ポンコツ気味の学園のかぐや姫が僕へのラブコールにご熱心な件

呪酢

プロローグ

000 病院

「山田さん、診察券をお渡ししますね。お大事に」

「ありがとうございました」


 僕、【山田太陽やまだたいよう】はちょっとした事故で今日まで入院していた。

 退院の手続きをし、受付の方に診察券をもらってこれで入院生活も終わりだ。

 いろんな人に迷惑かけちゃったな。

 8月上旬、高校2年生である僕としては夏休みが入院で潰れてしまったのは相当に痛い。

 やりたいことがあったわけではないけど ……、損した気分だ。


 もちろん全く駄目だったわけでもない。この入院があったからこそ得たものもある。

 病院の入口の自動ドアの先で僕を待ってくれている女の子がいる。自動ドアを開いて彼女に声をかけた。背中近くまで伸びた栗色の髪がふらりと揺れ、僕の方へと歩み寄る。


「太陽さん、退院おめでとうございます!」


 そのとびきりの笑顔はまた入院してしまうくらいに胸へ強く感じる可憐さがあった。

 ぱっちりとした二重の瞳に整った顔立ち。肌は輝くように白く、さっきから行き交う人々皆が彼女に見惚れる。声まで綺麗なんだよなぁ。頭も良く、その栗色の髪はサラサラで清らかだ。彼女こそ正真正銘の才色兼備な女の子だろう。

 彼女の名は【神凪月夜かみなぎつきよ】 僕の親友の妹で、学年が1つ下の僕自身の友人でもある。目立って秀でた所のない僕の退院に付き添ってくれる天使のように優しい子だ。花束まで渡してくれるなんて神か! いや女神だ!


「ありがとう妹ちゃん。これってベゴニアじゃないか! いいセンスしてるねぇ。とっても綺麗だ」

「喜んでもらえたなら選んだ甲斐があります。でもよく分かりましたね」

「入院中暇だったおかげで本を読む時間が山ほどあったからね」

「快気祝いです! 元気になってくださいね」


 赤いベゴニアの花は束になっていて、綺麗に包まれていた。

 僕は彼女のことを妹ちゃんと呼んでいる。親友を名前で呼んでる以上、苗字で呼ぶのは変な感じがするし、それ以上に女の子を名前で呼ぶのが恥ずかしいからだ。

 妹ちゃんの笑顔は本当に眩しいよなぁ。思わず目が眩みそうだ。


「今日はこれからどこかに行くの?」

「はい、みんなで買い物に行くんです」


 妹ちゃんの友人達が後ろで彼女を待っている。その友人達の1人が視線に気付いて手を振ってきた。彼女達も僕と顔見知りなので返すように遠慮気味に手を振る。女の子に手を振るのって抵抗あるんだよな。


「今日は少し涼しいみたいだし、楽しんできなよ」

「……太陽さんはもう大丈夫なんですよね」


 3週間くらいの入院だったけど体はしっかり復調していた。


「うん、この期間に妹ちゃんが見舞いに来てくれたおかげだね。今度お祝いさせてよ。兄貴と僕のおごりでさ」

「お兄ちゃんはいいですけどそんな悪いですよ」

「いやいや、ほぼ毎日お見舞い来てくれたんだし、何かしないと罰が当たっちゃうよ」

「何言ってるんですか。元々私の……」


「あっ……忘れ物したみたい。ちょっと取りに行ってくるよ。付き添いありがと! ゆっくり遊んできな!」

「あ、もう!」


 妹ちゃんに話を強制的に打ち切ることを詫び、僕は一度病院内へ戻った。忘れ物なんてしてないのだけど、話が堂々巡りしそうだったので無理矢理切り上げた。

 妹ちゃんは優しすぎるからなぁ。彼女達がいなくなったら帰ることにしよう。

 トイレで時間を潰すため近くの男子トイレの中へ入る。用をたしていると外から声が聞こえてきた。この澄んだ川のように綺麗な声は……。


「……ん、そうだね」


 妹ちゃんの声だ。さっき一緒だった友人達と会話しながら近づいてくる。さっきは本当可愛かったよなぁ。

 あんな子と知り合いなだけで人生役得だよ。


「太陽さんって本当に優しすぎる……」


 ん、もしかして僕の話してる? もしかしたら隠れてキモいとか思われているのかも。妹ちゃんにそんなの言われたら軽く死ねるんだが。

 少し気になったので窓側へ耳をすませた。あともう少し話が聞けるかな。


「私ね……太陽さんのこと」


 妹ちゃんの声は実に穏やかだ。耳に残りやすくて心地よい。


「好きになったかもしれない」


 は……。

 この後、妹ちゃんの声は聞こえなくなってしまった。距離が離れてしまったのだろう。それよりも……。

 彼女は僕が好き? 聞き間違い……いや、でも。


【学園のかぐや姫】なんて言われて毎日たくさんの人に告白されて、全部断っているあの女の子が僕を好きに……? いやありえない。

 何も秀でた所のない僕にあの女の子が恋するだろうか? ないな。多分親愛の方の好きだろう。

 彼女の兄とは親友同士だから。そういうことだろう。

 でも……ベゴニアの花言葉は片思い、まさかね。


 僕は男子トイレから出て、壁に寄りかかった。誰にも見られたくなかったんだ。

 真っ赤になったこの顔を………。


 この日から僕、山田太陽と神凪月夜の物語が始まる。

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