風は遠くからも吹いて 一話
空気が良くない。悶々とした雰囲気が作業場に立ち込めている。何か楽しい話をしても続かない。人力飛行機の部品を分担して作っているのだが思うように進んでいない。彼らの先輩がパーツのチェックをするのだが、それがあまりにも厳しく中々進まない。
そんな中、ハイテンションな音楽が突然流れ、その重たい空気を切り裂いた。
「あ、ごめん。あたしの携帯」スタイロフォームを削っていた絵美が手を止める。「電話出てくる」
絵美が作業場を出てから、他の部員たちは着信音に思わず笑ってしまった。
そんな愉快な時間もつかの間、彼女は苦そうな顔で戻ってくる。絵美がここまで深刻そうな様子はあまりないため、みんなが一斉に心配した。
「どうしたの?」奏恵が訊く。
「その……、お祖父ちゃんが倒れて病院に運ばれたって」
「それ早く帰らないと、そのリブ作っておくから」
「ごめん、ありがとう」
絵美は急いで荷物をまとめて帰っていく。彼女の着信音で和んだ空気もまた暗くなってしまった。
「大丈夫かな……」奏恵がぽつりと漏らす。
「いけるやろ」キヨが飄々と返す。「そのうち落ち着いてくって」
「だといいけど、実家大変って聞いてたから」
作業場にいた皆が手を止めて奏恵の方を見る。彼女の家について話したほうが良さそうと思い、切り出した。
「絵美には話した事黙っておいてほしいんだけど」祖母がずっと寝たきりである事、祖父も体調をこのところ良くなかった事、そして十歳のときから母子家庭だった事などを簡単にまとめた。「とりあえず、辞めるような事にならなければ良いけど」
しばらく沈黙が続いた。
「俺達は──」ずっと黙っていた長船が突然言う。「全員で琵琶湖に行こうな」
「当然だ」江森が手を止めて、力強い目線で顔を上げる。
奏恵も頷いた。
彼らの一つ上、八期は大会の出場部門を決める中で揉めて、最後には何人か辞めた。これも今の空気が悪い理由の一つだ。絵美や奏恵の九期生は入部した人数こそ少なかったものの今まで誰も辞めていない。だからこそ、揃って大会に行きたいとよく話していた。先輩たちの話では、八期のような揉めた事が無くても大体は色んな理由で一年生の前半で辞めていく人がいるという。だからこそ、ここで誰かが辞めるというのは避けたいというのが絵美を含めた全員の思いだった。
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