第16話 みどりいろ
「これより、第47回たつき祭を開催します!!!」
校内放送がそう告げると、全教室から拍手喝采が沸き起こった。誰もが
一年に一度のビッグイベント──
学園祭が始まった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「俊君、ご注文のサンドイッチできましたよ!」
「オッケー、すぐ持ってく!」
「ストップ、俊! ついでにこっちのオレンジジュースもお願い!」
「……っとと、わかった!」
お盆にバランスよくコップを乗せると、お客さんの待つテーブルへ直行した。
「お待たせしました、サンドイッチとジュースになります!……にゃん」
「ありがとうございま~す! うわ、めっちゃ美味しそうっ」
「すみませーん、注文いいですか?」
「はーい、いまお伺いします!……にゃあ」
配膳が完了すると、すぐに他のテーブルに呼び出される。
「えっと、このチーズケーキ二つと、あと紅茶とコーヒーください」
「かしこまりました、少々お待ちくださいにゃ……です」
そうしてまたキッチンスペースへ向かい、
「茶助、チーズケーキ二つに紅茶とコーヒーだ」
「了解です!」
注文を通す。
「いやぁ……それにしても、朝から大盛況だな」
やっと少し時間が空いたからか、反動でそんなことを漏らしていた。
「そりゃあ、飲食店だもの。どこもこんな感じじゃない」
俺の独り言を聞いていたのか、紅がキッチンスペースから顔をひょいと出す。
「にしてもだろ。こんなに混むなんて、予想外だったな」
教室中を見渡してから、改めてウチのクラスの盛況ぶりを実感した。テーブルはほぼ満席で、廊下には待機列まで形成されている。しかし驚くことなかれ、まだ開始30分しか経っていない。
「やっぱ喫茶店は人気なんだな……」
慣れない仕事に早くも疲労を感じる。
「喫茶店じゃなくて、コスプレ喫茶でしょう」
「ぎくっ……!」
紅は不吉な笑みを浮かべながら、俺の顔を覗き込む。
「アンタ、ちゃんと仕事してるんでしょうねぇ?」
「もちろんしてるぞ。ちゃんと配膳だってできてるし」
「そっちじゃなくて……そのかわいらしいお耳のほうよ」
ニヤニヤ顔で、俺の猫耳を突いてくる紅。
「これは……もちろん、やってる、にゃ」
「ぷふっ! 『にゃ』だって。俊には全然似合わないわよ!」
「おいどんだけ爆笑してんだよ! こっちだって恥ずかしいんだぞっ」
「それにしたって似合わないもんは似合わないわよ! このしっぽだって、アンタにはちょっともったいないわよっ」
「もったいないってなんだよ!? 着けたくて着けてるわけじゃないし」
「そんな非協力的なこと言わないの。アンタが任命された仕事なんだから、しっかり勤め上げなさい……ふぐっ」
「笑いをこらえながら言うな」
なにがそこまで
「思い出に写真撮りましょ、写真」
紅はスマホを取り出すと、俺に詰め寄って、
「はい、笑って笑って」
半ば強引にツーショットを撮ったのであった。
「本当に……素敵な……ぷふっ、思い出に、なりそうね……っっっ!」
「いつまで笑ってんだよ!?」
「俊君、チーズケーキ二つとドリンク、準備できましたよ」
そこへ茶助の声が。
「おう、いま持ってくよ」
お盆片手に茶助の元へ向かおうとすると、
「俊」
不意に紅に声をかけられた。
「なんだよ」
つられて振り返ると、そこには泣き笑いを終え、すっきりとした表情の紅が。
「……学園祭、ちゃんと楽しみなさいよ」
「……お前はオカンか」
短いやり取りに微笑を漏らすと、俺は紅に背を向けた。
学園祭を楽しめ、か……。
教室中の歓声とは対照的に、俺の心がチクリとした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ふぅ……やっと交代だにゃあ」
慌てて周りを見渡す。よかった、誰にも聞かれてないみたいだ。ついうっかり「にゃあ」と口を滑らせてしまった。
猫耳としっぽを外し、学園祭のクラスTシャツに着替えると、更衣室を出た。
現在時刻は12時30分。午前中の当番が終わり、俺の本日の仕事はこれにて終了。慣れない仕事に四苦八苦したが、なんとかやりこなせたのではないだろうか。コスプレのほうも……まあ頑張った。
というわけで午後はいろんなクラスを回るつもりだが……その前に、教室に戻って財布を取ってこよう。そう思って歩いていると、
「あ……し、俊くん!」
背後から声をかけられる。つられて振り返ると、更衣室から出てきたところだろうか、みどりちゃんの姿があった。
「みどりちゃん、その格好は……」
みどりちゃんの見たこともない装いに、思わず目を奪われる。
「あの、その、あんまり見られると、恥ずかしいです……」
頬を赤らめながらそんなことを言う。
「すごく似合ってるよ」
「そんなことないですよぉ……ナース服なんて、はじめて着ました」
白衣の
「みどりちゃんは、これから当番?」
「あ、はい。俊くんは、もうお仕事終わりですか?」
「うん、今日の当番はおしまい」
「そうなんですね。お疲れ様でした」
みどりちゃんがぺこりと頭を下げたのを見て、「ありがとう」と返す。
「それで……お店のほうはどうですか?」
「かなりの盛り上がりだよ。正直、大変だった。まさに猫の手も借りたいぐらい」
「ふふっ、俊くんのコスプレ、しっかりと拝見させていただきましたよ」
いつの間に見ていたのか、なんてやわな疑問は抱かない。陰で見ていたであろうことは、先の一件で思い知った。
「俊くんはお仕事を
みどりちゃんは言葉通りに不安そうな表情を浮かべた。
「大丈夫だって。俺にもできたんだし」
「ですが、私はコミュニケーションをとるのが下手ですし、飲食店の勝手もよくわかりませんから……」
思いつめたように顎に手をやるみどりちゃん。気持ちはわかる。俺もやる前は同じような心配をしていた。
「……それで、あの、俊くんにお願いがあるのですが」
みどりちゃんはなにかを思いついたような顔をすると、上目遣いでこちらを見た。
「私の接客の、練習相手になっていただけませんか?」
ということで、再び2年B組の教室に戻ってきた。しかし今度はお客さんとしてだ。促されるままに席に着くと、早速、
「い、いいいいらっしゃいませっ」
みどりちゃんがガチガチの出迎えをしてくれた。ロボットでももう少し滑らかだぞ。
「みどりちゃん、俺相手にそんなに緊張してどうするの。これは練習なんだし」
「かしこまりました、紅茶ですね!」
「いや本当に大丈夫?」
これはかなりの重症だな。ナースのコスプレとはあべこべに。
「とりあえず落ち着こう。心臓バクバクな状態じゃ冷静な対応ができない」
「お、おっしゃる通りですね。冷静に、冷静に……」
「それじゃあ、注文いいかな」
「アイスコーヒーですね」
「こりゃあダメだ」
その後も紆余曲折あって注文をとるのに10分もかかったが、なんとか要領を把握し始めたようだ。
「お、お待たせしました。ご注文のアップルジュースを処方します」
なお、ナースの要領はまったく理解できてない模様。
「ありがとう」
テーブルに置かれたコップに早速手をつけようとしたところで、俺は躊躇した。はたして、このジュースは安全なのだろうか。これを飲んだら、俺はまた眠らされてしまうのではないか。そんな懸念が頭をよぎる。
「警戒しなくとも大丈夫ですよ。私が作ったわけではないですから」
俺の心中を読んだかのような発言。みどりちゃんの表情は柔らかかった。
「……それじゃあ、いただきます」
その言葉を信じる根拠などなかったが、なんとなく、大丈夫だろうと直感した。
ジュースを喉に通しても、体に異変は感じられない。
「それにしても、本当に大盛り上がりですね。まさかここまで混雑するとは」
みどりちゃんが改めて教室を見回す。午後になってもウチの繁盛ぶりは相変わらずで、またしても待機列が形成されていた。この時間は男性の一人客が多いみたいだ。
「コスプレ喫茶をやると決まった時はどうなることかと思ってたけどね。意外とウケがいいんだな」
奇を
「あの、俊くん……私のコスプレは、どうでしょうか?」
「どうって……似合ってると、思うよ」
おずおずと尋ねるみどりちゃんに対して、照れを交えながら答える。
「ナースのコスプレだなんて、思い切ったねみどりちゃん」
「えへへ……結局、コスプレというものはわからず
「そっか……うん、本当に似合ってるよ」
「あ、ありがとうございます……」
みどりちゃんの衣装を見て、ついつい先日のホテルでの一件を思い出してしまう。裸で抱きつかれたあの感触……そして、左腕の痛々しい傷。
彼女の腕に目を落とすと、包帯できっちりと覆われていた。なるほど、これならコスプレの一環だと思われるし、不自然ではないな。
「……私、学園祭がこんなにも楽しいイベントだなんて、知りませんでした」
「みどりちゃんは去年も参加したんじゃないの?」
「去年は……クラスの出し物には参加しませんでしたよ」
「いやいや、まさか。学園祭なんだから、クラス全員で取り組むものでしょ?」
「いいえ。私がクラスメイトから認知されていたかどうかも怪しいですし、そもそも私にとっても去年までのクラスは取るに足りませんでしたから」
「取るに足らないって……じゃ、じゃあ、去年はなにしてたの?」
「それは、えっと……ずっと見てました、俊くんのこと」
「へ?」
「だから、その、見ていたんですよ。俊くんのこと、ずっと」
「俺を見る? 学園祭の間ずっと?」
「まあ、厳密には四六時中ずっとですけど……はい、見てました」
「マジかよ……」
「俊くんがたこ焼きを焼いている姿も、美味しそうにかき氷を食べている姿も、トイレで着替えている姿も、全部見ていましたよ」
「マジかよ!?」
「でも、結局見ているだけで、声をかけることはできませんでした。憧れや、羨ましさや、嫉妬が募っていくばかりで……」
みどりちゃんと目が合う。
「だから、こうして俊くんとおしゃべりできるだけで、私は楽しいんです。一年前じゃ、こんなこと想像もできなかった」
その目は黒々としていて、吸い込まれるんじゃないかと錯覚した。
「学園祭、楽しいです」
「そっか……」
心の底からそう思っているのだろう。みどりちゃんの表情が教えてくれる。
「でも……」
と、彼女は転調する。
「私、なんだかわがままになっている気がするんです」
「わがまま?」
「こうやって、俊くんとお話することができるだけで嬉しいはずなのに……満足、できてないんです。まだ、求めてしまうんです……」
教室中が慌ただしさでいっぱいの中、俺たちだけ時間がゆっくり進んでいる感覚がした。
「俊くん……ナースの接客、してあげますね」
そう言うと、あろうことかみどりちゃんは
「ちょっと、なにしてるの!?」
俺の膝にまたがってきたのである。そして、
「それじゃあ、失礼しますね」
「えぇっ!? み、みどりちゃん!?」
俺のTシャツの
「この間は、私の裸を俊くんに知ってもらいましたけど……私はまだ、俊くんの裸に触れたこともありません。これは不平等です」
よくわからない理屈を垂れながらも、みどりちゃんは俺の体をまさぐり始めている。
「い、いや、裸なんて誰かに見せるものじゃないし……ていうか、ここ教室だよ! お客さんやクラスメイトに見られるから!」
「心配ありません。策は講じてありますから」
策ってなんだよ……そう思って周囲を見渡すと、教室中が慌ただしく動いていた。さっきまで、こんなに混んでたか? お客さんの数が倍増している気がする。そのせいか、接客担当も調理担当も目を回しているありさまだった。誰一人、俺たちのことを見ていない。
「くっ……みどりちゃん、離すんだっ。こんなことしちゃダメだ!」
もはや自力でこの状況を抜け出すしかない……そう思い知った俺は、体をうねらせて抵抗する。
「あっ……俊くん、暴れないでください。これじゃあ接客できませんから」
「こんなの喫茶店の接客じゃない……!」
みどりちゃんはバランス感覚がいいのか、いくら抵抗してもなかなか離れてくれない。
「もう、困った患者さんですね。そんなに粗相をするなら……」
突然だった。左膝に、得体の知れない痛みを感じた。
「つっ……みどりちゃん、なに、を……?」
痛みが増すにつれ、体の自由が利かなくなるのがわかる。な、なんだこれは!?
「ふふっ、お注射です」
みどりちゃんは悪気の一切感じられない笑みをつくると、
「はーい、お注射完了です。もうこれで、暴れられないですからね」
再び左膝に痛みを感じた。未知の感覚に汗を垂れ流していると、みどりちゃんは右手を掲げて、なにかを見せてきた。
「安心してください。ただの麻酔薬です」
その手には、注射器が握られていた。目を凝らしてみると、注射器の中には液体が付着していて、彼女の言葉が冗談ではないことを否が応にも理解させられた。
「ぅ……く、かぁ…………!」
口がうまく動かない。いや、口だけではない。体中至る所が、思い通りに動かせなくなっていた。それでも、意識だけははっきりと覚醒していて、まるで金縛りにあったみたいだ。
「では、俊くんの体、堪能させていただきますね」
俺が状況を呑み込んでいる間に、みどりちゃんはTシャツを脱がせ終えてしまった。
「わぁ……俊くんの体、たくましくて立派です」
まるで絹織物を触るみたいに、みどりちゃんはしっとりと俺の裸体を撫でる。
「それにとってもあたたかい。私にも、熱をわけてください……」
みどりちゃんが、ぎゅうっと密着してくる。胸の谷間が目に入り、慌てて逸らそうとするも首が動かない。
「傷一つないキレイな体……よかった。れろっ」
なにがよいのだろうか……そう疑問に思っていると、胸元に刺激を感じた。見ると、彼女が俺の体を舐めている。
「ぺろ……んっ、美味しいです……」
頬を上気させる彼女の姿は、先日に増して
「さてと……俊くんの裸体を味わうのもいいですけど、今日はもっと重要な手術があります。なんてったって、一年に一度のビッグイベントですからね」
俺の胸元から顔を離し、不敵な笑みを浮かべると、みどりちゃんはポケットからカッターを取り出した。
「ひひっ」
清楚な顔に似つかわしくない笑い声。カッターから刃を出すと、彼女は自分の左腕に巻かれた包帯に、臆せずそれを突き立てた。スーッと、一直線に刃を通すと、包帯はあっけなく地面に落下した。布越しに隠されていた痛々しい傷跡が、その存在を主張している。
「俊くん……私、思うことがあるんです」
カッターの刃を出し入れしながら、みどりちゃんが口を開く。
「対等っていうのは、お互いのいいところだけじゃなく、悪いところも共有してこそだと思うんです」
教室中の喧騒は、俺の耳には届かなかった。
「私は、一方的な押し付けはしません。俊くんの欠点も私は受け入れるし、共有します」
言動不一致じゃないか。そんな反論もできない。
「だから、俊くん……まずは、私の醜い部分を俊くんにも共有してほしいなって……。それこそが、対等ですから」
刹那、みどりちゃんの顔が歪んだ。見たこともない彼女の表情に恐怖を感じたのは、間違いではなかった。
「……私のこの、傷跡を♡」
「………………!!!!!」
左腕が、強烈な痛みに切り裂かれた。
「いっひひひひひ! 他の女にはない、私だけの傷跡。私が私であることの証明」
目の前で、みどりちゃんが、俺の左腕にカッターを突き立てていた。
「はっ……! ぅぐ……! ぁぁぁ……!!!」
じっくりと、ゆっくりと刻み込まれる傷跡。とんでもなく痛いのに、声が出せない。
「あはは! 俊くん俊くん俊くん♡」
狂気に満ちたみどりちゃんの瞳に、光は宿っていなかった。
「他の女が知らない、私と俊くんだけの傷跡! 二人だけの愛のしるし!!!」
金切り声が耳をつんざく。
「大丈夫ですよぉ。邪魔な女には、後でもっともっと深い傷を刻み込んでやりますからっ! きっと穴だらけになって消えますから!!!」
手首を切るとは、こんなにも苦痛なことなのか。麻酔薬で痛みが
「好きです、俊くん。好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです大好きです!!!!!」
彼女はこんなにも大きな声を出しているのに、誰一人としてこちらに振り向かない。
「ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっと大好きでした。私の恋人になってください♡」
世界一悲痛な告白。そしてあまりにもストレートな告白。
「私だけを見てください! 私だけを愛してください! あなただけを見ます! あなただけを愛します!」
みどりちゃんは叫び終えると、あろうことか二本目の傷を刻み始めた。手首から、ポタポタと赤い
「血が出てますねぇ。心配しないでください、私が飲んであげます♡」
ぴくりともしない俺の左腕に、顔を近づける。
「はぁ……おいしいです。おいしい♡ おいしい♡ おいしい♡」
そしてみどりちゃんは、まるで吸血鬼のごとく俺の血を舐めた。
「んっ……ごく、ごくっ……俊くんの血が、私の体を流れてます……」
躊躇いもなく血を飲み下す。
「うふふ……血までおそろいだなんて、私たちはラブラブですね♡」
もう、なにがなんだかさっぱりだった。こんなの、俺の知ってるみどりちゃんじゃない。
「ほら俊くん、三本目ですよぉ……痛いことしてごめんなさい。苦しいですよね」
慈愛に満ちた、しかし空っぽな瞳で覗き込まれる。
「でも、これは私たちが対等になるための儀式なんです。俊くん……二人で痛みを共有しましょう!!!」
「いっひひひひひ」という狂った笑い声の後、とろけた表情で三本目を植え付ける。
「俊と書いてみどりと読む!!! みどり色は俊くんの赤色!!!!!」
歪み切った顔で、意味不明な発言を叫びだす。正真正銘の発狂。
「四本目♡ 4はしあわせの4、俊くんの4!」
あっけなく三本目を刻み終えると、とうとう四本目を植え込み始めた。もはや「手首を切る」というより、「手首を
「俊くん大好きです!!! 私と恋人になりましょう!!!!!」
痛い。苦しい。熱い。痛い。左腕はすっかり赤く染まっていて、見ているだけで苦しかった。それを拒絶するかのように、脳が意識をぐらつかせる。まるで強制シャットダウンをさせられるかのように、意識がどんどん飛んでいく。もはやここまでだ。
「他の女は排除して、二人だけの世界で、永遠に傷を舐め合いましょう!!!」
ゆっくり、じっくりと抉られる腕。明滅する視界の中で、血の赤と、歪んだ彼女の顔だけがはっきりと見えた。地獄とは、こういう状況を言うのだろう。ようやく麻酔が効いてきたのか、それとも俺の終わりが近いのか、意識が限界に達していた。
「あっははははは♡」
狂いに狂った笑い声も、遠くから聞こえるように感じる。
「俊くん俊くん俊くん俊くん俊くん俊くん俊くん!!! 大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです大好きです!!!!!!!!!!」
──もう、死にそうだ。
「なにっ!?」
誰かがそう、叫んだような気がした。
「うわ、なんだなんだ!?」
「なにが起きた!?」
「もしかして……停電?」
次いで、教室中のあちこちから声が行き交う。
「俊ちゃん、助けにきたよ」
突然、膝の重みが消えた。
「……っ!!!」
それと同時に、ドスンと、なにかが床に転がり落ちるような重低音がした。手首が抉られる感覚も消える。
ふわっと、宙に浮く感覚。それにあたたかい。誰かに、
半開きの視線、その先で俺の顔を見つめていたのは、
「葵、ねぇ……?」
「貴様ァァァァァ!!! 俊くんを離せ!!!!!」
俺が状況を把握するよりも先に、聞いたこともない怒声が耳を打った。
「俊くんは私のものだ!!!!!!!」
なにかがこちらに走り寄る音。
「俊ちゃん、もう大丈夫だからね」
それを掻き消す、甲高い音。金属と金属が弾けたような音。
「待てっっっ!!!」
宙に浮いたまま、重心が移動するような感覚。葵ねぇが、俺を抱えたまま走っているのだろうか。
「私たちの幸福を邪魔して…………絶対に消してやるゥゥゥ!!!!!!!」
それが彼女の──みどりちゃんの最後の声だった。
痛みから解放された幸福感からか、最も身近な人間に抱えられているという安心感からか、俺の意識はそこで途絶えた。
「………………俊ちゃん。俊ちゃんのことは、お姉ちゃんが幸せにしてあげるからね」
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