Folge 20 風呂時間、水を差されて萎え萎えに

 オレの右腕を枕にしてツィスカがこちらを眺めている。

 オレは天井を眺めたまま無言。

 ツィスカがオレの右頬を人差し指でなぞる。

 腕枕から胸の上に頭を乗せ換えて両腕は上半身を抱える。

 次に片耳をピタリと当てると目を閉じた。


「心臓の音、安心するね」


 耳を当てられていることで、自分でも普段気づきにくい鼓動が伝わっている。

 ツィスカの体温も体勢を変えたことで妙に熱く感じられた。


「この時間が無いと生きていけない気がする」

「そんな頼りないこと言うなよ」

「だって、本当なんだもん」


 余程普段から寂しさを感じているんだな。

 頼る相手がオレで足りるのかな。

 いずれは離れてしまうのかな。

 いつもこの先には得体の知れない障害が現れるのでは……。

 そんな妄想をして自分で自分を苦しめる。

 この喉につかえたような不愉快さはどうすれば払拭できるのか。

 いつしか気にしなくなっているのだろうか。

 ツィスカの体温を感じ、ただボーっとしている時間。

 この中にいると幸せを感じるのではなく、ネガティブなことを考えてしまう。


 ――――何故?


 無性に恐怖に似たものを感じ、両腕でツィスカを強く抱きしめた。


「今は離したくない」

「ん?」

「離したくないんだ」

「うん。いつまでも離さないでよ」

「いつまでも離したくない」


 ツィスカの頭を腕枕に戻して今度は自分が上になる。

 ゆっくりと顔を近づけて唇を――――


「ちょっといいかしら~」


 重ねられなかった。


「ごめんね~ポストにサダメ宛ての手紙が入っていたから持ってきたの」


 カルラはわざとあのタイミングで声を掛けたな。

 どこから見ていたのやら。


「また手紙?」

「え? 前に届いてたの?」


 まだカルラには言ってなかったっけ。


「いや、散歩から帰って来た時に一通届いててさ。まあ相手は美咲だったけど」


 改めて封筒を見るカルラ。

 そのまま破こうとするからオレは止めた。


「ちょっと待った。一応何が書いてあるかは確認しておこう」

「どうして? どうせ告白文だけでしょ」

「オレもそうとは思うけど、告白じゃない何かを伝えようとしているかもしれないから」

「はあ。サダメ、その優しさで何度損をしていると思っているの?」

「そう言われても、これがオレだし」


 カルラは破く恰好をやめ、呆れたポーズを見せて封筒をオレに渡した。

 オレは起き上がり、一通目と同じ黒い封筒を開けてみる。


『サダメ様。ご迷惑をお掛けしてすみませんでした。どうか嫌いにならないでください。咲乃』


「やっぱり似たようなものじゃない。困った人たちだわ」

「う~ん。これでも謝るにはどうしたらいいか考えたんだろうな」

「ほらまた! 優しくし過ぎなのよ。優しくする相手はわたし達だけでいいんだから」


 カルラは怒ったままだった。

 でも、謝ろうとしているのを悪くは言えないじゃないか。


「直接会うとお前たちを不愉快にさせるから手紙にしたんじゃないのかな」

「サダメは許したいの? 酷い目に遭ったのに」

「それ自体は困ったことだけどさ、言い分も聞かないで門前払いも無いかなって」


 カルラはオレの両頬をぐにゅっと両手で挟み、顔を近づけて睨みつけて来た。


「わたしはサダメが酷い目に遭ったのだから、何を言おうが許す気は無いの」


 そのままキスをされた。


「被害者なのサダメは。嫌がるところなのに相手のことばかり気にして」


 カルラは少し潤んだ目になった。

 オレの事を心底思ってくれている気持ちが痛いほど伝わってくる。


「そんなこと続けていたら身がもたないわ、程々にして。わたしも、我慢できない」

「分かったよ、気持ちはよく分かった。ただ、文句を言うにも次のステップに移るにも、相手の言い分を聞くってのは必要だろ? まだあの後から一度目の謝罪なわけだし、様子をみてもいいんじゃないかな」

「はあ……サダメは頑固ね、分かったわ。ただし、また危ない目に遭うようなことがあったらすぐに縁を切ってね」

「ああ」


 あの二人をどうしても悪く思えないんだよね。

 なんとなく勘がそう言っているんだよ。


「それで……、ツィスカは何ニヤついているのよ」

「うふふ。兄ちゃんがずっとあたしと脚を絡めているからうれしいの」

「くっ!」


 うわっ!

 カルラの瞳に炎が見える。

 こ、怖ぇー。


「夜はわたしと寝てね、サダメ」

「あ、ああ」


 ちょっと身体鍛えるようにしないとまずいかな。

 日課に筋トレを加えておこう。


 ◇


 夕飯も終わり、風呂の時間。

 まだまだ妹との時間は続いている。

 どれだけ好きなんだろ。

 寝る時間まではツィスカがオレのお相手ということで、二人だけで入っている。


「兄ちゃん」

「何?」

「胸、好きだよね」

「まあ、男ですから」

「鷲掴みされるの慣れちゃった。これ、普通になって大丈夫かな」

「オレたちだけの時は問題ないだろ?」

「そうなんだけど、他でされても平気だと変に思われるよね」

「そんなことあるのか!?」

「修学旅行とかプールとか、女子だけでお風呂入っていたりすると、よく触る子いたりするじゃない」

「ああ、そういうことか。どれだけいるのかは知らないけど」

「そういう時にさ、キャッとか嫌がったりしないと変かなって」

「そこまで気にしなくてもいいんじゃない? びっくりして声が出なかったとかなんとか言えば」


 その時だ。

 少し開けられた風呂窓の隙間からピンク色をしたものがゆっくりと差し込まれるのが目に入った。


「誰だ!」


 ガサゴソと走り去っていく音がする。

 ツィスカの胸にくっついた両手。

 そんな時でも名残惜しく思いながら手を離して立ち上がった。

 走り去った音が聞こえた時点で間に合わない。

 そう思ったが、窓を開けて外回りを探してみた。

 やはり誰もいない。

 全裸でしていることが間抜けに思えたところで気づいた。

 窓枠に黒い封筒が引っ掛かっている。


「あの姉妹かよ」

「ええ!? こんな所にまで来るの? 不法侵入じゃない」

「だな」


 濡れた手のまま封筒を開けて中身を確認してみる。


『藍原サダメ様、お慕い申し上げます。美咲』


「う~ん。これだけのために不法侵入か」

「今度の内容は?」


 手紙をツィスカに向ける。


「もう、散々聞いたことだし、謝罪でもないじゃない」


 確かに。

 謝罪はあれで済ませたつもりだろうか。

 いや、謝罪を待っているわけでもないんだけどな。


「そろそろ出るか。なんだか雰囲気を壊されたから場所を変えよう」

「うん!」


 窓を閉めて風呂を出る。

 家着に着替えてリビングへと移動。

 カルラとタケルに風呂から出たことを告げる。

 今日は二人で入るそうだ。


「兄ちゃん、何か飲む?」

「ツィスカと一緒の」

「ふふ。じゃあ、ミックスジュースにする」


 すでに二通の先客が入っているゴミ箱に黒い封筒を捨てる。

 しばし止まってそれを見つめてしまった。

 あの二人に対する接し方をどうしたものか。

 この様子だとまだ何かしてきそうだし。


「はあ、どうにも休ませてはもらえないんだな。何もしていないオレだけどさ」

「あんまり気にしていたら駄目よ。適当にね」

「毎日のように告白されている人から聞くと説得力があるな」

「そうでしょ。任せて! そんなことならいくらでもやり方教えてあげる」


 ウチにはこんなことに慣れている奴が三人もいたな。

 聞くと本当に気にせず跳ね返しているんだけど。

 差し当たり、様子見しかないな。

 風呂場からは水しぶきと笑い声が聞こえていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る