108 月夜の誕生日③

 スキー場で片付けを終えて、九土さんが手配してくれた車に乗り込む。

 弓崎さんと瓜原さんはすでに宿らしいので、8人分かれて車に乗り込んだ。

 旅館までは10分ほどでついてしまった。


「すっごーい!」


 月夜の声に僕も頷く。

 こりゃ大したもんだ。事前に徴収されたのは1000円のみ。1000円だけでスノボを楽しみ、旅館に泊まって、風呂に入れるとかやばいな。

 九土さんには足を向けて寝られないな。


「さぁさっそく、部屋で準備して風呂へ行くぞ。皆の柔肌を見せてくれ!」


 九土さんが息を荒くしている。この人には世話になっているけどこういう実益があるから率先してやるんだろうな。恩があるから誰も断れない。

 お金持ち特有の手だ。

 チェックインの処理は弓崎さんがすでに終わらせていたため僕達は部屋の方に案内された。

 8人の女性陣は大部屋。僕と星矢男性陣は小部屋となっている。


 小部屋といいつつ、4人は泊まれるような大きい部屋だった。


「へぇ~広いじゃないか」

「ああ、だが……何でもうふとんが敷かれているんだ?」


 旅館って確か飯食ってる時にふとん敷かれてるんじゃなかったっけ。

 これはどういうことだろう……。さらに言えば1つのふとんにまくらが2つ置かれているおかしな構図となっている。


「神凪さん、ふとんどうでしょうか」

「山田先輩もいつでもいいですよ」


 スキーに来なかった弓崎さんと瓜原さんがウキウキな顔してやってきた。2人がネタ帳持ってやってきてる時点でもう狙ってやってるとしか思えない。

 いつでもいいってどういうことだよ。


「2人とも何考えてるの」

「でも月夜から聞きましたけど、テスト前の泊まり込み時は1つのふとんで2人で寝るんですよね?」

「え、本当ですか!?」


 弓崎さんがすっげー嬉しそうな顔をする。この子のこんな顔ってこのネタでしか見ることないよな。

 しかし月夜め、余計なことを。星矢んちはふとんが人数分しかないので夏はいいにしても春や秋は1つのふとんで寝るのは仕方ない。

 別に僕も星矢も今まで気にしてないからよかったものの……変に気にしてしまうじゃないか。悪い方の意味でな。


「男2人に1つのふとんで寝て何もないわけ」

「あるわけないだろ」


 弓崎さんの言葉をぴしゃりとしめて星矢は部屋に入ってふすまを開ける。やっぱりふとんがもう一式入っていた。

 2つあるなら問題ないな。2人の女の子から舌打ちが聞こえる。何てやつらだ。


「太陽くん、ちょっといいか?」


 九土さん? 僕達の部屋に九土さんがやってきて、手招きで僕を呼ぶ。星矢じゃなくて僕を呼ぶなんてなんだろう。

 旅館の廊下まで呼び出された。


「この旅館には露天風呂、大浴場付きの家族風呂が2つある。A風呂、B風呂という名称だ」

「うん」

「君にはA風呂に星矢を連れてきてもらいたい。ちょっと面白い催しを考えているのでな」


 なるほど、複数の女性で1人の男を襲うというわけか。

 是非ともやってもらうべきだな。逆の性別だと相当にやばいが星矢なら大丈夫だろう。むしろ裸までひん剥いた方がいい。

 星矢ハーレムによる一大作戦だね。是非とも被害がこない所で眺めてみたいけど女の子とお風呂に入るのはちょっと勘弁したいし、僕は逃げよう。


「星矢をA室に押し込んだ後、僕は一般の大浴場に行ってるよ。裸にひん剥くかしらないけど、犯罪にならない程度にね」

「何を言ってるんだ君は……。まぁいい。何も一般に行く必要はない。B室も貸し切りにしてある。君はそこでのんびりするといいだろう。独占だぞ」

「おお!」


 独占!! いい響きだ。 露天風呂を静かに入るというのはなかなかオツだよね。

 僕は上がった気分を抑えて部屋へ戻った。

 部屋に戻った時には弓崎さんと瓜原さんは帰っており、星矢が風呂に行く準備をしていた。


「2人は帰ったんだね」

「さっさと風呂に行くぞ」

「ん? あ、ああ」


 もう少しだらだらしてると思ったけど、星矢は僕に風呂へ行く準備を急かす。

 今は16時過ぎだが、星矢は月夜の誕生日の料理班だから17時には準備開始までしないといけない。ゆっくりしている時間はなかった。

 僕も手早く準備をして、九土さんに指定された家族風呂がある所まで星矢を連れていく。しかし、素直についてくるな。大浴場は違う所だぞって指摘が来ると思ったけど何も言わずについてくる。

 僕と星矢は家族風呂のある所に到着した。A風呂もB風呂も10人以上入れるかぁ。相当に大きな家族風呂のようだ。

 僕達は男子更衣室の中に入って、早々に私服を脱ぎ、下半身にタオルを巻く。

 さてと星矢をA風呂に入れないとな。


「先行くぞ」

「お、おい!」


 星矢は自分からA室に入っていってしまった。

 押し込む必要なかったな。仕方ない、予定通りB風呂でのんびりしよう。星矢、南無三。


 B風呂の扉を開けて大浴場の中へ入る。おおー、さすが温泉旅館。大浴場も相当に綺麗だ。

 橙系統の照明に床は大理石。湯の量もたっぷりで……これは楽しそうだ。だが……やっぱり目当ては露天風呂だよな。

 冬の空を見上げながらの露店風呂は素晴らしい。今はまだ日が落ちてないけど、夜遅くにもう一回入りにこよう。夜空の中の風呂は最高だからね。

 かけ湯をして、体の汚れを取り、露天風呂の方へ行く。大浴場に比べれば多少小さいが問題ない。

 1人で入る分には十分だよ。


「これを1人で味わえるのがいいよねぇ」


 ……1人か。でもちょっと寂しいよなぁ。

 向こうは星矢を囲んで9人で入ってるのかな。さすがに邪魔する気になれないからA風呂に行く気はないんだけどね。


 ん?

 なんだろう。

 大浴場の方で音がする。あ、もしかして星矢の奴、逃げてきたのかな。

 あいつだったらびっくりつつもそのまま腰を降ろしそうなものだけど……さすがに相手が9人もいたら逃げたのかもしれないな。

 よし、からかいに行こう。

 露天風呂を出て、大浴場へ行く。浴槽には入っていないってことは体洗ってるのか。

 洗い場に…‥あ、いた。栗色の髪が見える。


「星矢どうだ……えっ」


 栗色の髪に間違いはなかった。

 しかし、その長さは明らかに違う。星矢の髪の長さはミディアム程度だけど、目の前の子の髪は明らかに背中まで伸びていた。

 体にバスタオルを巻いていたが、柔らかい白い肌の腕や背筋、首元は隠れていない。

 その子と目があった。


「太陽さん、先に入ってたんですね」

「うっぎゃああああああああ!」


 ここにいるはずの兄が妹に変わっており、僕は大声をあげてしまったのであった。

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