第117話 今日はのんびりの筈だけれど

 この世には待つ事が出来ない人が存在する。

 そういう人のおかげで、本日2回目の材料買い出しが決行されてしまった。

 勿論今度はシンハ君とヨーコ先輩も一緒だ。

 というか結局全員で行ってしまったのだけれども。


 購入したのはガラス玉大量、耐熱レンガそこそこ、銀インゴット、銅インゴット、石灰石、重曹。

 そう、お嬢様方の目的は窓ガラスでは無く鏡だ。

 平たいガラス板を錫で無く銀を使って作る。

 錫の時よりだいぶ加熱が必要だけれどアキナ先輩の熱魔法なら問題ない。

 

 全部固まったらシモンさんの魔法で裏面の銀を出来るだけ薄くなるように、余分な部分を剥がす。

 最後に銀の面と横部分を銅でしっかり固める。

 これで現代日本と同じ水準で映る鏡の完成だ。

 製法は大分違うけれど。


 銀を大量に使うのでかなり高価な代物になった。

 何せ銀のインゴット20重120kgで約正金貨3枚150万円かかっている。

 よくこんなお金をナカさん手持ちで持っていたよな。

 流石にあの後銀行で預金を下ろしていたようだけれど。

 銀を大量に使うのは仕方ない。

 錫の上に薄い銀を張る方法が上手くいかなかったのだ。

 工作系魔法のおかげで銀の層も薄くはなっているが日本の市販品程では無い。

 薄くするには硝酸銀を作って銀鏡反応で密着させるんだっけか。

 残念ながら手元に硝酸もアンモニア水も無いので無理だけれども。

 でもあれは確か下手すると爆発する反応なんだよな。

 実験室には一応あるはずなのだけれど、やらなくてよかったかも。

 溶かして固めてを繰り返して人数分の鏡とその他を作成。

 すでに太陽がややオレンジ色になりつつあった。


「いい物が出来たな」

「本当ですわ」

 女性陣は新しい玩具を扱うように鏡であちこち自分の姿を確認している。

 鏡は縦60cm横30cmと、全身は入らないけれどそこそこ大きめ。

 かつ銀と銅、ガラス製なのでかなり重い。

 それでも床に置いたりテーブルに置いたり、色々と弄んでいる。


 ただ俺は皆に言いたい。

 ガラス製品のような重くて壊れる物を旅先で作るなんて愚の骨頂だろ。

 そんなの帰って落ち着いてからで充分だ。

 その方が資材を注文するのも安く済むぞ。

 それに帰りに割らないように色々工夫する必要があるぞ。


 なお車の風防ガラスも一応は完成した。

 窓ガラスの大きさがあまりとれなかったので、運転席と助手席それぞれ個別になってしまったけれど。


 今は取りあえず女子の皆さんは使い物にならない。

 シンハ君は力仕事なら別だけれど料理の手伝いには向かない。

 だから俺1人で黙々と夕食の準備を開始する。

 幸い今日は焼肉の予定なので準備は比較的楽だ。

 肉を切ってご飯炊いてタレを作ってサラダも用意してスープも一応作ってと。

 焼肉を焼くグリルはシモンさんが正気に戻ったらすぐに作って貰おう。

 今はまだ女子全員駄目駄目だから。

 

 ◇◇◇


 翌日。

 夕食が焼肉だった日の朝は大体において遅い。

 朝食終了までいつもより1時間遅れ位で進行する。

 デザートの名称不明な南国フルーツを食べながらアキナ先輩が提案する。

「今日は海でのんびりしましょうか」

「そうですね」

 幸い野菜も肉もフルーツも昨日大量に買い込んである。

 そんな訳で今日は海浜リゾートの日。

 その筈だったのだが。


 道路の方で馬のひづめが立てる音と鉄の車輪が石に当たる音が聞こえた。

 これは馬車だよな。

 そして明らかに音が近づいてくる。

 この辺はこの建物以外何もない。

 道路も規格に準じてはいるが私道だ。

 嫌な予感がする。

 とても嫌な予感がする。

 こんなところまで来るのは郵便配達か、それとも……

「シンハさんとヨーコさん、念のため付き合って頂けますか」

 そうアキナ先輩が言った直後だった。


『やあ、すまないね。仕事も一段落したから馬無し馬車の構造を見に来たよ』

 全員に伝達魔法の声が響く。

 伝達魔法と肉声では声の質は全然違う。

 でもこんな処までやってくる行動力があって、こんな事を言ってくるのは1人しかいない。

『申し訳ありません。今門を開けますので、そのまま中へお入りください』

 そんな伝達魔法の直後。

「皆さん準備お願いします」

「了解」


 幸い菓子は無いがフルーツは大量に購入してある。

 そんな訳でリビングはフールイ先輩、ナカさん、ミド・リーの3人で急遽戦闘態勢に入った。

 具体的な任務は片づけとお茶の準備だ。

 一方でアキナ先輩、ヨーコ先輩、俺、シモンさん、シンハ君。

 その辺は殿下を直接迎えに行く。

 ヨーコ先輩とシンハ君は万が一殿下でなかった場合の用心棒兼任。

 俺とシモンさんは説明要員だ。

 玄関を開けてしまったと思った。

 昨日ガラスや鏡を作ったセットが出しっぱなし。

 でももう片付ける時間は無い。

 何せ馬車がもうそこまで来ている。


 国王庁の紋章を付けた黒い馬車は蒸気自動車の横にぴたりと付けた。

 この前と同じ2人が降りてくる。

 

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