第149話 トイレの魔法脱臭剤

 ユキ先輩を廊下まで見送った後、アキナ先輩はふうっと大きなため息をついた。

「アキナ先輩にも苦手な人がいるんだな」

 ヨーコ先輩が茶化すように言う。

「苦手ではなく微妙な関係なのです、昔から」

「従姉妹にあたるんだっけ」

「ええ、それだけでは無いですけれどね」

 アキナ先輩は更にため息をつく。

 どうもヨーコ先輩もユキ先輩の事を知っているようだ。

 しかもアキナ先輩の従姉妹だって。

 どういう事なんだろう。


「ユキ先輩はサーエキ辺境伯家の長女で母はアキナ先輩の父の妹。だからアキナ先輩の従姉妹だ」

 シンハ君が説明してくれた。

 なるほどそういう訳か。

 そしてユキ先輩はサーエキ辺境伯家そのものの出身だったか。

「まあその辺は別として、ユキさんなら調査で問題になる事も無いでしょう。それにあの人は料理も出来るし器用ですし頭もいいです。ですからここでも色々役に立つと思いますわ」

「どんな魔法を使うの?」

「基本的には生物系の魔法で中でも心理操作系統と身体強化が得意ですね。ユキ自身は普通の身体なので滅多に無茶はしないですけれども。他に描画魔法という魔法で絵を描く魔法を持っています」

 絵画魔法か。

 なかなか面白い魔法だな。

 写真のように写実的な絵を描くのだろうか。


「取りあえず自動車は改良したよ。だから乗車人数的には大丈夫」

 そうか、予定通りに調査結果が出れば合宿に間に合うんだよな。

「合宿の件は私が伝えておきますわ。同じクラスですから」

「仲が悪いのなら別に次に来た時でもいいんじゃないか」

「いえ、仲が悪いわけでも苦手な訳でもないのですわ。問題はありません」

 さっきの様子を見るとどうも問題ないという関係ではないような気もするけれど。

 でも本人がそう言うならとりあえずそのままで。

 そうなるとユキ先輩関係で俺が出来る事はない訳か。

 なら元々の作業に戻るとしようか。

 アキナ先輩言うところの微妙な関係というのが気にはなるけれど。


「あとこちらからお客様が来ても車や蒸気ボートが見えないよう、カーテンか何かを作って頂けますか。もう他にいらっしゃる事は無いとは思いますけれど」

「そうだね。今作るよ」

 シモンさんと巨大工作系用魔法アンテナがあればそんな事は簡単だ。

 材木を材料にあっという間に布製のパーティションとカーテンが出来上がる。


 さて、元の作業に戻るとするか。

 タカス君の使えそうな知識確認作業である。

 本当は彼1人で考えてもいい。

 でも参考意見が欲しいというので付き合っているのだ。

 ただ俺自身はこの世界の色々にそこまで詳しくない。

 そこでこの中では常識人で知識が偏っていないナカさんも参加してくれている。


 なお万能魔法杖作成は一時休止。

 理由は今のままでは上手くいかない事が判明したからだ。

 実際に記述魔法を媒介にする万能魔法杖を実際に試作したのだが威力が弱すぎた。

 どうやら

  ① 本来の持ち魔法では無い記述魔法の魔力成分を取り出す

  ② 記述魔法を使って①の魔力成分を目的の効果に変換する

の2段階あるせいで魔力が大幅に減ってしまうらしい。

 タカス君専用の魔法アンテナを試用した時には気にならなかったのだけれども。

 魔法銅オリハルコンを使っても威力は日常魔法程度より少しだけ強め程度。

 もっと魔力と親和性が高そうな魔法銀ミスリルなら何とかなるかもしれない。

 でもそんな貴重品はこの辺の店でも扱っていない。

 そんな訳で俺も今はタカス君の作業を手伝っている。

 なおフルエさん専用魔法アンテナも作成済みだ、念の為。


 いろいろ書いた案からナカさんが1つの案を選ぶ。

「まずはこれが採用です。今すぐにでも全員参加で量産して販売したい位です」

 真っ先に採用になったのはトイレ等のにおい消し御札作成案だ。

 これは色々な呪文を複合的に組み合わせて記載したもので、彼が元いた世界では厚めの布に刺繍の形で作成され、トイレの壁に貼ってあったそうだ。

 近くにいる人から漏れた魔力を使ってトイレ等の匂いを分解するらしい。


 この世界のトイレは高性能水洗コンポスト併用式。

 トイレを使用したら日常魔法で前にある水タンクに水を発生させる。

 一定量の水を発生させるとその勢いで汚物は流れていく。

 日常魔法が使えない子供はバケツに水を汲んでいき、その水を水タンクへ入れることで流す事が可能だ。

 流れた先はかなり大きい空間になっていて、通常は下に砂が敷いてある。

 更に中には生物魔法で改良強化した微生物が生息している。

 無酸素環境で汚物を分解する事に強力に特化した優れものだ。

 そこに流れた汚物は内部で微生物により分解され、最終的にはガス化。

 そのガスを1月に1度くらい弁を開いて出し、出てきたガスは火をつけて焼却。

 微生物については1月に一度、トイレ用の微生物入りおがくず塊を投入する。

 そんな感じの下水道いらずで簡便かつ衛生的なシステムだ。

 下水道もあるがこれは生活排水等専用でし尿等は流さない。

 このシステムは衛生的だがガスの臭いがどうしてもある程度発生する。

 トイレ内以外だとさほど臭わないので俺としてはあまり気にならない。

 でも気になる人には気になるものらしい。


「これはどんな魔法なんだ」

「基本的には記述魔法だ。書いてある事は

  ① 同一室内にいる人から漏れた魔力を集める

  ② 集めた魔力の一割で近くの空気を吸い込む

  ③ 吸い込んだ空気のうち、燃え残り空気二酸化炭素より構造が大きいものを魔力を使って分解する

  ④ 分解を進め、役立たず空気チッソ呼吸空気酸素、水蒸気、燃え残り空気二酸化炭素のどれかにする

という仕組み。実際にはもう少し複雑な概念を含んでいるが。

 空気を吸い込むので、記述する媒体は厚みがあって空気を通すものが適している」

 なるほど。

 魔法を使った全自動脱臭機だな。


「まず人数分とここのトイレ分を作って実際に試してみましょう」

 ナカさんがそう決定。

 製作段階になったので物作りのプロを召喚だ。

「シモンさん、お願いがあるんだけれど大丈夫かな」

「今は暇つぶしに蒸気自動車を色々改良しているだけ。だから問題無いよ」

 なら頼もう。

「まず木の繊維の糸を使ってこんな構造物を作ってくれないかな。糸1本1本の繊維がそれぞれこんな感じでくっついていく感じで、隙間は一般的な布の糸と糸との間と同じくらいで」

 正四面体2個と正八面体1個で延々と空間を埋めていく図形を描いて説明する。


 シモンさんは自分でもペンで図形を描き、そして頷いた。

「わかった。要は基本構造がこんな形の立体的な布だね。大きさはどれくらい?」

「タカス君、一般的なこの御札の大きさは?」

「30cm四方くらいだ」

「じゃあ縦横30cmで、厚さは1cm位で、表面だけは滑らかになるよう平面で上手く糸を繋げた感じで」

「じゃちょっと作ってくるよ」

 シモンさんが魔法杖のある方へと歩いて行く。

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