第174話 話題を変えよう
身動きが不自由なのはともかくとして。
夕食は美味しかった。
本日の夕食は正統派のアストラム西部メニュー。
牛すね肉のトマトソース煮、冷製の豚肉や牛肉、ハムの肉巻きなんて肉類。
挽肉と香草のパスタ、バゲット風のパン、チーズ。
サラダは生肉のマリネ等が入った豪華版だ。
「凄い。よく登山の後にこんな豪華に作れるなあ」
「今回はユキ先輩と私で作ったのだ。西部らしい料理なのだ」
「動いた分は食べませんとね。それに毎日美味しい夕食を作って貰っていますし」
確かにうちの合宿のメニューは美味しい。
お金と手間を惜しまないからなのだろうけれど。
肉類はおろかパスタもパンも無茶苦茶美味しい。
俺自身が小食なのが恨めしい程だ。
薄切りのバゲット風にレバーペーストのせて食べるのすら無茶苦茶美味しい。
「この肉の冷たいのもいいよな。ちょっととろっとした感じがあって」
肉食のシンハ君は相当気に入っている様子。
「よく煮込んだ後冷やすとゼラチン質がかたまるんですよ」
肉の冷製も含めてこの辺の食べ方はウージナには無いな。
さて、思い切り食べた後は歓談時間だ。
カードゲームもいくつか持って来たけれどその前に。
「そう言えばユキ先輩、山頂からの風景以外にも色々スケッチしていますよね。よかったら見せて頂けませんか」
「今回は記録ですから面白い絵はありませんけれど」
そう言ってユキ先輩は立ち上がり自分の部屋へ行って戻ってくる。
歩き方から見るに筋肉痛等は出ていない模様だ。
実に羨ましい。
皆でスケッチブックを取り囲んで見てみる。
なおアキナ先輩だけ歩き方が微妙にぎこちない。
仲間発見だ。
でも言わぬが花って奴だなこれは。
スケッチブックに描かれた絵を一枚ずつ見ていく。
「綺麗だよね。こんな風に描けたらなあ」
「絵としての面白みは無いですけれどね」
「先輩はそう言うけれどやっぱりいいよこれ」
次々にページをめくっていく。
例の漫画絵で調理中を描いたのも見た。
「これって山頂で料理をしている時の絵ですよね」
「凄いよね。これだけの線なのに誰が何処で何をしているのかすぐにわかる」
いつの間に、と思うような場面も多い。
最初に休憩した場所からの景色とか、帰りに見た花のアップだとか。
そしてまた明らかに違うタッチの絵が出てきた。
デフォルメされた女の子が恐る恐る歩いている感じの絵だ。
足がしびれているか何かでうまく歩けない感じ。
「えっ」
「すみません。これは今回の登山とは関係ない絵です。ちょっと別の事を考えてメモ代わりに描いただけで」
タカス君の声にユキ先輩が慌てた感じで説明する。
「それってアキカちゃんですよね。『ユリナちゃんは妄想症』の」
何だそれ。
「そう言えば似ているな、というかそのものだ」
ヨーコ先輩も反応した。
ユキ先輩が若干焦ったような表情をしているのが見える。
ちょっと待て、それ以上踏み込んじゃいけない。
そんな俺の思いを踏みにじるようにシンハ君が尋ねてしまう。
「その何とかは妄想症というのは何なんだ?」
「『ユリナちゃんは妄想症』は『愛と恋のマガジン・やっちゃお!』開催の漫画新人賞で優秀賞を取った漫画だ。異性愛ばかりの一般女子漫画に日常的な百合風味を持ち込んだ事で一気に話題になった。でも冬に……」
「まあそれはいいですから」
ユキ先輩はそう言ってタカス君の台詞を遮り、スケッチブックを閉じる。
「それよりアキナとミタキ君、筋肉痛の方は大丈夫ですか。もし酷いならお風呂に入った後ゆっくりストレッチとマッサージをすれば少し楽になります」
「後でやってみますわ。ありがとうございます」
今もアキナ先輩の返事も微妙に変だ。
少しばかり台詞がいつもより早い気がする。
「俺も後でやってみます」
そう返事をしながら俺は別の事を考えている。
そう言えばさっきのイラストの女の子、何処となくアキナ先輩に似ていたよな。
デフォルメされていたけれど黒髪ロングで顔とかもどことなく。
名前もアキナ先輩にアキカちゃんだし。
あの歩き方も足が痺れているのではなくひょっとして筋肉痛では……
そうだとすればこの件はきっと、この場では追及しない方がいい。
取りあえず今この場でこれ以上この話題は避けるべきだろう。
多分間違いなく。
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