#15 道なき道を踏みしめるために必要なもの


「ははは! 我々の勝利を祝し、まずは乾杯といこうじゃあないか!」


 レトナーク市街、お馴染みの依頼斡旋所。

 いつもなら血眼で依頼任務ミッションを漁っているところだけど今日は違う。

 酒場の隅に集まって優雅にグラスを掲げて――いやどうして私もここにいるのだろうか。


「そうね。私は忙しいから狩りの続きに戻りたいんだけど?」


 レトナーク市街へと突撃してきた機械生命マシンモータルへの対処とか後始末とかで思いの他時間を食ってしまった。

 まだ今日という一日が残っているうちに可能な限り戦いたい。満足には程遠いのだから。


 そんなことを考えていた私の気などつゆ知らず、はガハハと笑い声をあげた。


「まぁそうケチ臭いことをいうでない! そうそう、自己紹介がまだであった! 拙者、『三度ミッツ負戦マケルセン』と申す、見ての通りの戦車乗りよ! それとこっちは」

「俺は『リーマン・Noダス』という。一応、コイツとコンビを組んでいる感じだな。まぁよろしく」

「我ら二人で、戦型車タンクオンリーマシーナリーコープスMC『ロストタンクメモリー』! 今宵は記念すべき三人目のメンバー加入を祝し、乾杯といこうではないか!」

「ただちに待ちなさい」


 なるほど、なるほど。戦車型オンリーとはまた尖った拘りだけど、ゲームの遊び方は自由。

 それはいいとして問題なのは――。


「私はカウナカニねよろしく。ところで念のために確認だけど。まさかとは思うけれど、その三人目って勝手に私を加えてなくて?」

「もちろん貴君の席は既に用意してある。重戦闘用クラス4相手にエクソシェルで挑みかかるそのマゾさ……もとい勇気! 我らが同志にふさわしいマ……資質があると見た!」

「エクソシェルを使っているということは、あなたはこのゲームを始めたてなのだろう。先々を考えてMCへと参加しておくのは悪くない選択肢だと思う。ならばここで会ったのも何かの縁だと思わないか?」


 ずいぶんとあからさまだけれど、思えば勧誘の言葉をというものを聞くのも久しぶりだ。

 なるほどレトナークは初心者の街。そういった可能性を考慮していなかったわけではないけれど。

 何が悲しくて戦車型オンリーに捕まらねばならないのか。


「まず二つほど勘違いを訂正しておく。私は前作経験者よ、ちょっとした事情があって最初から始めてる。それにもう一つ、私はマゾプレイヤーじゃあない。あいつが狩場に入ってきたから狩った。それだけのこと」

「ぬぅ。狂犬のほうであったか」


 三度とリーマンが顔を見合わせた。段取りもなにもあったものではない。


「そもそもだけど。MCは結成時にのはず。今二人ということは……減ったのよね? おそらくはその超絶マゾい縛りのせいで」

「なるほど全てはお見通し。これは俺たちの降参だな」

「いやしかし……」


 思い切りがいいのかリーマンは完全に諦めたようだ、吐息と共に椅子に沈む。

 逆に三度はまだ未練たらたらの様子。しつこく付きまとわれても困るし、もうちょっと釘を刺しておこうか。


「戦車型オンリー、そりゃあね。何しろ戦車型はこのゲームでは不遇とされて、いわゆる産業廃棄物サンパイとまで……」

「産廃いうでない! ちょっと……とても……ものすごい不利なだけである!!」

「そこに知らない人間を引きずり込むつもりだったとしたら、いかにも悪質だからね。あなたたち」


 さすがに少しはバツの悪そうな表情を浮かべている。

 このゲーム、エイジオブタイタンに登場する人型兵器タイタニックフィギュアは自由なビルドができることが特徴だ。


 自由――そう、もちろん人型を外れることだって自由の範疇。


 このゲームにも本来の意味での戦車というものは存在する。

 しかしそれはいわゆるやられ役と位置づけられており、TFに対して圧倒的に不利だった。これに憤慨したのが世の戦車愛好家たち。

 いかなるゲームにおいても履帯があれば踏破できるとばかりに彼らはTFを戦車型に改造してゲーム攻略に乗り出したのだが――。


 今日、彼らが狂気の範疇に括られているところから結果は推して知るべし。

 このゲームに巨人操者タイタニックルーラーはいても戦車乗りはいない。


「三度、やはり今から人を増やすのは無理があるな」

「いやしかし、惑星せかいは広い。探せばどこかにマゾさと戦車魂を燃やしている同志が……!」

「確かにかつてはいた。だがいずれ行き詰り去ってゆくのだろう。皆と同じように」


 おそらく彼らは己の拘りを最後の最後まで貫いた者たちだ。仮想世界といえども漏れ出たため息はあまりにも深かった。

 さすがに少し気の毒な気がしてくる。


「戦車うんぬんはともかく、人を集める理由は? 詐欺まがいの勧誘をした詫びに教えていきなさい」


 貴重な狩りの時間を使っているのだから、せめて慰謝料代わりに聞かせてもらう。


「聞きたいかのぅ? ふう~む、そうだぬぁ。貴君が同志となるのであれば聞かせてやるのもやぶさかではなきにしも~」

「それじゃあ時間もったいないからいくわ。あなたたちも適当に頑張ってね」

「ほうあ待ってくださいすいませんでした調子乗りました! せめて話だけでも聞いていってくださいお代はいりませんむしろ奢りますから! 一杯分! 一杯分だけでいいから聞いていって!」

「これも何かの縁だ、話だけでも聞いてもらえると嬉しい。……誰かに話したいんだ」


 しれっと席に座りなおしてマスターに追加の飲み物を注文する。リーマンが無言で代金を払った。


「それで? いくらこのゲームで不遇不人気一直線の戦車型と言っても、好きな人がいないってわけではないでしょうに」

「……とある依頼任務があったんだ。MCでの参加条件が十名以上が所属することとなっていてな」

「それであと八人必要ってこと? 絶望的ね」

「ずばずば言うねぇ!」


 ついにキレたのか、三度が勢いよく立ち上がる。


「ふふふ……先ほどから言いたい放題狼藉三昧であるが、それくらいにしておいたほうがよいぞ。さもないと……」

「さもないと?」

「拙者が泣くぜ? 何憚りなく大泣きするぜ?」


 ご自由に、と言いたいけどさすがに見苦しすぎて嫌だ。


「三度、やはりここは外野を受け入れるしかない。戦車型オンリーにこだわらなければ人を集めることはできる」

「ぜ、絶対にダメである! 戦車乗り以外を同列に加えるつもりなどない!」


 三度の表情に諦め以外の色がさした。拳を握り勢い込む。


「かなりデカいヤマであるのだ! なのに人が足りず……それでも加わろうと思えば! 拙者の『ビッグ・ザ・ガンバレル』を見て鼻で笑いおった……!」

「ああなるほど。つまりは見返してやりたい奴がいるのね?」


 彼はふと押し黙り。それからゆっくりと頷いた。


「そういうことなら最初からそう言いなさい」


 二人して不思議そうな表情でこちらを見つめてくる。

 先ほどまでの話の流れだとそうかもしれない。だけど聞き逃せないところがあったのだ。


「いくら不遇機体を愛好しているからと言って、鼻で笑うのはいただけない。拘りは人それぞれ尊重するのが私たち巨人操者タイタニックルーラーの流儀ってものでしょう。その依頼の内容、もう少し詳しく聞かせてもらえる?」

「仲間となってくれるのか!? もちろんである、それは……」

「待て三度。カウナカニさん、それなら話は変わる。あなたはまだMCに参加するとも言っていない。それに知った上で競合相手になられても困る」


 さすがにそう迂闊でもないか。ならばまぁいいだろう。笑みを浮かべてみればなぜか二人がぐっと引いた。

 いや、なぜだ。


「MCには一時参加という処置があるはず。つまりまずはお試し。ただ確かに私は生粋の戦車乗りではない。だからこうしましょう。私をメカニックとして雇うというのはどう? これでも作る側にはそれなりに自信がある」


 今度こそ二人は顔を見合わせて、しばらくの間無言で考えた後、静かに頷いたのであった。



「そもそもの話の始まりは、機械生命のマザーファクトリーが出現したことにある。そのための迎撃依頼が近辺の各都市にて発生した」

「大物ね。そりゃあもうお祭り騒ぎってこと?」


 ゲーム的には大型のエネミーであるほど対応するイベントの数も多くなる。

 もちろん傭兵プレイヤーたちにとってはお祭り騒ぎだ。


「そうだな。何よりNPCにとってマザーファクトリーの存在は脅威だ。当然、迎撃部隊が組織されたんだが、この中核を構成しているのは基幹企業プライマリなんだ。セドニアム重工という」

「……うん。最近よく聞く名前ね」


 少し前、一緒に仕事をこなした人物の顔が脳裏をよぎる。

 これは思ったよりも早く鉢合わせしそうな予感がしてきた。


「当初、俺たちもセドニアムの依頼に参加するつもりだった。だが参加を表明した俺たちを待っていたのは……嘲笑と拒絶だったよ」

「あの場、他にもMCがいたのである……そこであやつら! 産廃雑魚のお守りは契約外だなどと言いだしおって!」


 ゲームリリースから比較的早いこの時期、大規模なMCに所属しているプレイヤーというのは前作からの引継ぎ組がほとんど。

 つまり彼らは前作における戦車型の不遇と評判を十分に知っている。

 それはまぁ、簡単に頷きはすまい。


「言いたい奴らには言わせておけばいい。俺はそう思ったがそうじゃない奴も多かった。それが原因でMC内で言い争いがおこったんだ」

「結局、拙者の愛するロストタンクメモリーは空中分解してしもうたのよ……」


 愛があれば、とは言っても悪罵に耐えることは別問題である。

 もしかしたらこれはただのきっかけで以前から亀裂はあったのかもしれない。いまさら言っても詮無いことだけれど。


「だったら今、人集めをしているのはそんな奴らと同じ依頼を受けるため? 上手くいくとは思えない」

「わかっている。だから俺たちの受ける依頼任務は別口にある」


 リーマンが不敵な笑みを浮かべる。


「内容はセドニアム重工によるマザーファクトリー攻略への妨害行動……いわゆる乱入型ミッションというやつだ」


 うん、なるほど。これは多分あれだと思う。

 ごめんねワズ。この流れだと多分――あなたとは敵同士になる。

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スラップスティックトルーパーズ 天酒之瓢 @Hisago_Amazake_no

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