第18話 渇きを覚えた獣(けだもの)

「はぁ、はぁ……はぁっ……」

薄暗い空間で、俺の呼吸だけが大きく聞こえる。

あれから俺は必死で逃げた。重たい身体に鞭打むちうち、アテもなく逃げ続けた。途中で吐き気を我慢できず、外のトイレで戻した。しばらくして、またふらふらと歩いていたらこの体育館の倉庫に行き着いた。そうしてどれくらいの時間が経ったのだろうか。やっと少しだけ落ち着いた。


「センパイ、大丈夫ですか!?」

無人の倉庫に声が響き渡った。知らぬ間に近づいていた影に驚きながらも、声の主を見やる。

「香澄か……」

光源がほとんどない倉庫の中でも、彼女の姿ははっきりと映った。香澄は不安そうな表情を浮かべながら、床に座していた俺の元へ歩み寄ってくれた。

見ると、香澄はまったくの無傷だった。あの後、いったいなにがあったのだろう。葵ねぇはどうなったのだろう。

「途中で他の生徒が来たから、決着はつかなかったんですよ」

まるで俺の心を読んだかのように、香澄はぽつりと言った。そうか、葵ねぇも無事なのか……。どうしてか、少し安心した。

「センパイ、気分はどうですか?」

「んっ……ちょっとツラいけど、だいぶ落ち着いてきた」

「そうですか……。あ、喉渇きましたよね? これ飲んでください」

そう言って手渡されたスポーツドリンクを、がぶがぶと飲んだ。思い返せば小一時間ほどなにも飲んでなかったな。久しぶりの水分に、生き返った感覚がした。

「そういえば、体育館がなんだか騒がしいな。それに暗いし」

倉庫の扉の隙間から、体育館を覗く。先程から歓声やら悲鳴やらが聞こえてきて、少し気になっていたのだ。それに体育館は真っ暗だった。いったいなにをしているのだろう?

「気になりますか?」

「うん、まあ……」

香澄はまたも俺の心を読んだ。

「実は、体育館でお化け屋敷をしているんですよ」

「へえ、そうだったのか」

どうりで暗いはずだ。それにこの悲鳴も、お化け屋敷の客の絶叫だったのか。

「興味ありますか?」

「へ?」

香澄の問いかけに間の抜けた返事をすると、前のめりになってこう言われた。

「ここ、ウチのクラスなんですよ」


            ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ようこそ、死神の迷宮へ」

雰囲気抜群の係員が、入口で軽い説明をしてくれた。

「それではどうか、無事に帰ってきてください」

係員がそう言うと、お化け屋敷の門が開いた。いざなわれるがままに足を踏み入れる。

どういうわけか、流れで香澄のクラスのお化け屋敷に入ることになった。まあ、あれだけ必死に「ぜひ来てください!」なんて言われたら、先輩として断るわけにもいかないだろう。

お化け屋敷は「死神の迷宮」と銘打めいうってるだけあって洋風だった。レンガを模した壁にはツタが走っていて、いかにもなセットだった。そしてとにかく暗い。照明もなければ手持ちの懐中電灯もないので、わりと不安になる。足元を確認しながら、一人孤独に一歩一歩進んでいくと、

「ニンゲン……ッッッ!」

「うおっ!?」

壁から黒ずくめの物体が飛び出してきた。ビビった。おそらく黒いビニール袋をまとった生徒だろうが、それにしてもビビった。

俺はお化け屋敷とかそんなに苦手じゃないんだけどなぁと思いながら、気を取り直して先へ向かうと、

「ひぎっ……!」

突如、得体の知れないものに足首をつかまれた。慌てて足元を見てみるも、そこにはなにもなかった。なにもないという恐怖が全身を襲う。

なるほど、かなりのクオリティじゃないか。あれだけ悲鳴が発生していたのもうなずける。これはめちゃくちゃ怖い。

しばらく進むと、曲がり角にぶつかる。見るからに怪しい曲がり角だ。きっと曲がった先になにかいるのだろう。わかってて進むのは気が引けるが、受けて立とうじゃないか。恐る恐る、警戒しながら角に入る。そして曲がった先には──

「……なんだ、なにもないのか」

ホッと一安心。

「ギャァァァッ!」

「うわぁぁぁぁぁ!?」

安堵した刹那、真後ろから奇声とともに両肩をがしっとつかまれた。思わず絶叫。

「──センパイ、ボクですよ」

お化けに声をかけられたので慌てて振り返ると、

「……って、なんだ香澄か。びっくりさせるなよ」

「いやびっくりさせるのがお化け屋敷ですから」

今度こそ安堵しながら、香澄に向き直る。見れば、香澄は黒のマントを羽織り、大きな鎌を持っていた。その装いから、死神だと容易に判断がついた。

「どうですか、似合ってます?」

「ああ、とっても」

マントをバサバサさせる香澄に、そう言ってやった。

「しっかし、ずいぶんとクオリティ高いな」

「えへへ。センパイ、怖がってますか?」

「べ、別に俺はホラーとか平気だからよ」

「そのわりには綺麗な悲鳴を上げてましたね」

「う、うるさい」

お化け屋敷の中でお化けと談笑していると、後方から悲鳴が。

「……っと、俺もそろそろ先に進まないと」

「そうですね。まだまだ怖い仕掛けがたくさんあるので、楽しみにしていてください!」

死神に笑顔で見送られると、お化け屋敷攻略を再開した。

やがて小さなトンネルのようなエリアに差し掛かった。なるほど、屈んで入れということか。

真っ暗な段ボール製のトンネルに入ると、外側からバンバンされた。そういう仕掛けなのだろう。衝撃とか嫌いな人には怖いかもな。

臆せず進んでいると、やけに強くバンバンされているような気がした。ちょっと叩きすぎじゃないか? そう思いながらも、曲がり角に到着。ここを曲がればいいんだな。指示通りに曲がろうとした途端、

「……!?」

目の前のトンネルが外側から踏み潰された。おいおい、いくらなんでもやりすぎじゃないか!? それともこれも演出なのか? どちらにせよ、道を封じられてしまった。どうしようか……悩んでいると、うっすらと光が差し込んだ。

「あっちに行けってことか……?」

どうしようもないので、光のほうを目指して進む。すると──

「……あれ?」

体育館裏に出てしまった。誰もいないし、なにもない。強いて言えば隣の建物が工事しているくらいだ。本当にこれでよかったのか?

──ガシャン

不意に、体育館のドアが閉まる音。振り返ると、

「センパイ」

香澄がこちらに歩いてきた。死神の衣装は外していた。

「お化け屋敷はどうでしたか?」

「え? ……いや、普通に楽しかったけど。もしかして、これでゴールか?」

「うーん……ゴールではないですね」

俺の質問に考える素振りを見せると、

「むしろ、スタートです」

と言って、急に香澄が抱きついてきた。

「センパイ♪」

「ちょ、どうした香澄!?」

「えへへ、久しぶりの俊センパイです。しばらくえなかったから、嬉しいなぁ」

香澄はすりすりと頬擦りをしてきた。

「センパイ……ボク、はじめての学園祭で大胆になっちゃってます」

ぎゅうっと、強く抱きしめられる。

「香澄、苦しいから……!」

苦しさに、香澄の腕を振りほどいた。

「あっ……」

ちょっと力ずくだったかなと思い、そんな声が漏れた。

「センパイ、照れてるんですか?」

対して香澄は気にしていない様子で、俺の目を覗く。

「かわいいですね。……でも、センパイに振り払われたとき、ちょっと気持ちよかったです」

人懐っこい笑みを浮かべ、続ける。

「ボク、最近気づいたんですけど、センパイに手を出されるのが好きみたいなんです。殴られたり、蹴られたり、罵倒されたり、犯されたり」

「お、おい、俺はそんなことしてないだろ」

「そうなんです。センパイはボクに手を出してくれないんです。どうしてですか?」

「どうしてって……」

香澄は本当に寂しそうな顔で言っている。

「ボク、思ったんです。それはボクたちが恋人じゃないからだって」

「いや、なに言って──」

「だって、恋人にならなにしてもいいんですから」

俺の言葉をきっぱりと遮る。

「それでボク、もうちょっと考えてみたんですよ。どうしてセンパイはボクと恋人になってくれないのかなって」

真剣な様子の香澄に、口をはさめない。

「そっか、ボクのアプローチが足りなかったからだ」

自問自答の後、香澄がなにかを取り出した。あれは死神の鎌……じゃない。よく見たらおのだ。


「だからセンパイ……ボクが今から、愛のアプローチをしますね」


一瞬だった。左の脇腹に鈍い痛み。気づいたときにはもう、吹っ飛ばされていた。

「くっ……!」

仰向けで、地面に横になっていた。

「あぁ……痛そう。痛くて気持ちよさそう♡」

香澄は口角を上げると、斧で俺のTシャツをめくった。

「あぁ?」

途端に、その顔を歪ませた。

「どうして他の女のつけた傷があるんですか?」

俺の左腕、そして右肩を見てそう言った。

「センパイに傷をつけていいのは……センパイに痛みを与えていいのは、センパイから痛みを欲するボクだけだ!!!」

怒声を上げた次の瞬間、斧で腹部を殴られた。

「ぎしっ……!」

猛烈な痛み。幸い、刃の部分で殴られたわけではないので、身体が真っ二つになることはなかった。それでも痛い。

「痛いですかセンパイ!? 痛いですよね!? 痛がってください!」

もう一度殴られる。

「ぐはっ!」

「あぁぁぁ痛そうです! すごく痛そうです! とっても気持ちよさそうです!」

俺の顔を見下ろして、笑顔でそう叫んでいる。

「ボクの与えた痛みで、他の女のつけた傷が上書きされるんだ! 他の女の存在がかすんでいくんだ! 他の女のことなんて忘れていくんだ!」

香澄が斧を振り上げる。

「もっと痛いのあげますから、他の女を排除しましょう!!! これが終わったら、恋人になった二人で他の女を始末しに行きましょう!!!」

繰り出された三発目。

「ぐわぁっ!」

「あっははは! 痛そう! あっははは!」

悲鳴を上げる俺とは対照的に、高笑いを吐いている香澄。その隙を突いて、なんとか逃げようとする。

「あ! ダメですよセンパイ! まだボクの告白は終わっていません!」

立ち上がろうとした瞬間、香澄にたやすく蹴飛ばされた。

「ずぶっ……!」

そのまま地面を転がり、再び仰向けの体勢に。

「もう、ヒドいですよ。後輩の女の子が勇気を出して告白しているっていうのに」

香澄はゆっくりと、地に倒れる俺の元へ接近する。

「センパイが逃げないようにしなきゃ♡」

不吉な笑みを浮かべながら斧を振り上げた刹那、それは無慈悲にも振り下ろされた。

「あぁぁぁ!!!!!」

想像を絶する痛みに、今日一番の悲鳴を挙げた。

香澄は、俺の右足に斧の刃を振り下ろしてきたのである。

「いっひひひひひ! 痛そうです♡」

絶叫する俺とは正反対に、香澄は嬉しそうに笑い声を挙げている。

「いいなぁ……うらやましすぎてよだれが出てきました……れろっ」

まるで獲物を前にした獣のごとく、舌舐したなめずりをする香澄。

「まだ物足りないですよね?」

そう勝手に決めつけると、再び斧を振り上げる。

「センパイ、好きですよ!」

もう一発、今度は左足が攻撃された。

「ぐぁぁぁぁぁ!!!」

「気持ちいい悲鳴♡」

骨がきしむような痛み。肉が裂けるような苦しみ。

「まだまだ、ボクの愛を届けますね!!!」

当たり前のように振り下ろされた三発目。

「ぐぁっ!!!」

俺の足はボロボロだった。痛くて痛くて、でも感覚が薄れていくようで、うまく動かせなくなっていた。

「これでもう逃げられませんね。ボクの告白、ちゃんと聞いてくださいね!」

無邪気にそう言うと、香澄が俺の身体にまたがってきた。

「センパぁイ♡」

うっとりとした表情で、俺の顔を見下ろす。その目は真っ暗だった。

「ボクのセンパイ。ボクだけのセンパイ。ボクとセンパイは一番のカップル♡」

虚空に言い放つように、はたまた呪文を唱えるように、香澄が妄言を繰り返す。

「センパイはボクのもの。ボクはセンパイのもの。センパイとボクボクだけのセンパイセンパイだけのボクボクだけのセンパイセンパイとボクボクだけのセンパイセンパイだけのボクボクだけのセンパイ」

ゲシュタルト崩壊を引き起こす勢いだ。

「センパイ、大好きです! ボクと恋人になってください!!!」

やがて決心がついたのか、セリフだけは純な告白をしたかと思えば、

バシッ──

思いっ切り顔をはたかれた。

「大好きです、センパイ!!!」

再び告白すると、続いて右の頬をはたいてきた。

「大好き! 大好き! 大好き! 大好き! 大好き! 大好き! 大好き!」

繰り返される告白とビンタ。無抵抗のまま顔面を殴られ、意識が飛び飛びになる。

「痛い! 気持ちいい! 痛い! 気持ちいい! 痛い! 気持ちいい!」

白目をいている俺に対して、それでもなお小刻みにビンタを繰り出す。痛いのが気持ちいいのはお前だけだろうが……!

「センパイ、ボクの与えた痛みで、意識が飛びそうになってますね! 嬉しいです! もっともっと痛いのあげますから、そのまま記憶もふっ飛ばしてください! 他の女は記憶から消してください! ボクだけを記憶の中に閉じ込めてください!」

いったいコイツはなにを言っているんだ。どうして記憶を喪失しなければならないんだ。第一、俺の意識が飛んでいるのがわかってて、それでも顔面を殴り続けているのか。本当に狂っている。

「痛い好き気持ちいいボク快楽愛恋人痛い大好きセンパイ痛い痛い愛気持ちいいボク快楽ボクセンパイ愛気持ちいい痛い痛い痛い大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き大好き」

理路整然としない言葉を早口で吐き捨てる。意識が飛んでいるのはお互い様じゃないか。

「ダメですセンパイ! センパイに痛いのあげてたら、ボクも痛いの欲しくなっちゃって……なんだかムラムラしてきちゃいました」

謎の告白をする香澄の顔は、なぜか真っ赤に紅潮していて、目はとろんとしており、唾液をだらしなく垂らしっぱなしにしていた。

「いぃぃぃやぁぁぁっっっ!!!!! 気持ちよさそう!!! 気持ちよさそう!!! 痛いの痛いのとっても気持ちよさそう!!!!! ボクも気持ちよくなりたいよ!!!!!!! 痛いの欲しいよぉ!!!!!」

あろうことか、香澄は奇声を挙げたかと思えば、突然泣き出したのである。あまりの情緒不安定ぶりに理解が追い付かない。

「でもこれはボクからの告白だから……! ボク、我慢するもん!!! 痛いの欲しい、気持ちよくなりたい……けど、今はボクがセンパイを気持ちよくしてあげる番だから!!!!!!!」

香澄は一際大きな声で独り言を発すると、次の瞬間、俺の首を躊躇なく絞め上げてきたのである。

「ぐぅぅぅっ……!!!!!」

突然襲いかかる苦しみにもがく。

「はぁ! はぁ! はぁっ……! センパイ、痛いですか?」

香澄は陶酔しきった顔で俺の首を絞める。

「痛いですよね! 苦しいですよね! さっきより桁違けたちがいに苦しいですよね!? 当たり前ですもん、首を絞められてるんだから!!!」

自覚してるんなら今すぐ手を離せよ……! そんなツッコミも声にならない。当たり前だ、首を絞められているんだから。

「ボク、センパイとしばらく逢えなかった間、ずっと自分で慰めていたんですよ」

香澄の指がメリメリと食い込む。

「自分で自分の顔をはたいたり、バットでたたいてみたり。でも、全然気持ちよくなかったんです。当然ですよ、そこに俊センパイの愛がないんですから」

相変わらずの怪力……どこにそんな力があるんだよ。

「ただ……唯一、ボク一人でも少しだけ気持ちよくなれる行為があったんです。それが──」

「うぐっ!」

「首を絞めること、だったんです。首を絞められるのが、一番痛くて苦しくて気持ちいいんです。何回イッちゃったことか」

倒錯した性癖を、求めてもいないのに披露される。

「首を絞められると、苦しくて意識が飛んで頭の中が白くなるんです。そうするとね、センパイのことを強く、強く思い出せるんですよ。これって、走馬灯ってやつなんですかね? きっとそうですよね。だとしたら、やっぱりボクとセンパイは相思相愛なんだ!!!」

嬉しそうに表情を晴らすと、さらに強く首を握ってきた。

「ぎっ……ぐぅ!」

「センパイも今、頭の中でボクのことを思い浮かべてくれているんですよね!」

ああ、お前に対する憎しみで頭がいっぱいだよ……!

「でもセンパイならもっともっと思い出せるはずです! ボクとセンパイが愛し合った日々を!」

わずかながらの気力で上半身をじたばたさせるも、香澄にはまるで効果がない。


「だから……最大火力で痛いのあげちゃいます♡ たくさん苦しくなってください♡ たくさんイッてください♡ そして、たくさんボクを想像してください♡」


喉元が香澄の全体重に歪むのを感じた。香澄の指で、首の骨格が変えられるのではないか……いや、跡形もなく潰されるのではないか。そんな恐怖と危機感が、脳内でサイレンを鳴らす。このままでは間違いなく窒息死する。なんとしてでも香澄を振り払わなければならない。しかし、斧で殴られた足はまだ動きそうにない。じたばたしても無力。声も出せないから助けも呼べない。こうなったら、ボロボロの両腕でどうにか抵抗するしかない……!

腹をくくった俺は、両腕を香澄の顔目がけて伸ばす。

──ふと、どうして香澄の顔を狙ったのか、自分でも疑問に思った。抵抗するなら、香澄の腕や指をつかむべきなのに。どうして俺は香澄の顔を……?


気が付けば、俺の両手は香澄の首を捉えていた。


「はぁっ……! センパイ! ボクの首を絞めてくれるんですか!!!」

香澄は心の底から嬉々とした表情を見せた。

「嬉しいです! センパイがそこまでボクのことを求めてくれているなんて!!!」

求めてなんかいない。でもなぜか、首をつかんでいた。

「ボクの告白が成功したんですね!!! ボクの愛を受け入れてくれたんですね!!! ボクと恋人になってくれるんですね!!!!!!!」

違う。これは告白に対するOKの返事じゃない。これは、延命のための抵抗だ。

「大好きですセンパイ!!! 愛してますセンパイ!!! 一緒に首を絞め合いましょう♡ 一緒に痛みを分かち合いましょう♡ 一緒に苦しみ合いましょう♡ 一緒に気持ちよくなりましょう……うぐっ!」

香澄の声を遮るように、彼女の首をつかんだ。それに呼応するかのように、香澄の力も強くなる。俺が抵抗しているはずなのに、どうしてもっと苦しめられているんだ。間違えた。間違えたんだ。俺は抵抗の術を間違えてしまった。

……いや、どう足掻いたってこの怪力女には敵わなかったのかもな。

だんだんと意識が白む。視界には、過去の風景が高速でプレイバックされる。走馬灯を見るのも何度目だろうか。これじゃあ、いざというときに自分の死を実感できなくなっちゃうじゃないか。

全身から力が抜ける。香澄の首根っこをつかんでいた腕も、地面にあっけなく倒れている。ここで終わりだ。最悪の幕引きだ。最悪の学園祭だ。少し眠ろう。そうすれば、痛いのも苦しいのも忘れられるはずだ──




「──くん、俊くん!」






誰だよ、耳元で叫んでいるのは。俺は眠たいんだ。このまま寝かせてくれよ。




「──俊くん! 俊くん! ダメです、死んじゃ嫌です!!!」


不意に、思いっきり左腕を握られた。


「……っ!!!」

あまりの痛みに、眠気がスパークする。

寝ぼけまなこ……いや、ぼやけた視界で、誰かが懸命に俺の名を呼んでいる。

「……みどり、ちゃん?」

やがて視界にくっきりと映し出されたのは──




「邪魔だッッッ!!!」


みどりちゃんが、葵ねぇに吹っ飛ばされた瞬間だった。


「大丈夫、俊ちゃん? 苦しかったでしょう? お姉ちゃんが来たから、もう平気よ」

身体を起こされ、右肩を優しくさすられる。

慈悲の表情で俺を見つめる葵ねぇの頭上──


「センパイから離れろッッッ!!!!!!!」




香澄が、本気の害意で葵ねぇに斧を振り下ろした。


葵ねぇは俺をその場から吹っ飛ばし、ナイフで斧を受け止めている。

その二人目がけて、ピストルを構えるみどりちゃん。



「なんだよ、これ……」


目の前に広がる異様な光景に、俺は言葉を失った。


──最悪な展開だ。

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