第158話 ある雨の日の一コマ

「やっと補習が終わったのだ」

 フルエさんが久しぶりにタカス君と一緒に現れた。

 中間テスト後の補習期間が終わり、再テストにも無事合格したらしい。

「中間テストはまだいいけれどさ。期末でしくじると夏期休暇が減るぞ。十分注意した方がいい」

「大丈夫なのだ。今度はシンハ先輩に教わっているので問題無いのだ」

 

 さて、今日はそれ以外にも行事がある。

 俺はカバンの中の鍵付きチャックの中から1枚の大型封筒を取り出した。

「これうちの親からタカス君宛て。トイレ用脱臭壁掛けの第1回分配分」

「おお、ついに来たのだ」

 何故かフルエさんの方がはしゃいでいる。


「中身に間違いなければ領収書にサインして複写1枚目をくれ。実際の配当金も入っているから何なら会議室で1人で確認してもいい。ただ税金関係もあるから自分の分の領収書はナカさん渡しで」

「別に隠すことも無いですよ」

 そう言ってタカス君はその場で封筒を開く。

 中には小金貨2枚40万円とサインを入れて貰う領収書、それに内訳の計算書。

 ちらっと計算書を見てみる。

 売価が小銀貨3枚3000円、うち製造原価等小銀貨1枚1000円

 つまり儲けが小銀貨2枚2000円でタカス君の取り分が4割で正銅貨8枚800円

 現在の生産数が500個で合計小金貨4枚40万円だ。


「いいのか、こんなに貰って」

「年度末に税金を引かれますからその分は残して下さい」

「いやそれは大丈夫だけれど……」

 タカス君、結構恐縮している。

「心配いらないですわ。昨年からの会員はもっと収入がありますし」

 軍の魔法アンテナが継続的に生産されているしな。

 俺とシンハ君はそろそろ蚊取り線香の収益も入ってくるし。

 なお蚊取り線香は材料抜きなので、今後は売り上げの1割をあと9年である。

 安いけれど何せ数が出るので馬鹿にならない金額になるのだ。


「何ならタカス、私にホールケーキをおごってくれてもいいのだ」

「お前は十分仕送り貰っているだろ」

「色々買い物をすると割と足りなくなるのだ」

 最近は安息日2回に1回くらいは蒸気自動車や蒸気ボートで出かける。

 その際、特にカーミヤに行った時等にフルエさんは結構散財しているのだ。

 俺が知っているだけで服を3着、それに新しいバッグも作っていた。

 ちなみにカーミヤに行くときは必ず蒸気ボート。

 蒸気自動車と比べたら積載量が段違いだから。

 皆さん色々買い込むので帰りは目一杯荷物を積み込む羽目になる。

 俺も資材や食材等を買い込むから人の事を言えないけれど。


「これだけあれば結構本を買っても大丈夫だな」

「本よりケーキの方が美味しいのだ」

「用途が別だ。それにお前ケーキ食べすぎ」

「あれはいいものだ」

 ちなみにフルエさんのケーキ好きは重症だ。

 安息日には必ず買いに行っている位に。

 ただ店の方も季節と入荷に応じて新製品をどんどん出すので、

『全種類制覇がなかなか出来ないのだ』

そうである。

 やるなうちの姉貴も。


「技術的な本なら割とウージナにも揃っているけれどな」

「ウージナの本屋にもあるのは確認済みだ。ただ今日は雨。本を買いに行くには良くない」

 この国は書籍がかなり充実している。

 活版印刷も既に技術が存在するし、工作魔法系の魔法使いなら銅板等に絵や文字を彫るのもお手の物。

 三色重ねたフルカラーの本すら普通に買える値段で流通している。

 下手すれば日本よりも書籍や雑誌が充実しているかもしれない位だ。

 何せ娯楽が現代日本ほど多くない。

 当たり前だけれどテレビやラジオなんて無いし。

 映画もまだ技術が発明されていない。

 だからその分本が娯楽用に充実しているのだろう。

 週刊誌も結構多い。


「タカスの好きな本は知っているのだ。実はなかなかいい趣……」

 途中でフルエさんの発音が不明瞭になる。

 何かと見てみると口を閉じたままもぐもぐやっている。

 何だ何だ何事だ。

 ちらりと原因の方を見てみると彼の表情が若干焦っていた。


「どうしたの?」

「何かありましたか」

 タカス君は口調だけは平然という感じでそう言ってわざとらしく肩をすくめる。

 その背後で。

「わかったのだ。約束は守るのだ」

 口を開けるようになったらしいフルエさんの台詞が聞こえた。

「契約成立だな」

 タカス君は小さくつぶやく。

 何か契約が成立したようだ。


 恐らく今のはタカス君の魔法。

 口を開けないようにするとか何とか記述して発動させたのだろう。

 何かまずい趣味の本でも愛好しているのだろうか。

 でも俺は深くはつつかないことにした。

 誰だって言いたくない事くらいあるだろう。

 違うかな。

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