第290話 遠い日の思い出

 外は大分明るくなってきた。

 ミド・リーの状態は大分ましになってきたと思う。

 体温も平熱に近づいたし貧血も少しだけましになった。

 ただこの白血病細胞、とにかくタチが悪い。

 殺した時にどうも血栓になりやすい物質を放出している様だ。

 前世ならその辺に対応する薬剤とかもあるのだろう。

 でも今の俺達では鑑定魔法や生物系魔法の全身常時診断で兆候を見つけ、魔法で個別対処するしかない。

 ある程度メカニズムがわかれば記述魔法による自動で対処はできる。

 でもそこでやっぱり魔力を消費する。


 他にも正常な血液成分が不足する分魔法で輸血しているのだが、その際に免疫が悪さしないように抑える事もしなければならない。

 元々白血病細胞を探して殺すだけでもかなり魔力を使うのに。

 他に無菌状態の維持とかも継続している。

 もう俺もフールイ先輩もふらふら状態だ。

 魔力クレソン青汁でドーピングを続けても、魔法を制御する脳の方がもうすぐ限界を迎えそうな気がする。

 でも今の治療を続けて行けば確実にミド・リーは良くなる筈。

 だから出来るところまではとにかくやりきろう。

 それがフールイ先輩と昨日話し合った結果だ。


 魔力クレソンの青汁はとってもまずい。

 そのまずさである程度意識を復活させている面もある。

 でもそろそろこのまずさも気にならなくなってきた。

 やばいな。

「フールイ先輩一度休んでください。このままでは持ちません」

「やれる処までやる約束。むしろミタキが心配」

「俺も具合を見ながら休みますから」

「なら私もそれまではやる」

 こんな感じ。

 限界近くまで、病気と気力との勝負だ。

 最悪の場合魔法缶を全部並列に使えば2時間位は稼げる。

 いざとなったらそっちに移行してフールイ先輩だけでも回復して貰おう。

 そう思った時だった。


 部屋の空気が動いた気がした。

 視線だけ入口に向ける。

 アキナ先輩とユキ先輩だ。

 何故まだ早朝のこんな時間に。

「予想通りでしたね」

 ユキ先輩、どういう事ですか。

「説明は省略しますわ。とりあえず今の作業を引き継ぎましょう。フールイさんは私に、ミタキ君はユキに今の作業内容を引き継いでくださいな。急いで」


 確かに俺もフールイ先輩も限界だ。

 時間が惜しい。

 そんな訳でそれぞれ自分の作業内容を先輩達に説明する。

「わかりましたわ。それではフールイさんは仮眠室でお休みになって下さいな。授業の欠席連絡は私達で入れましたからご心配なく」

「ミタキ君はそこでそのまま休んで下さい。ミタキ君自身の血液の量を回復させますから」

 その台詞を最後に俺の意識は薄れていく。

 多分睡眠魔法を使っ……


 ◇◇◇


 俺は夢を見ていた。

 そう、これは夢だと知っている。

 同時に実際にあった事だという事も知っている。

 ある意味俺の原点近い一番鮮明な思い出。

 俺は家の裏庭側の窓から外を見ていた。

 部屋から見る外の景色は明るくて暖かく、楽しそうに見える。

 でも俺は外に出る事が出来なかった。

 外に出る事を禁止されていた訳ではない。

 怖かったのだ。


 以前遊びに出て調子に乗ってあちこち歩きまわった事がある。

 気が付いた時には遅かった。

 胸がどきどき痛む。

 立っていられなくて何とか頑張って倒れて怪我しない程度にしゃがむ。

 視界が揺れてしゃがむ事すらできなくなる。

 全身が痛い気がする。

 意識が薄れるのに痛いのだけは感じる。

 でも何もできない。何も出来ない……


 あの時はその後、通りがかりの人に抱えられて治療院へ搬送された。

 結果後遺症も何も残らずに済んだ。

 でも俺はそれ以来外に出なくなった。

 もう一度ああなるかもしれない。

 そう思うだけでも怖いから。

 家の中で遊ぶものは大体遊びつくした。

 本も親や兄、姉のものまで含めてほぼ読みつくした。

 兄や姉は学校に行っているし父母ともに仕事で遊べない。

 だから俺は外を眺めている。

 それだけで何もできない。

 ただ外に憧れている。


 裏庭の前の路地を女の子が通りかかった。

 ここの窓からよく見る女の子だ。

 この近くに住んでいるのだろうか。

 いつもならそのまま通り過ぎる処で彼女は立ち止まる。

「ねえ、いつもそこで何をしているの」

 彼女に気付かれていた。

 そのことに気付いて俺はドキリとする。

 何故か心臓がバクバク言っているのを何とか誤魔化す。

 大丈夫。問題ない。

 そう俺は自分に言い聞かせる。


「外を見ているんだ」

 そのままの答えを彼女へ返す。

 他に答が無かったから。

「ふーん。でも毎日同じところから見ていて飽きない?」

 飽きるさ、当然。

 でも俺にはそれしか出来ないんだ。

 その辺の文句は敢えて隠して極力平然と台詞を言う。

「同じ景色でも少しは変わるだろ。毎日見ていれば」

 葉っぱが一枚無くなっている。

 歩く人の服装が変わる。

 そんな事で季節が変わったんだなと気づくことが出来る。


「でも色々歩いた方が景色は変わると思うわよ」

 彼女の言っている事はもっともだ。

 でも俺にはそれが出来ない。

 そう思ってこみ上げる感情は怒りか悲しみか羨望か。

 その時の未熟な俺にはそれはわからない。


「一緒に遊ぼうよ。少し先の水路の処、今日花が咲いたんだよ」

 まだ実際に行った事が無い場所だ。

 俺は何度も見た地図を思い描いてどの辺の場所か考えてみる。

「そこって貴族様の水路じゃないのか」

「大丈夫よ。そこの子も友達だから」

 そうなのか。

 その辺書物等からの知識ばかりで頭でっかちの俺にはわからない。


「身体が悪いんだ。あまり動くと倒れちゃうから」

 事実だけれど行けないことの言い訳。

 この台詞は俺の心の鍵だ。

 これで彼女は去って行って、俺も彼女も元の風景に戻るんだろう。

 俺はそう思ったのだけれど。

「大丈夫よ。私も治癒や回復魔法使えるから」

 えっ!?

 俺が疑問に思ったのに気づいたのだろう。

「本当よ。家も治療院だし」

 そうなのか。

 そういえばすぐ近くの治療院に俺と同じくらいの女の子がいると聞いたことはあるけれど。


「だから大丈夫だよ。ねえ、だから行こう」

 彼女はそう言って俺に手を差し出す。

 勿論路地から裏庭を隔てているから物理的には俺には届かない。

 けれど。

「わかった。ちょっと待っていて」

 俺は窓際から立ち上がって、そして……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る