第191話 僕は時々わからない
殿下は小さく頷いた。
「ユキさんの言っている事は正しいよ。僭越でも不敬でも何でも無い。事実だ。
少しばかり長い話をしようと思う。アストラム王国ヒロデン王家一族に伝わるある能力というか記憶の話だ。
王家の人間の一部はある知識と記憶を引き継いで生まれる。
知識とは数多くの世界の歴史。その中には繁栄して人間皆が飢える事無く平和に暮らしている世界もある。勿論そこに辿り着く前に滅びた世界もある。滅びた世界の方が圧倒的に多いけれどね。
あとは記憶だ。同じ知識を持った歴代王族の記憶だね」
何だって。
それは俺の持つような前世の記憶ともかなり違うあり方だ。
「勿論そんなのがあるのは王族の全員じゃなくてごく一部さ。最近では先々代の王の妹、イ・ノクチ殿下がその持ち主だった。彼女はちょうど開発された日常魔法を口実に義務教育制度を作り上げたり、開拓と新農法普及の為に国による低利融資制度を広めたりした人なんだけれどね。
そして今、その記憶を持っているのが僕、ホン・ド・ヒロデンという訳だ」
やはり俺とは違うタイプの記憶らしい。
「この国はちょうどいい具合に出来ている。大きすぎず小さすぎず天候に恵まれ他国とほどよく隔離されている。僕達は恵まれた環境を最大限に利用してこの国を出来るだけ早く導いていけるよう色々な小細工をやってきた。
例えば今の政治制度。スオー国は市民革命で王権や貴族制度を廃し、一部市民による普通選挙や市民代表による大統領制による政治を打ち立てた。概念としては今のアストラムの政治制度よりも進んだ制度だ。それでもアストラムが中央集権的王権制度を維持したのはより効率が良く早い進歩の為。上手く扱えば民主的な制度よりも独裁の方が進歩が遙かに早い。それに政治にかかるコストも少なくなるしね。見かけの公平さを犠牲にして進歩と富の分配を選んだわけさ。
政治体制だけじゃない。魔法や科学技術をコントロールしたりもしている。どちらかというと推進している感じかな。国中に網を張って新しい知識が出てこないか、有用な知識が埋もれていないか探したり掘り起こしたりしている訳だ。場合によっては支援したりもする。ちょうどここのようにね。
結果アストラムの国民1人あたりの生活水準は周辺国と比べて圧倒的に高くなった。多分アストラム国単独の運営としては上手くいっていると思う。
でもそれでも僕は時々疑問を感じるんだ。正確には僕達が、だけれども。
この国だけにしたのは僕を含む各代のエゴなんじゃないか。進歩を理由に王権にしがみついているだけなんじゃないか。そんな疑問がね。
国が滅びても進歩した知識や技術が受け継がれればいい。それでも時代は未来へ引き継がれていく。無論途中で滅びを迎える可能性もあるけれどね。それはこの国を維持した場合でもきっと同じだ。僕達が幾らかでもコントロール出来るか全くコントロール出来ないかの違いだけで。
その辺を考えると何が正解かわからなくなる。何せ記憶を代々引き継いでいるから自己という感覚すら気づくと薄くなってしまうしね。僕というより僕達という記憶の総意が強くなってしまうと特に色々わからなくなるんだ。だからいつもある程度我が儘で自我を出すように動いているけれど」
それはそれで周りに迷惑ではないだろうか。
例えばターカノさんとかシャクさんが。
そう一瞬思ったのは置いておこう。
「そんな訳で僕は時に色々とわからなくなるんだ。まあその為にもシャクやターカノに側にいてもらっているのだけれどさ。それでも自分が何を目的にしているのか、何を目的にしようとしているのか、何が目的であるべきなのかすら時にわからなくなる。実は今もそうさ。結果、ここでアストラム国を勝たせようとするべきかすらわからなくなったんだ。
そんな訳でさ。あえて未来を見たりそんな記憶が無かったりする君達に判断を委ねてみよう、そう思った訳さ」
「残念ながらその選択は私共ではお受け出来ませんわ」
今度はアキナ先輩だ。
さっきのユキ先輩とはまた違う。
こっちは表情だけは優しく見える。
「何故かな」
「答えは殿下自身もわかっていらっしゃると思います。でも今の殿下は他の方から言われたがっているようです。なので僭越ですけれど私から申し上げます。
ホン・ド・ヒロデン第一王子殿下はこの国アストラムの王族です。ですのでアストラム国の事を第一に考える義務と責任がありますわ。
ですのでどうぞご命令下さい。王族の一員であり文官の最高責任者として」
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