのか分かっていたのだろう。

 ツィスカは大人しく目を閉じた。


「ずるいなあ」


 少し頬を赤らめながら俯いてそんなことを言う。


「カルラも」


 ちょいちょいと、手招きをすると、ツツツツっと寄ってきた。

 ツィスカと入れ替わり、同じようにしてあげる。


「ほんとにあなたはズルい人だわ」


 これ、中学生のセリフじゃないよな。

 最近グンと色気やら言い回しやらが大人びてきているカルラ。

 こんな二人を大事にしないわけないんだから、嫉妬なんてするなよ。

 いや、嫉妬してもらえるってのは幸せなことだよね。

 そうか、それなら嫉妬させ続けると最高なのか?

 いやいや、とんでもないことを考えてしまった。

 そんなの、呆れられてジ・エンドだ。


「羨ましいよ、本当に仲いいなあ。ボクがその中に入れたら幸せなんだろうなあ」


 咲乃が今の一部始終を見てから呟く。

 ん?

 あれ?

 なんだか今までよりずっしりとしてきているような。


「咲乃? おい、咲乃?」


 完全に力が抜けている。

 ただ眠りに入ったのとは違う気がする。


「これ、状態が相当悪いと思う。美咲! どうしたらいい?」

「あ、薬が切れたんだと思います。すっかり忘れていたわ。すぐに飲ませますから」


 鞄の中からピルケースを取り出し、必要な薬を手のひらに乗せる。


「すみません。お水をいただけますか?」

「すぐ用意するわ」


 カルラがすぐに動いた。

 水を入れたコップを美咲に渡す。


「サーちゃん、薬が飲めるように咲乃を支えてください」

「わかった」


 脱力しきった体はオレに纏わり着くようにずり下がっている。

 意識を失っているようで、身体のどこにも力が入っていない。

 そんな咲乃を元の位置に戻す。

 そして頭をソファーの背もたれ上部に、若干口が上に向くよう支える。


「咲乃、口開けられる? 薬だよ」


 咲乃は無反応だ。


「ちょっと遅かったかな、完全に気絶しているわ。どうしたら……」


 ええい!

 仕方ない。

 オレ、頑張る!


「美咲、交代しよう。オレが薬を飲ませるから咲乃を支えていて」

「わ、わかりました」


 オレは水を少し口に含む。

 もうこれしかないだろ。

 口移しをするんだ。


「サーちゃん、あっ」


 人工呼吸の要領に似せて強引に咲乃の口の中へ水を流し込む。

 咽でもしてくれればとりあえず意識が戻るだろう。

 素人考えだが、まずは意識を戻そうと思った。


「ゲホっゲホっ」

「咲乃! ごめん、荒いことをした」


 カルラがタオルをオレに渡す。

 咲乃に頭を下げさせてそこへタオルを宛がう。

 咽るのが収まるまで背中を摩ってあげる。

 ああ、弱々しい背中をしているなあ。

 これだけでも守ってあげたくなってしまう。


「よかった気が付いて。ちょっとヤバイやり方だったとは思うけど」

「はあ、はあ、はあ」


 さすがに苦しそうだ。

 自分がやったこととはいえ、可哀そうになる。

 苦しくて気絶したところへさらに苦しくさせているのだから。


「ボク、どうしちゃったの? また寝てたのかな」


 ああ、駄目だ。


「え? サーちゃん?」

「咲乃さ、薬まで飲んでいたとは思っていなかったよ」


 オレは思いっきり咲乃を抱きしめていた。

 そうしてあげないと苦しさから逃げられないような気がして。


「気が付いて良かった。ほんとに良かった」

「うん」

「そうだ、薬を飲まなきゃ。これを飲んで」


 咲乃は飲み慣れている薬を呆気なく飲んだ。


「飲んだよ」


 オレの顔を見てニコっとする。

 その状態で微笑むなんてするなよ。

 顔は真っ青なままだというのに。

 ああ、この子はことごとくオレのツボを突いてくる。

 髪の毛を解くように、頭を撫でてあげた。


「そっか。薬が効いてきたらいつもの元気が出て来るかな」

「サーちゃんいるし、多分、大丈夫だと思うよ」


 まだニコニコしている。

 引き込まれそうだ。

 勝手に顔が近づいてしまう。


「ちょっと兄ちゃん! 何をする気? さっきのとは違うよね、それ?」

「あ、オレは何を……」


 美咲が咲乃の肩に手をやり、事の経緯を説明した。


「そっか。サーちゃんが……。やっぱりボクにはサーちゃんが必要です」


 ソファーの上で正座になり、オレに向かって深々とお辞儀をする。


「どうかボクの傍にいてもらえないでしょうか。お願いします」


 オレにはこの言葉を拒否する理由が無かった。

 オレがいるだけでこの子が普通に振舞えるのなら。


「で、兄ちゃんにどこまで要求する気なの?」


 オレが黙って聞いているからツィスカが痺れを切らしたようだ。


「あんたの身体のために兄ちゃんが必要だなんて言われても、兄ちゃんは道具じゃないんだよ!」

「その通りよ。サダメにはサダメの生活があるの。そこに土足で上がり込まれても困るわ」


 ん?

 美咲が立ち上がった。


「みなさん、サダメ君のお力を貸してください!」


 久しぶりに美咲の大きな声を聞いた。

 おまけに呼び方がサダメ君になっている。


「こんなに長いこと外に出られなかった咲乃が一日出ていられたのは、紛れもなくサダメ君のおかげです。どうか、どうかお願いします!」

「ねえねえ。薬と同じ、というとまた語弊があるかもなんだけどさ」


 おっと。

 また絶妙なタイミングで入って来たな、タケルめ。


「特定の人とだと何故だか上手くいくっていうのはあると思うんだ」

「私もそう思っています! ずっと咲乃を見てきたからこそ分かることなんですけど」


 美咲も興奮気味だ。

 タケルの言葉がしっくりきたらしい。


「サダメ君が近くにいる時の咲乃は、私しか傍にいなかったこれまでとは明らかに違うんです」


 それはオレも感じているからこそ、面倒を見る気にもなっているんだけど。

 妹がそれを理解できなかったんだよね。

 タケルが一言加えたことで、妹達も考え方を変えようとしているみたいだ。


「今まであなたたちが兄ちゃんに猛烈なアタックをいきなり仕掛けるから、あたし達に伝わらなかったのよ」

「ちゃんと理由があるなら最初に話してよ。わたし達が受け入れ難くなるじゃない」


 学校で告白してくる奴らに対しても言っていることだよな。

 いきなり過ぎてドン引きしてしまう。

 ドン引きさせられると中々元には戻せなくなってしまうと。

 何も端から拒否するなんてことをこいつらは一言も言っていないんだよね。

 ってことは、告白している連中は、もしかしたらってのを逃しているのか。

 勿体ない話だ。

 今更妹を誰かに持っていかれたくはないから、もしかしてって時はオレが拒否するが。


「そう、ですよね。最初から気持ちばかり先走ってご迷惑をお掛けしました」

「ん、まあ、分かればいいのよ、分かれば」


 あら。

 ここへきてあっさりと許したな、ツィスカ。

 筋が通ってさえいれば、すぐに軌道修正できるのが偉い。


「わたしも分かってくれれば問題無いわ。ただ、サダメを困らせることがあったら許さないからね」


 嬉しいことに、カルラは毎度オレへの愛を絡めながらコメントしてくるね。

 惚れてしまうじゃないか。

 いや、もうがっちり惚れていたっけ。


「薬が効いてきたみたい。ごめんなさい、少し眠らせて」

「ああ、わかった。ちゃんと寝た方がいいよ。ツィスカ、カルラ、どっちかベッドを貸してくれ」

「いいわ。あたしのベッドへ行きましょ」


 オレは咲乃を抱き上げて妹達の部屋へ向かおうとした。


「うわあ。咲乃、羨ましいわ」


 美咲から裏返ったような声が出された。


「今日は特別よ。これ、あたし達だけのものだったのに」


 そういえば、何の気なしにお姫様抱っこをしていた。

 妹達を運ぶときはお姫様抱っこというのが普通だったからなあ。

 ツィスカはワザと寝たふりしてまでオレにさせていたぐらいだし。


 ツィスカのベッドに咲乃を寝かせて、ようやくオレはフリーになった。

 それぐらい咲乃がくっついていたわけだ。

 妙に体が軽く感じる。


「さてと、オレも少々休ませてもらうよ。美咲はどうする?」

「咲乃の隣にいます。起きた時に誰もいないと驚くから」

「わかった。何かあったらいつでも呼んでくれ。自室にいるからさ」

「ありがとうございます」


 弟妹三人に後はよろしく、と伝えて少し眠ることにした。

 今後についても考えなきゃ。

 さてと、久しぶりに思える自室へ入ろ――――痛っ!


「あああっ! 痛いなあ畜生!」


 ドアに足の小指をぶつけてしまった。

 超絶痛い。

 何かの罰でも当たったのか?

 ――――オレは、無実だあ!

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