第27話 『ほこり高き三流クリエイター』

 その日の夜、ぼくはピコザさんとミーちゃんと三人で、ピコザさんのなじみの店である『コーエンジ』へ行きました。


 カウンターでおいしいお酒を飲みながら、ワイワイとゲームの話しで盛り上がっていると、1匹の年配のトラさんが店のドアを荒々しく開けてフラフラと入ってきました。


「あっ、先生。いらっしゃい!」


 店のマスターが親しげに声をかけたそのトラさんは、どうやら店の常連さんのようでした。トラさんはフラフラしながら、ぼくらの横のカウンターのイスに腰をドスンとおろすと、テーブルに顔をうつぶせてしまいました。


「まいったなぁ。また今夜もベロベロだよ……」


 グラスをふきながらフウッとため息をつくマスターに、ミーちゃんが小声でたずねました。


「あのぉ、マスター。もしかしてあのトラさんって……ダリーさん?」

「おっ、よくごぞんじで! そうそう、あの有名なイラストレーターのダリーさんだよ」

「すっごお〜い! ブブくん、私たちラッキーかも!」

「ほんとだ! すげえ〜!」


 ミーちゃんとぼくは、まるで少女漫画に出てくるキャラのように手を組んで目をキラキラさせながら叫びました。なぜなら、ダリーさんはテレビや雑誌にも出る今をときめく超人気売れっ子イラストレーターだったからです。絵をかく仕事についているぼくとミーちゃんにとっては、それこそ神さまみたいな存在です。


「まあ、まあ、落ち着いて。先生はプライベートだから、そっとしておいてね」

 マスターは苦笑しながら興奮して大騒ぎするぼくたちをたしなめました。ぼくとミーちゃんは、カウンターにうつぶしているプライドさんに向かってペコリと頭を下げてあやまり、またゲームの話の続きにもどりました。


「きみたちは……テレビゲームをつくってるのか? ヒック……」


 すると酔いつぶれて寝ていたと思っていたダリーさんが、突然ムクッと顔を上げてぼくたちに話しかけてきました。


「は、はいっ! ぼくはゲームの絵をかいています!」

「あ、あたしもです!」


 ぼくとミーチャンはあこがれの有名人に話しかけられ、まいあがりながら答えました。


「テレビゲームの絵? フン! あんなの絵のうちにはいるのかね? ヒック……」


 ぼくは自分の耳をうたがいました。ミーちゃんもダリーさんの一言が信じられないという顔をしていました。なんと、ダリーさんは酔っぱらってぼくたちにからんできたのです。うれしいやら、悲しいやら……。


「やめてくださいよ、先生」


 マスターが止めようとするのを無視して、ダリーさんはさらにぼくとミーちゃんにからみます。


「きみたちは、あんなガタガタの幼稚な絵をかいて、ほんとうに満足しているのか? それとも世間に通用する実力がないから仕方なくかいてるのか?」


 ぼくはドキンとしました。なぜなら、ぼくがこの業界に入った理由はゲームが好きだったからではなく、ダリーさんが言ったようにイラストの仕事につけなかったからです。あたりといえば、あたりです。でも、ミーちゃんは違います。彼女は本当にゲームが好きでこの業界にはいったのですから。ミーちゃんはあこがれの人に自分の仕事をバカにされたことがとてもショックだったのでしょう。目にうっすらと涙をうかべて、うなだれてしまいました。


「あの……、おはずかしいですが、ダリーさんがおっしゃったとおり、ぼくは絵の仕事がなくてこの業界にはいりました。でも、彼女は違います! あと、ぼくたちは少しでも良いゲームの絵をかこうと努力しているつもりです。たしかにダリーさんから見ればお話にならないガタガタで幼稚な絵なのかもしれません。それでも、ぼくたちはこの仕事にプライドをもってるんです」

(言っちゃった……)


 ぼくは少しお酒に酔っていたのでしょう。天下の有名イラストレーターにむかってとても偉そうなことを言ってしまいました。


「プライド? フン。私はゲームのプログラマーは認めているよ。でも、絵をかいてる連中は正直言ってその業界では通用しない三流クリエイターばかりだと思っている。なんだ、あの絵は! でも、そんなやつらに限ってプライドだけは一人前ときやがる。たぶん、ゲームで小金がはいって自分の実力をカン違いしているんだろうな。ヒック……」

「言い過ぎですよ、先生っ!」


 マスターは拭いていたグラスをカウンターにタン!と置くと、腰に両手をそえて注意しました。


「いいかげんにしてください、先生。 これ以上、他のお客さんにからむのはやめてくださいませんか? 迷惑です」

「からむ? 私はからんでんじゃないっ! 心配してるんだ! 若いクリエイターがゲームなんかで自分の才能のムダ使いをしているのが心配なだけなんだ! ヒック!」


 ダリーさんは酔いも手伝って、まるで何かにとりつかれたようなすわった目で、ぼくらに力説します。そのあまりの勢いに、ぼくはだんだん自分の仕事に自信がなくなってきました。ミーちゃんはショックで泣いていました。


「何様のつもりだい……」


 熱くなった店の中の空気を冷ますかのように、だれかが低くゆっくりとした声でポツリとしゃべりました。その声の主はピコザさんでした。


「おい、そこの絵かきさんよ。あんた、いったい何様のつもりなんだい?」

「だれだ、おまえは?」

「オレか? オレはこの2匹のなかまだ。あんたが言うところの三流クリエイターのなかまだよ」

「なら、だまってろ。私は今、この未来ある若いクリエイターたちにアドバイスをしているところだ」

「そいつは困るな。なかまの未来がくさっちまうぜ」

「なんだと?」

「たまたま絵かきで売れっ子になったぐらいで大物気どりかい? で、酒に飲まれて自分より弱い立場の若い連中にからんで酒のつまみにしてんのかい? さすが一流はやることがちがうねぇ……」


 ピコザさんはそう言った後ニヤリと笑うと、口にくわえたタバコに火をつけ、ゆっくりとふかしました。


「フン、三流はそうやってすぐ一流をひがむ。そんな根性だからいつまでたっても三流のままなんだよ。くだらん。マスター、私は帰る! ヒック!」


 ダリーさんは吐き捨てるようにそう言うと、イスからフラフラと立ち上がりました。


「おい、一流さんよ」

「なんだ?」

「あんたさっきオレたちのことを、小金で自分の実力をカン違いした連中って言ってたよな?」

「よくおぼえてるな。ちがうのか?」

「その言葉、そのままそっくりあんたにお返しするぜ」

「なんだと……」

「超売れっ子だか人気もんだか知らねえけどさ、カン違いしてんのはあんたじゃないのか?」

「どういう意味だ?」

「いいかい、一流さん。オレたちはたしかにあんたが言うように三流かもしれない。でもな、オレたちはあんたみたいに相手を見下したことだけは絶対言わない。いや、言えないんだ。なぜならオレらが相手にしているのは、あんたが相手しているような業界の一流の動物たちじゃなく、ごく普通のどこにでもいる動物たちだからだ。そんな動物たちにはウソや思い上がったカン違いは通用しないんだよ」

「だ、だからなんだ……」


 ダリーさんはピコザさんの言葉を聞いて、まるで酔いが冷めたかのように真顔になってしまいました。


「一流さんよ。あんたも昔は三流だったんだろ? でも、三流で食えなくても、その時のハートは一流だったんじゃないのかい?」

「う……」

「はっきり言わせてもらうよ。あんた、仕事では一流に成り上がったかもしれないが、ハートは三流に成り下がってるぜっ!」


 ピコザさんのスゴミのある声に、ダリーさんはビックリして目をまんまるにしました。


「ガオ〜〜ッ! う、うるさい! おまえたちのことを心配してアドバイスしてやったのに、なんだその態度は! この三流どもめが!」


 ダリーさんはカウンターに飲み代をたたきつけると、まるで今まで酔っていたのがウソのようにしっかりとした足取りで店のドアへ歩み、ドアを荒々しく開けながらぼくたちに向かって捨てゼリフをはきました。


「ふん! 一生、レベルの低いゲームのガタガタ絵でもかいてろ! ヒック!」

「あんたも、せいぜい落ちぶれないように一流にしがみついてるんだな」


 ピコザさんのお返しの言葉にきれたプライドさんは、こわれるんじゃないかと思えるほど激しくドアをしめて店から出てゆきました。


 ぼくは、ピコザさんがぼくたちのつらい気持ちを代弁してくれたような気がしてうれしくなりました。そして、天の上の存在だったダリーさんよりピコザさんの方がずっと一流らしく思えました。


 「ごめんな、ミーちゃん、ブブくん。君たちのあこがれのイラストレーターを怒らせちまったよ」


 ピコザさんが頭をかきながらぼくらにあやまりました。続けてマスターもぼくらにあやまりました。


 「みんな、申し訳なかった。 ダリーさん、最近、仕事がうまくいってなくて荒れ気味だったんだよ。私はくだらんマスコミの仕事をするために絵かきになったんじゃない、ってね」

「おやおや、ぜいたくな悩みでうらやましいもんだ。ねえ、ミーちゃ……」


 ピコザさんがミーちゃんの方を向くと、ミーちゃんは顔を両手でおおってシクシクと泣いていました。


「ミーちゃん。ほんとうにごめんな……」


 ピコザさんがミーちゃんに頭をさげてあやまると、ミーちゃんは小さな声でポツリと言いました。


「ううん。あたし、なんかうれしかったの……。ピコザさん、ありがとう……」


 ホッとした表情のマスターが、今まで店の中にかかっていたロックのBGMをとめ、ミーちゃんのお気に入りの曲に変えてくれました。


 曲は、ミーちゃんが大好きな映画のテーマ曲『星に願いを』でした。

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