Folge 18 さびしんぼう

 昼までのんびり胸を揉ん……ゆっくりした。

 ようやく全員動く気になる。

 とりあえず食材を買いに行きたいというカルラの要望。

 それを受け入れ、オレと二人で買い物に行くことになった。

 そういえば最近買い物に付き合うなんてしていなかったな。

 三人には相当な負担をかけてしまっていると今反省。

 家事がやれないオレでもやれることの一つ。

 それは買い物に付き合って荷物を持つこと。

 こういうことぐらいしないとって続けていたことだった。

 それが高校に上がってからは……。

 部活もやっていないくせにそんな手伝いすら疎かになっていた。

 一緒に行く話が決まってからはカルラが随分と明るく楽しそうだ。

 それぐらい久しぶりってことだ。


 スーパーに向かう途中は手を繋いで歩く。

 懐かしく感じさえするこの光景。

 ――楽しい。

 繋いだ手を大きく振ってみたり、引っ張り合って肩をぶつけて遊んでみたり。

 何をしても笑みがこぼれた。

 人懐っこい猫を見つけて顎を撫で始めたカルラの目が垂れている。


「猫が猫をあやしているな」


 そう言って笑ったらカルラが頬を膨らませてこちらを睨む。


「なんだよ、可愛いってことだろ」

「……んもう」


 これで頬を赤らめちゃうんだから。

 可愛いじゃん。

 歩みを進めて行く中で、何気なく空を見上げる。


「サダメ、あの雲の形はくじらに似ているわ」

「ほんとだ」

「あっちはツィスカに似ている」

「それじゃあカルラにも似ていることになっちまうぞ」

「あ、そっか」


 オレに言われて気づいたカルラが目を丸くしてオレに振り返る。

 なんだか可笑しくなって笑い合った。


 そんなやりとりをしているとスーパーに到着。

 独特なスーパーの匂いがオレの鼻に久しぶりだな、と挨拶をしてくる。

 こんなことも久しぶりになってしまうほど何をしていたんだろう。

 ん~、特に何もしていないってことしかわからない。

 これってまずいよな。

 もう少し有意義に毎日を過ごせるようにしよう。


 そんなことを脳内で喋りながらスーパーに入っていく。

 カルラは慣れたものだ。

 積み重なったカゴの一番上を取ってカートに乗せる。


「こっちのカートじゃなくていいのか?」

「これの方が軽くていいのよ」


 そんなことも分からず、ただカルラの後を付いて行く。


 まだ中学生とは思えない堂々とした買い物っぷり。

 ただただ脱帽です。

 本当にこの娘を奥さんにできたら最高なんだろうなと思う。


「フルーツは何かいる?」


 買い物以外のことを考えていたところに突然質問されて慌ててしまう。

 頭が必死に引き出しを開けて何か答えなきゃと右往左往。


「夏になってからでいいんじゃないか? 別のデザートを探そうよ」

「わかったわ」


 本当にこなれた夫婦のような会話だな。

 結婚が叶わないと分かっている関係。

 ならせめてそんな疑似体験ぐらい満喫させてもらおう。

 ああ、無性に寂しくなるようなことを脳内で呟いてしまった。

 どうにかならないのかな、この関係。

 ある日寝て起きたら法律が変わっているとかさ。


 野菜、肉、魚、冷凍食品。

 牛乳やデザートのヨーグルト、シュークリーム、ロールケーキ。


「はあ、他のコーナーにも惹かれるものがあったけどキリがないな」

「また一緒に来た時に買えばいいのよ」

「そう、だな」


 うん、そうだ。

 今日だけじゃないんだ。

 また一緒に来ればいい。


 果汁モノのジュースやら色々と買い込んで袋に詰めたら大きい袋が二つになった。


「よいしょっと。それじゃあ、帰ろうか」


 オレは買い物袋二つを両手に持った。

 家事が何もできないオレ。

 これは役にたっている感があって自己満足だけど楽しい。


「大丈夫? まだ痛むんじゃないの?」

「いやいや、リハビリだよリハビリ。カルラには随分甘えさせてもらったからさ、ちゃんと守ってあげられるように身体を戻さないと。あ~でもお前たちにはオレの防御は必要無いか。いつも男子を蹴散らしているんだもんな」

「ちょっと、それは女の子を目の前にして言っては駄目なセリフよ。学校ではサダメがいないから自己防衛しているだけで、サダメと一緒にいるときは、その……守ってもらいたいに決まっているじゃない」

「あ~、今荷物持っていなかったらカルラの腰を抱きながら歩きたい気分だよ」

「じゃあ、わたしがこうする!」


 そう言ってカルラはオレの腕に抱き着いてきた。

 少々歩きにくくはなるけど、そんなの気にしていられない。

 気にしていたらこの状況を楽しむなんてできない。

 それに、これだけ楽しそうにしているカルラだ。

 見ていたら何も気にならないよ。


 あちこちから「相変わらずあの兄妹は仲がいいわねえ」なんて声が。

 弟妹と一緒に外へ出ると必ず耳に入って来る。

 どうだ、いいだろ。

 なんて思ったりしてね。


 帰りは荷物がある所為で大して遊ぶこともできず。

 あっという間に家に着いてしまった。


「ただいま~」

「おかえり兄ちゃん!」


 ツィスカが待っていましたとばかりに抱き着いてきた。

 軽くキスをして家に上がる。


「今度はあたしと一緒にデートしてね」

「デートって。スーパーに買い物に行ってきただけだぞ」

「二人で外に行ったんだからデートだよ」

「そうなの? なんか違うと思うけど」

「わたしはデートのつもりだったわよ」


 カルラが冷蔵庫に買ってきたものを仕舞いながらそんなことを言う。


「ほら! デートじゃない」

「そうなのか。これでデートっていうならたっぷりデートできそうだな」

「やった!」


 ツィスカがリビングをくるくると舞ながら嬉しさを表現している。

 ほんとにそれぐらいで喜んでくれるんならいくらでもするよ。

 そんな風に楽しそうにしているのを見たくて生きているようなものだから。


「姉ちゃんたちはいいなあ。なんで僕は男に生まれたんだろう」


 オレを含めた三人の動きがピタリと止まった。


「――――タケル」


 俯いているタケルに全員が寄っていく。


「そんなこと言うなよ~。お前はまだその気が無いかも知れないけど、今随分とモテているんだろ? もう少し時間が経てば男で良かったと思えるようになるよ」

「なんで僕の気持ちが分かっているようなことが言えるのさ! 今僕は姉ちゃんたちみたいに兄ちゃんと仲良くしたいんだよ!」


 三人共うまく言葉が出てこない。

 タケル、そこまで思っていたのかよ。

 確かに一般的な男の子扱いをできるだけしてきた。

 それは容姿が綺麗過ぎることを本人も気にしていたから。

 ちゃんと男の子だよって伝えるためだった。

 まさかそれが逆効果になっていたのか!?

 いや、容姿じゃない。

 心の問題か。


 凄く難しい問題に直面してしまったようだ――――


「ということは、タケル的には仲良く出来ていないってことか? 少なくともオレは仲良くしている気満々だし、二人もそうだと思うけど」

「もちろんじゃない、どうしたのよ?」


 タケルは首を振って何かを否定しているようだ。


「そういう意味の仲良くはしてもらっているよ。僕が言っているのはそうじゃないんだ、そうじゃないんだよ……」

「とりあえず落ち着こう。ゆっくり話を聞くから」


 そう言ってオレはタケルをソファーへ座らせる。


「その言い回しで大体どういうことかはもう伝わっている。だから安心して、今の思いをぶちまけちゃってくれ。それでまず言いたいことをスッキリさせよう」


 自分の口で言いたいことを言わせることが必要だ。

 でないと、引っかかっていることまで払拭することは難しいだろう。

 とにかく全部言葉にして吐き出させることにした。


「言いたいことは……ただ、兄ちゃんたちに甘えたいだけだよ」

「いつもしているじゃないか。もっとって言うならもっと甘えてくればいいさ」


 ツィスカがタケルの頭に手を置いて顔を覗き込んだ。


「あたしたちが兄ちゃんを独占し過ぎた? 兄ちゃんはちゃんと全員相手にしてくれているじゃない。タケルとも二人だけで寝てくれたりしているし」


 頭に置かれたツィスカの手。

 タケルは両手で優しく掴んで自分の目の前に持ってきた。


「兄ちゃんだけじゃない、兄ちゃんたちって言ったよ。姉ちゃんたちにも甘えたいんだ」


 ツィスカに目を向けるとツィスカも同じくこちらを見ていた。


「なんだよ、びっくりするじゃないか。姉ちゃんたちに甘えたかったのか」

「そうなの!? 言われてみれば最近タケルを構った覚えが無い」

「確かにそうね」

「てっきりオレがいない時は二人に甘えているものだと思っていたよ」


 タケルは大事そうにツィスカの手を握ったままだ。

 ツィスカはそれに答えるように、空いている手も参加させてタケルの手を包んであげた。


「そうね。やっぱりあたしたちが兄ちゃんにベッタリ過ぎたかな。兄ちゃんがいない時ぐらいはタケルのお相手もしないといけないわね。ごめんね、姉として弟に冷たかったかもしれないね」

「料理の手伝いとかしてくれていたからそこまで考えていなかったわ。わたしもごめんね。甘えるぐらい何も気にせずしてちょうだい。わたし達はちゃんとタケルの事好きだからね!」


 カルラも少々焦ったような気持ちが伺えるような口調でフォローを入れた。


「なんかね、色々あって寂しくなっていただけだと思う。僕の方こそ変な事言ってごめんなさい」


 ツィスカが両手を腰にやって仁王立ちポーズになった。


「いつでも甘えて来なさいよ! 水臭いわね。何でも言えるのが藍原家でしょ! 遠慮なんかしないでよ」


 おお。

 ツィスカが長女面を必死にしているぞ。

 長女感は常に出していたいというところがツィスカの可愛いところだ。

 一時はどんな話になるのかと少々焦った。

 けど、いつも通りの藍原家な話で安心した。

 それにしても寂しがり屋が四人もいるんだぞ。

 両親よ、そろそろ現状を考えてくれ。

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