095 サイン会
「太陽さん、顔が真っ赤ですよ」
「月夜だって負けてないじゃないか」
話を水に流すことはできず、言った側と言われた側で顔が真っ赤になってしまう。
好みの女性を誤解されたくなかったゆえの発言だがこんな方向性になってしまうのは困る。
僕と月夜は微妙な雰囲気の中、目的地である大型書店で行われている 小説家【樹本真夜】のサイン会の会場へ到着した。
樹本真夜とは若い男性の小説家で少し前にドラマ化されたほどの人気作家だ。
月夜は彼の書のファンであり、僕も読ませてもらった所ドハマリしてしまった。キャラ描写が上手いんだよな
きっかけで樹本真夜のサイン会の整理券を手に入れたのでこうやってサイン会に参加しにいったのだ。
すでにサイン会場は長蛇の列が出来ており、しかも大半が女性だ。
ドラマ化された小説家ってやっぱりすごいんだな。
樹本真夜自体イケメン小説家として売り出されているからファン層が女性に偏ってるさらに小説家というよりイケメンという点を推されている気がする。
「月夜はサイン会って行ったことある?」
「ないですね。だからこれだけ並んでいるとは思わなかったです」
僕も初めてなんだよなぁ。著書を渡して、サインをもらって、握手してもらって、そんなところか。
イケメン小説家と月夜か、絵になるんだろうが……ちょっと嫌だな。
月夜は超絶イケメンの兄貴がいるからそんな感じにはならないと思うけど……、いや、駄目だ。僕だって他の美少女に見惚れることがあるんだ、月夜だってそうなってもおかしくはない。
ちょうど順番が来た。
「山田太陽くんだね。今日は来てくれてありがとう」
確かにイケメンだ。声も優しそうでなんとなく良い人なんだろうなって気がする。
著書を手渡してサインをもらった。
「先生の作品の【夕暮れに誓い、夜空にキスを】が好きです。ヒロインと主人公の関係性がぐっと来ました。またあのような作品を読んでみたいです」
「嬉しいな。同性のファンは少ないからありがたいよ。あの作品は男性向けだから僕としても思い入れがあってね」
「僕はヒロインの子が大好きですね。是非とも続編を!」
どうも最近の先生の作品は大衆向けに作られている感じがするから、男の欲がつまった作品も読んでみたいんだよね。
先生と握手して僕は後ろへ下がった。
次は月夜が前に出る。さっそくサインをもらっていた。
憧れの人に向けて月夜はどんな顔で……。
「神凪月夜さんだね。たくさん読んでくれてるんだね、ありがとう」
「はい、樹本先生の著作は全部読ませていただいていますから」
月夜は満面の笑顔だった。
そう……学校で見せるような仮面を被ったようなよそ行きの笑顔。
安心したような……。
「どの作品が好きかな?」
「どの作品も愛着がありますが、やはり 【君が桜色に染まる時】ですね。何度も読ませていただきました」
「ほんとかい? 夏の時にも君と同じくらいかわいい子が推してくれていてね。嬉しいなぁ」
月夜と樹本先生はさらに話を続ける。僕が話していたときよりもテンションが高いようだ。
【君が桜色に染まる時】を褒められたのが相当嬉しいのだろう。 5分間という制限の中限界まで喋り続けていた。
しかし月夜と同じくらいかわいい子か……世界は広いもんだなぁ。見てみたい。
樹本先生の手を出されて月夜は右手を差し出し握手をする。
「本当にありがとうね。よかったらまた来てよ。君なら大歓迎だ」
「はい、そのときは是非お願いします」
月夜は丁寧に頭を下げて、僕の元へと戻る。
まだ後ろには長蛇の列が並んでた。速やかに離れた方がいいな。
僕と月夜は書店の隅に移動する。
「樹本先生いい人だったね」
「そうですね。偉ぶったわけでもなく、気さくな方でびっくりしました」
月夜は鞄からティッシュを取り出す。
「【君が桜色に染まる時】は本当に良い作品なんですよ」
「僕はまだ読んでないんだよね。今度見せてもらおうかな」
それはウェットティッシュのようだ。月夜は左手でティッシュをつまむ。
「どうやったらあんな綺麗な文章をかけるのでしょう。私、本当に樹本先生の作品が好きなんですよ」
月夜は丁寧に右手の手のひらを中心にウェットティッシュで拭き取っていく。
「春の作品なんですけど、状況描写と心理描写がほんと上手で」
2,3枚のウェットティッシュを使って何度も何度も右手を拭き取る。そしてさらに鞄から何かスプレーを取り出した。
「『君が桜色に染まる時』のことなら何時間でも話せますよ」
スプレーはアルコールと書かれている。月夜は手のひらにシュっと一吹きした。
「ああ~先生と話してほんと楽しかったです」
「言ってることと今手にやってることが全然一致してないんだけど!?」
握手してそこまで洗浄してる人初めてみたよ。潔癖にもほどがあるでしょ!
「私……男の人に嫌悪感があって、あんまり触れたくないんですよね。子供は除きますが」
「え……、僕も?」
「そう見えますか?」
クリスマス、初詣、そして今日まで月夜と手を繋いだ回数は山ほどあった。
つまり僕以外の男性が駄目ということだろうか。な、なんだか照れるな。
「お兄ちゃんですらあんまり触りたくないし」
「それはかわいそうだからやめてあげて!」
月夜の男性観がここまで変わっていたとは……。自惚れた発言だけど、僕がいなくなったら……月夜は誰とも触れられなくなるんじゃ……。
「月夜はイケメン小説家だからといって惑わされたりしなさそうだね」
「イケ……メン? あの人イケメンですか?」
「月夜の顔の好みが全然分からない」
月夜は突如頬を赤らめる。言いづらそうに小声で口走る。
「太陽さんが一番イケメンですよ。……とっても好みです」
「うっ! ああ……」
そうだ、月夜は僕がイケメンに見えるのろいがかかっているんだった。
嬉しいけど、複雑だ。僕は自分がイケメンだなんて到底思えない。
そんな様子を見ていた月夜は真顔になる。
「じゃあ逆に聞きますけど」
「うん」
「樹本先生とお兄ちゃんはどっちがイケメンですか?」
「そんなの星矢に決まってるじゃん。あいつこそ稀代の美青年、星の王子さまとしてあいつ以上の男なんて存在しないね。僕が女だったら間違いなく惚れてるだろう」
考える間もなく、発言したが月夜はお気に召さなかったようで顔をしかめる。兄を褒めたのに何でだろう。その綺麗な顔から怒りが吹き出ているようだ。
「やっぱり、私のライバルはアレか……」
なんだかよく分からないけどついに妹にアレ扱いされた兄の不幸を僕は謝らないといけないかもしれない。
僕と月夜はそれっきりの話として雑談しながら外に出た。
※前話の1億年の1人の美少女の描写と今話の樹本真夜先生については
木本真夜様 作
毎日5分の片想いから始まる、1億年に1人の超絶美少女とのピュアピュアで甘々な恋物語 https://ncode.syosetu.com/n1120fo/
から了承頂き、簡易コラボさせて頂きました。
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