月華1
満月に薄いかんばせを向けて、そっと光に晒しておく。熱のない白い光子が一晩中さらさらと花糸を濡らす。次の朝みてみると、涙のような一粒の雫が花びらに溜まっている。それを掬って、人差し指で窪みを付けて焼いた小さな型に入れ、冷温室で凍らせる。するとフロスティブルーのキャンディが出来上がる。口に含めば、一瞬だけ舌を冷やして跡形もなく消えたあと、即座に夢へ落ちるだろう。
静かに明日を待つだけの時間。まだ何も始まっていない時間。密やかに同化する時間。闇と水と夢に。
夢が淵という場所があります。
澄んだ川のほど近くには小さな村があり、村人たちは川から採った魚を都市へ運んで生計を立てています。それはたいへんに美味で、金持ちたちのあいだでは高級品とされているのだとか。けれど、この村の名前を誰も知らない。
理由は、村にある遺跡でした。何の遺跡なのか誰も知らないこの場所に入った者の半数は命を落とし、半数は気がふれて帰ってくるのです。けれど、最奥に隠されているのは大量の金銀財宝。遺跡にありがちな伝説がここにも伝わっており、それを目当てにやって来る盗掘者やハンターは昔からあとを絶ちません。
『眠ってはいけない』
一人のハンターが言いました。その前夜、村人が止めるのも構わず意気揚々と遺跡に入り、次のあさ別人のようになって帰って来たのでした。
『眠らずに奥まで行き、宝を持って出てくればいいのだ。ああ、それさえできれば……。なのに、どうしても眠くなってしまう。悪夢を振り払えない。夢の底からよじ登れない』
それだけ言うと男は、もう意味のある言葉を発さなくなりました。
噂は広まるにつれて、「遺跡に入ると気がくるう」というものから、「あの村にいるだけでおかしくなる」、果ては「あそこの住人はみんな気がふれている」という内容に変わっていきました。
そうしてこの村は、禁忌の場所となったのです。あの魚がこの村から出荷されているということは公然の秘密です。今では、たまに物好きな冒険家がやって来る以外は、誰も寄りつこうとはしません。
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