第7話 「あの子も、変なのに捕まっちゃったわねー」
「まずは、唯子。あんた自分のこと引きこもりって言ってたわよね? 今日、外出でもしたわけ?」
「ううん、ここからは高校中退以降は数えるくらいしか……いや、ん? 数えるほども出たことないよ!」
サムズアップしながらどこか自慢げに訴えてくる唯子に。ユノは頭を抱えながら、そういう意味じゃないと頬をひきつらせた。
「……いや、それはそれで問題なんだけど。じゃあ今日密林でも来た? 鍵を開けるようなことが一度でもあったわけ?」
「ううん? ないけど」
「じゃあなんで鍵が開いてて担当くんが部屋に入れるのよ! 怖いわ!」
「あっ!」
言われてみれば確かに! といわんばかりに唯子が口に手を当てて。片手にスマホを握って仁王立ちし無表情のままなんの反応も示さない彩花を見上げる。ふわりと花でも背負いそうな笑みを浮かべた彩花は、何のためらいもなく。というにはユノの目にはどこかふてぶてしそうにうつったが。
「実は管理人さんに言ったら開けてもらえました」
「そ、そんなことしなくても、普通に訪ねてくれたら開けましたけど……」
「サプライズしたかったので」
自分に言われて初めて気づく唯子、なるほどーと軽く頷いている友人に。勝手に管理人に鍵を開けさせて部屋に入ってきた不法侵入者に、なるほどーじゃないわよ。あんたの頭はゆるゆるか! とつっこみを入れたくなったユノだったが。あ、ゆるゆるだったわ。と思い直した。
唯子の横にいつの間にか来ていたスカイプを通じてみる初めて見るほどのひどく冷めた目の銀髪青目の美少年に睨まれる。心当たりは鍵の件を教えたことしかないが、それくらいで睨むとか狭量にもほどがあるだろう。
……ふーん、この子がさっき言っていた天才美少年君ね、と納得するユノには美少年に興味がなかった。少なくとも、友人の部屋に不法侵入している時点で興味どころか好意はマイナスである。
じろじろとスカイプ越しに彩花の顔を見つめ、一言。
「せめて美少女だったらワンチャンあったのにー」
「ユノちゃん美少女好きだもんねー。『アイ×スピ』もユメコちゃん派だし」
「違うわ唯子、よく聞きなさい。私は美少女好きじゃないわ、全美少女を愛してるのよ! この世に男なんてもういらないわ!」
「……先生、俺。先生は同性愛者ですか?」
「へ、ちが」
「違うわ、性欲なんて穢れた視線であんな天使たち……神聖な存在を見れるわけがないじゃない! 男はすぐそうやってなんでもかんでも性欲に結び付けるからダメなのよ!」
拳を握り、血涙せんばかりの勢いで演説もどきをかますユノに。微笑ましそうな視線を渡すのは唯子だけで、彩花は軽蔑せんばかり目で見ていた。
イギリスで暮らしていた彩花だが、3歳になるまではロシアで生まれ暮らしていた。ロシアは同性愛に非常に厳しい国だ。三つ子の魂百までというように、イギリス生活で多少は緩和されたものの彩花は同性愛にあまり理解がなかった。
まあ、この編集者という仕事についてから下積み時代には多くのBL漫画など持ち込まれたものを読んでいたためあまりそれを表に出すことは普段はしなかったが。
なぜ今回それを表に出したかというと、ユノが言わなければ疑問に思っても唯子は鍵のことなんて言わなかったに違いない。というか気付くかどうかすら危うい。三十路近くなっても危機管理能力がないに等しいのだ、唯子は。
そしてなによりユノの、「全美少女を愛してる」発言である。
さらさらのウェーブがかった漫画みたいに長い白金の髪、宝石を埋め込んだような青い瞳、白磁の肌に小さいからだ。美少女というには万全である唯子に、興味を示されてはたまらないと彩花は思ったから。
自分が、自分がどれだけ会いたかったと思っているのか、どれだけ。今度こそ絶対に―――。
ぎりっと歯噛みしたのは自身なのに彩花は気付いていなかった。ついでみしみしの次にばきぃっと音がして、ひゃっと飛び上がった唯子はなんの音だろうと首を傾げたが。ふとみた彩花の右手、スマホの画面がばっきばっきに割れてるのを見て。ぴえっと悲鳴を上げた。
なぜか。彩花の右手が血まみれだったからである。持っているスマホを握力だけで液晶を割りその割れた画面で手を切ったらしい。ゴリラか。ゴリラ腕力か。ツッコミが追い付かない唯子。密林で買ったお気に入りの猫のカーペットの敷かれた床にもはらはらと血がこぼれる。それを見た彩花は自分でも予想していなかった出来事に目を丸くしてから、冷静に。
「カーペットを汚してすみません、先生。すぐ染み抜きするので、道具はどちらに」
「かかかカーペットなんかどうでもいいですから! 彩花さんの手の方が大事です!!」
「でも早く染み抜きしないと……。時間が経つと染みが取れなく」
「わたしは! カーペットより彩花さんの方が心配なんです!!」
わかったら早く、そのスマホテーブルの上に置いて……とりあえず、応急手当だけしてあ、病院調べなきゃ! ユノちゃん、ごめんまたね!
そうあわてた唯子に画面越しに言われて、ぷつり画面が黒く染まる前。こちらに勝ち誇った視線、お前なんかより自分の方が優先されてるんだ。みたいな子どもじみたそれを送ってきた彩花に。暗転したそれを見つめながらユノは大きくため息をついたのだった。
「あの子も、変なのに捕まっちゃったわねー」
お前も十分変なのに分類される存在だぞ、と伝えるものは。1人暮らししているユノの家にはいなかった。
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