008 ナンパ

 出先からの帰り道、通りを歩いている3人の男性がスタスタと前を歩く女性を口説こうと次々に声をかけていく。

 要はナンパという奴だ。女性が苦手な僕にとっては到底できるとは思えない。何を話せばいいのやら。親友のように容姿端麗なら……いや、それでも無理だな。

 ナンパの様子をちらっと確認し、僕はその場から立ち去る。すると男達からひと際大きな声が上がった。相当な美人でも見つけたのだろうか。気になって、後ろを振り向き、女性の姿を見ると確かにナンパされてもおかしくない容姿で……知り合いだった。


 神凪月夜かみなぎつきよ。僕の親友の妹である。心底迷惑そうに男達のナンパを避けている。話している内容は聞こえないけど、彼女は性格上ナンパを受けるなんてありえない。恵まれた容姿は特になる事も多いけど、あんな風に巻き込まれるのは嫌だよな。知り合いである以上見ぬふりはできない。

 相手は3人か……どうしようかな。


「暇なんでしょ? 遊ぼうよ」

「美味しい店知ってるぜ」

「連絡先教えてよ」


「いい加減にしてください。私は興味がないので」


 妹ちゃんは強い口調で男3人を退けていく。あまり挑発するようなことは言ってほしくはないけど、諦めない相手に対するイライラもあるんだろうな。これ以上荒々しくならないように僕は正面から突破する。


「や、やぁ。つ、月夜。探したよー。どこいってたのさぁ」


 自分でも分かる大根役者ぶり。嫌がってるだろ、止めろ! とか言いたいけど小心者には無理なんです。

 妹ちゃんは知り合いである僕に気づいて走り出し、僕の腕を抱えるように掴んだ。

 当然ナンパした男たちは面白くない。


「なんだてめぇ」

「ああ友」

「私の彼氏ですけど、何か? ねー太陽さん」


 まさかの彼氏認定。ありきたりな設定だけど、それより右腕に食い込むボリュームのあるものに僕の思考は乱されるのだ。こ、これはいかん。臨時の彼氏設定のわりに強く抱きしめすぎじゃない?

 そのいきなりの行動に男子全員が唖然とするが当然、男達は食い下がった。


「そんな男より俺達と遊ぶ方が楽しいぜ」

「全然釣り合ってねぇじゃねぇか」


 言わんとすることは分かる。平凡な僕と学園のかくや姫なんて言葉で皆に愛され、求められる妹ちゃんが釣り合うはずがないなんて……、僕が一番よく分かっている。


「いいから来いよ!」


 男の手が妹ちゃんに触れようとした時、僕はもう片方の手で男の手首を握った。


「この子に触れるな」

「い、いてててて!」


 力の限り、男の手首を握り、腕を本来であれば曲がらない方向へ力を入れる。

 男は苦悶の声を上げ、他の男達も後ずさった。

 僕はそのまま押し出すように男を突き放す。


「何、マジになってんだよ……行こうぜ」


 男達は捨て台詞を吐き、慌てて逃げて行った。

 ……はぁ。


「あー怖かったぁ」

「太陽さんって武道をやってたんですね」

「え? ああ、父が警察官だからね。中学卒業までは柔道やってたんだよ。やってて損はないって。ま、才能なかったからやめたんだけどな」


 握力とか関節技とかはその名残だ。関節技は中学ではNGなんだけどね……。

 才能はなかったけど、柔道やってた長さは誇れるものがある。単純に体を鍛える形になったしね。


「小心者の僕にはこれが精一杯だったよ」

「でも……すごくかっこよかったです」


 妹ちゃんはうっとりした目で僕を見つめる。もうちょっとスマートに助けてあげたかった。

 掴まれていた右腕にさらに加重が加わった。


「ちょ、え?」

「ふふふ……、今日は彼氏役ですもんねー」

「僕は言ってないんだけどな」


 妹ちゃんがキラキラと目を輝かせて右腕にしがみつく。

 体が密着しているという所は顔も近いというわけで……、満面の笑みがとても可愛くてヤバイ。ただ知り合いを助けただけなのになんでこんな役得に……。


 私ね……太陽さんのこと好きになったかもしれない


 またあの言葉が脳裏によぎったのだ。


「でも何事もなくてよかったよ」

「本当に怖かったんです……」


 妹ちゃんは顔を伏せて僕の腕を強く抱きしめた。

 そうか……本当に怖かったのか。

 うん……でもね。


「妹ちゃんって空手の段持ちだよね」

「びくっ」

「この前、友達に痴漢した人を追っかけて捕まえたし、その前は露出魔を後ろ回し蹴りで」

「太陽さん、ヤボなことは言ってはいけないんですよ」

「痛っ! 腕つねらないで!」


 妹ちゃんが真っ黒な笑みですごく強く腕を握ってくることについて。元々男性の目を惹く容姿をしていることもあり、自衛できるように空手を習っているんだよね。中学時代空手で全国大会行ったって行ってたし、僕よりも強いよ、多分。


「でも助かりました。多人数はやっぱり危険ですからね」

「そ、そう……ならよかったけど」


 妹ちゃんは腕を解放してくれた。弾力あるボディをもう少し味わっておきたかった気もするけど。妹ちゃんは僕に背を向け少しずつ歩く。


「今日すっごくいいことがありました」


 妹ちゃんは振り向いて両手をひろげ、僕と目が合う。

 その自由で虜にするような顔立ちは僕の胸を激しく打つ。


「月夜って呼んでくれたの嬉しかった!」


 やっぱり下の名前で呼んでほしいのかな。いやでも絶対呼べねぇよ……。

 妹ちゃんですら苦肉だというのに。僕にはその勇気がないのです。

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