第183話 僕は歩くつれづれなるままに
翌朝は自由起床という事になった。
勝手に起きて勝手に朝食を食べて勝手にうだうだする。
何故かというとまあ、肉祭りが楽しすぎて宴会状態が長引いてしまったのである。
ただ俺は習慣的に早く目が覚めてしまう方だ。
そんな訳で洗面した後、キッチンで昨日出来なかった事をしてみる。
具体的には米の炊飯だ。
ほどよく炊けた米に昨日作ったトロトロの肉をのせる。
まずは角煮から。
うん、文句なくうまい。
次にゼリー状のトロトロが出た冷製肉。
これもたまらん。味付けなしなのに肉の旨みがでて最高。
どっちも白いご飯と一緒にかっ込むともう最強だ。
朝からヘビーなものを食べていると糾弾しないでくれ。
これが昨日からの心残りだったのだ。
さて朝食を食べたら暇になった。
借りた漫画は全部読んでしまったしどうしようか。
さしあたって作ったり考えたりするような物も無い。
多分皆さんはそう簡単に起きてこないだろう。
食べ過ぎで動けない状態だろうから。
ひたすら肉を詰め込んだものな、昨晩は。
俺は絶対的に量を食べられないから朝になれば何とかなったけれど。
ちょっとその辺を散歩でもしようかな。
襲われるなんて事ももう無いだろうし。
念の為万能魔法杖入りのディパックを背負って、テーブルに『その辺を散歩していきます』と書き置きを残して出かける。
考えてみれば俺独りで歩くのは珍しい。
ウージナでも独りで歩くのは通学路くらいだしな。
いや通学路でさえも大体ミド・リーかシンハ君と一緒だ。
理由は簡単、昔の俺は本当によく倒れたから。
独りでふらふら出かけるなんて危ない真似は出来なかったのだ。
カーミヤへ蒸気ボートで出かけた時が一人歩きをした最初かな。
あの街なら比較的平らだし人が多いから倒れても安全だし。
でも今は体力こそ無いが一応健康体。
だからこういう人が多くないリゾート地でも独りで散歩して問題無い。
最悪道に迷ったら魔法で人のいる方向を調べて歩けばいいだけだ。
よし、思い切りよく一人歩きを満喫しよう。
そんな訳でまずは湖畔方面へ。
ここはカヌーだのウィンドサーフィンだの湖で色々なスポーツが出来る。
遊泳場もあるようだ。
俺は泳げないからパスだけれど。
のんびり湖沿いに歩きながら色々と見て回る。
船を漕いだりするのって楽しいのだろうか。
俺には今ひとつそういった楽しみ方がわからない。
でも海で遊んだ時のボディボードもどきは楽しかったな。
あの延長線なのだろうか。
いつもならミド・リーやシンハ君にその辺を聞いたりする処だ。
今日は1人だから誰にも話しかけられないけれど。
ただ1人だとその分周りの景色や音に敏感になれる気がする。
鳥がさえずっている声もそよ風で木々が揺れる音も聞き分けられる。
高原だから風は涼しいけれど夏の太陽そのものの熱量は結構厳しい。
直射日光は暑いけれど木陰に入ると確かに涼しい。
そうか、俺は今外にいるんだ。
そう感じた。
病室から見ていた窓の外に。
無論前世でもずっと病院にいたわけじゃ無い。
入院していなかった時期もあるし長期入院中でも状態が安定していれば一時的に家に戻ったりする事もあった。
だから病院の外にだって普通に出た事もあるわけだ。
でも俺が今感じたのはそういう事実とはまた別の感覚。
どう表現していいのだろう。
厳密で正しいな言い方で言えば、人工物のあまり無い人の手の入っていない自然に近い場所で人以外の気配の中にいる。
俺は今そういう状況を感じているのだろう。
でも気分としてはあの頃病室から見た外の世界。
そんな気分なのだ。
勿論ここが完全な自然の中という訳じゃない。
リゾート地に作った人工の散策路だ。
それでも気分は窓の外。
あの頃憧れていた窓の外だ。
そう、俺は外に普通に出ることができるようになったんだな。
それを何故かしみじみ感じた。
変な話だけれどやっと来ることが出来た。
そんな感覚だ。
無論ここは日本でも地球でもない異世界だ。
ここでもやはり心臓に欠陥があったけれど、魔法のおかげで何とかやってこれた。
ミド・リーなりシンハ君なりがいてくれたというのも大きい。
2人のおかげで学校と通学路以外にも色々出かけられたようなものだから。
そして今は一人でこんな処にいたりも出来る訳だ。
今の俺は一人でも自由に歩いて行ける。
それが感慨深くてそして楽しい。
気がつくと湖を半周以上してしまった。
前方向に商店街の端が見える。
俺達の別荘とちょうど反対側の端だ。
ついでだから少し一人で見てみるとするか。
俺はそっちに向かってみることにした。
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