107 月夜の誕生日②
「太陽さんも上級者コースとか滑りたいんじゃないですか?」
月夜に機嫌を伺うような言葉使いで声をかけられる。
「そんなことないよって言ったら嘘になるけど、人に教えることも大事だからね」
「何か申し訳ないですね」
本音を言うと無言で雪面を滑るより、かわいい月夜と一緒にいる方が何倍も楽しい。
ま、こんなこと口には出せないけどね。ただ、恰好を付けるなら……。
「ここで上手くなって次は一緒に上から滑ろうよ。月夜ならすぐ上手くなるさ」
「太陽さんが教えてくれてるんだから、そうですよね!」
月夜は穏やかなの笑みで応えてくれた。この笑顔が見れるならずっと教育している方がいいのかもしれない。
僕と月夜はリフトから降りてすぐの小さなレストランへと足を運んだ。
「ここのカレー、月夜なら喜ぶと思うよ」
「ホントですか! どんなのが来るんだろ」
さっそくカレーセットを注文すると山盛りのご飯が乗せられたカレーが出てきた。
ここのレストランはとにかく量が多いことで有名なんだよな。
月夜は睨むように目を細める。
「太陽さんて……私のこと質より量だと思ってません?」
「え、違うの?」
「間違ってないですけど……私だって……もう」
そんなことを言いながらカレーを平らげる月夜さん。
月夜くらいの体型の女性でこのカレーセットを食い切れた人を見たことがない。
文句を言いつつも案の定食べきってしまった。
「やっぱり量じゃないか」
「なにか!」
月夜は若干ご立腹のようだ。でもカレーは美味しそうに食べていた。
完食お疲れ様でした。ってことで僕はカメラを手に月夜をファインダーにおさめる。
「月夜、笑顔笑顔」
「カメラを持つと調子いいんだから」
小さくポーズを取って、微笑んでくれた。
やっぱり月夜は笑った顔がとってもかわいい。
◇◇◇
時間は15時近く、そろそろ集合場所へ行かないといけないな。今はゲレンデの中腹の方に僕達はいる。
ここから旅館まで10分ほどって話だから、多少遅れても問題はない。
月夜は相当上手くなり、僕に突っ込んでくる癖はそのままながら中級コースでも問題なく滑られるようになった。
僕はここまで滑られるようになるまで3日かかったんだけど……。
「あ、ひーちゃんかな」
月夜が後ろの斜面を指さす。少しいびつながらもゆっくり斜面を降る女の子がやってきた。
ちょうど僕達の側にまで来る。
「つーちゃんに山田じゃない。そろそろ集合時間でしょ」
「ひーちゃん、すっごく上手くなってる!」
「まーね。でもせーちゃんに比べたら……ね。あ、私トイレ行きたいから先に行くわ」
今時のアイドルはトイレ行くんだな。
ひーちゃんはそのまま斜面を滑っていった。今日始めたとは思えないぐらい上手い。やっぱりアイドルってダンスを踊るから、上達が早いんだろうか。
「あれすっごくない!」
「なんかトリックとかしてる!」
他の客達がわいわい声をあげていた。さっきひーちゃんが降りてきた方向だな。
見覚えのあるウェアを着た2人のスキーヤーが猛スピードでトリックしながら降りてくる。
あっという間に僕達の所まで到達した。その内の1人がゴーグルを取り、ニット帽を取る。
汗と一緒に飛び出た栗色の髪がとても幻想的で……周囲の女性客を虜にした。
「キャアアアアアアア!」
「なんだただのイケメンか」
「そろそろ集合時間だぞ」
「知ってるぞイケメン」
親友、神凪星矢は片足のロックを外して近づいてきた。周囲の女性達が黄色い声を上げ、芸能人? モデル? なんてことを言っている。
正直どうでもいい。
「やっほー、2人とも」
「水里ちゃん」
もう1人は水里さんだ。やっぱこの人も上手いな。さすが雪山育ち! って言うと怒るかもしれないけど。
「何でスノボー始めた初日でトリックができるようになってんだよ」
「そんなに難しくないぞ」
「僕オーリー360とかできないんだけど」
「星矢くん、3回ぐらい滑ったら出来るようになってたよ」
「くっそ、この無駄な才能、滅んだらいいのに」
天は二物を与えずじゃないのかよ。この無駄にかっこいいのがむかつくぜ。
「私の教育のおかげかな!」
水里さんがえっへんと自慢気に言うがどう見ても才能です。
4人集まりさっさと下山することになった。
「誰が一番早く降りれるか勝負しようよ。負けたら月夜ちゃんに何でも言うこと聞くってことで」
「月夜が負けたらどうするの?」
「いいですよ。それで行きましょう」
「え?」
月夜は頷いたためゲーム成立だ。呆然としている内にみんなスタートしてしまった。
星矢はともかく、そんな素人の月夜が勝てるわけないじゃん。
星矢と水里さんは猛スピードで降りてしまう。これは勝てん。だったら月夜には……。
「月夜さん?」
あの2人に負けじと月夜も猛スピードで降りていく。
何、あのスピード!? うっそだろ! さっきまでゆっくりスピードで転んでたじゃないか。
やばい、このままじゃ負ける!!
僕も後を必死で追ったが、最初の差が響き、敗北してしまった。
項垂れる僕に月夜が近づく。
「太陽さんのおかげでこんなに滑られるようになりました!」
嘘つけぇぇ!
そうだった。星矢があんなに滑られるのに……月夜が滑られないなんてありえない。
このとんでも兄妹の才覚を見誤っていた。多分月夜はすぐに滑られるようになっていたのだ。
もしかして月夜……僕と一緒にいるために初心者を演じ続けていたのだろうか。
「月夜……もしかして」
「はい?」
聞けないな……これはさすがに。その通りだったとしても聞くのは自惚れ過ぎている。
ま……月夜に何度も抱き着かれてまんざらでもなかったのは事実だし、怒る気持ちなんてまったくない。
今度一緒に行った時にたくさん滑ることにしよう。
「太陽さんに何をしてもらおうかなー」
このかわいすぎる小悪魔に本当、翻弄されてるなって思う。
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