第295話 戦争の行方

 午後2時過ぎ。

 授業出席組が少しだけ遅く現れた。

 手に紙袋やらなにやら色々持っている。

「ミド・リーさん完治おめでとう! あと他にもめでたい事があったので色々買い込んできた」

「残念ながらいつもの店は長蛇の列だったのだ。仕方なく別の店で買ったのだ」

 フルエさんが持っているのはお菓子店の箱だ。

 冬頃に出来た店で評判はそこそこいい。

 姉貴の店ほど混んでいないので比較的買いやすい店だ。


「いいですね。たまには別のお店のも美味しそうですわ」

「本当はいつもの店が良かったのだ。でも外はお祝いムードで長蛇の列で、もう絶対買えないから諦めてこの店にしたのだ」

 お祝いムード?

 別にミド・リー完治は世間とは関係ないよな。

「という訳でこの号外を参照だ」

 えっ。

 テーブルに出された紙のタイトルを拾う。

『スオーに完勝!』

 なんだと!


「今日のお昼前に発表されたらしいんだ。学校でも臨時ホームルームがあったしさ。でもここにいると気付かないだろうと思って、街で号外を買ってきた訳だ」

「ついでにお祝いのケーキも買ったのだ。でもいつもの店で買えなかったのだ。それだけが心残りなのだ」

 そういう事か。

 俺も回ってきた号外を読んでみる。


 なるほど。

 あの夜間外出自粛の開始の日、スオー国から宣戦布告があったのか。

 そして翌日早朝、スオー国一般・魔法科混成軍およそ10万人がヤノ峠、ホリキリ峠、ナベツチ峠の3か所から国境を突破しカワライシ辺境伯領に侵入。

 だがアストラム軍の新兵器によって一方的な攻撃を受け全軍が国外へ敗走。

 全軍の3割以上の損害で同軍の戦闘継続は不可能だろうとみられている。

 なおアストラム軍の損害は死者無し、軽傷者十数名とある。

 ただ国境近くにあったオーバン石灰石鉱山とオーバン村がスオー軍により損害を受けたらしい。

 ただ村人は戒厳令以前に国の措置によって疎開済み。

 民間人の人的被害は無いとの事。


 新兵器の一部が公開されていて、その解説記事も載っている。

 飛行型魔法無人哨戒機、道なき道も移動可能な異形のゴーレム、射程が通常より4倍長い魔法杖を積んだ蒸気トラック。

 正直見覚えのある物ばかりだ。

 これらの技術の一部は戦後公開される予定で、これによってますます国が発展するだろうとある。


 更に国の高官や在野の評論家等による今後の見通し等も出ていた。

 スオーがこれで退くという見方が。

 更に攻勢を仕掛けるという見方。

 それぞれ1対2という処だ。


「つまりまだ戦争は続くって事だよね、きっと」

「そうですね。でも長い事は無いように思いますわ」

 アキナ先輩はあっさりそう言い切る。

「どうしてですか」

「国や軍隊の体制の違いですね。詳しくはこちらの評論家さんが言っている通りだと思います」

 どれどれと思って読んでみる。


 スオーは民主制の政治体制で、軍が国民軍。

 この国民軍とは国民に兵役に服する義務を課すという事で、つまりは徴兵制度があるという事だ。

 そのため兵の人員は志願兵や貴族兵中心の周辺国に比べると圧倒的に多い。

 故に兵力の多寡が勝敗を決するような戦争では圧倒的に有利となる。

 一方で民主制で徴兵制度ありという事はだ。

 政治に関与できる国民の身近に徴兵されている者が存在するという事でもある。

 また一般国民全般に関しては政治的に訓練されているとはいい難い。

 故にその政治的意見は雰囲気に流れやすく逆境に弱い。

 したがっていざ綻びが出たらあっという間に責任の押し付け合いになり、戦争体制も瓦解するだろう。

 そんな意見だ。

 思わず俺は衆愚政治とかポピュリズムなんて前世の単語を思い出してしまった。

 成程、これがかつてホン・ド殿下が言った政治にかかるコストというものか。


「ただスオーが一発逆転を狙ってきたら危ないかもしれません。一発逆転は出来ないまでもこちらも講和を望むように仕掛ける方法はいくつか存在するでしょう。いずれもかなり悪質な手段になりますけれど」

 ユキ先輩の言いたいことは想像がつく。

 この世界にはテロという言葉は無い。

 まだそんな概念が存在していないから。

 でも手段として思いつくとすればそういうものだろう。


「戦闘区域外、後方への直接攻撃ですか。おそらくは移動魔法を使用した」

 ユキ先輩は頷く。

「それってどう考えても悪だよな」

「スオー国は自分たちが民主主義を広める正義だと認識していますから。正義の前には全ては正当化されるのです。やる側の理屈としてはですけれどね」

「ただ殿下達もその可能性は気付いていると思いますわ。私達でもその辺に考え付くくらいですから」

「ただ私達も充分気を付けた方がいい。そういう事ですね」

 ナカさんの結論に俺達は頷いた。

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