第8章 食欲と挑戦の秋(2)

第59話 試験飛行

 学園祭の2週前、ようやく晴れた天気のいい安息日に恵まれた。

 荷車に熱気球セットを積み込み、学内で一番広い第3グラウンドまで運んでいく。

 まあ主に運んでいるのはシンハ君だったりするけれど。

 なおこの荷車、新開発の空気入りタイヤを使用している。

 プラムの樹脂と木で作った強靱な布、更に極細の鉄線で編んだ布でタイヤ状にしたものだ。

 これももう少し改良したら蒸気自動車等へ応用する予定。

 今はまだ負荷が大きいとパンクしてしまう状態だから。

 プラムの樹脂はゴムより弾性限界が低いのだ。

 しかも大量に入手するのが難しい。

 結果としてゴムの代用としては今ひとつだ。


 まずは身長くらい巨大なアンカーを6本、グラウンドに力任せに打ち込む。

 勿論こういう仕事はシンハ君の役目だ。

 実際身体強化魔法を使ったシンハ君の力は重機並み。

 特製鉄製重量級大槌つうしょうひゃくトンなんてのも操ってガシガシとアンカーを打ち込む。

 そのアンカーを気球セットに結びつけたら、いよいよ空気注入だ。


「これで空を飛べるのか。大きいけれど仕組みは単純だし信じられないよな」

 そう言いながらもヨーコ先輩は魔法で風を気球に吹き込む。

「そろそろ乗った方がいいかな」

「そうだね、楽しみ」


 籠の底にさっきの杭と結ばれている綱が通っている事を確認して全員乗り込む。

 籠の中は結構狭い。

 できるだけ軽く作りたかったから仕方ない。

 結果として俺はミド・リーとアキナ先輩に思い切り挟まれてしまった。

 まあシンハ君と俺しか男子はいないし、シンハ君は縄を引くのにちょうどいい場所に陣取っているので仕方ない事ではある。

 でも何か甘い香りがするような気がして落ち着かない。

 気にしているのは俺だけのようだけれど。


「それじゃアキナ先輩、よろしくお願いします」

「水が沸騰する温度より少し高め位でいいのですね」

「ええ」

 気球に使っている素材の発火点は鑑定魔法によれば約400℃。

 この世界には温度計がないので温度で伝えられないのがもどかしい。

 その辺は仕方ないから俺が指示するしかないな。


 横に寝ていた気球の袋部分が起き上がった。

 そのままゆっくりと上へと持ち上がっていく。

「ヨーコ先輩、風を少し弱めにして下さい。アキナ先輩はそのままで」

「わかった」

「わかりましたわ」

 そして気球がほぼ全部膨らんだ。

「ヨーコ先輩ありがとうございました。アキナ先輩、もう少しだけ温度をあげて下さい。あとそろそろ浮くのでみんな注意して」

「わかったわ」

「わかりましたわ」

「了解、あっ!」

 浮かんだ。


 強度は大丈夫だろうか。

 審査魔法で見た限り問題は無かったけれど。

 俺の心配をよそに順調に気球は上昇していく。

「思ったよりしっかり上っていく感じだね」

 シモンさんの言うとおり、ふわっとというより上から腕力で引っ張り上げられている感じだ。

「アキナ先輩ありがとうございました。もう大丈夫です」

 審査魔法で見た気球内の温度はだいたい110℃ちょっと。

 もっと高温が必要かと思ったが、この程度でしっかり浮くようだ。

「もう校舎の屋根を越えたよ。まだまだ上っていく」

 ここの校舎は2階建てだからそんなに高くない。


「下に何も無いと知っていると少し怖くも感じますわ」

 アキナ先輩が小声で弱音を吐く。

 珍しいし何か可愛い。

「下ろしますか」

「折角ですから予定通り、ロープの長さまで行きましょう」

 そこはきっぱり、流石先輩だ。

 ちなみにロープの長さは50腕100m

 学校の背後の丘が標高30腕60mなのでそれより上。


「街が海まで見える」

 フールイ先輩の言うとおり、街が眼下にいい感じで見渡せる。

「丘より上になったぞ。色々おもちゃみたいだ」

 確かに色々小さく模型みたいに見える。

「見物人が校庭に来ているのかな。何人か見えるよ」

 確かに赤と黄色の巨大な熱気球は目立つだろう。

 空を飛ぶ物が鳥くらいしかない世界だしな。

 はっと気がついて俺はロープの残量を見る。

 大分残りが少なくなってきた。


「アキナ先輩。ほんの少し気球内の温度を下げて下さい。ほんの少しでいいです」

「わかったわ」

 声が小さい。

 手がしっかり籠の端を握りしめている。

 どうもアキナ先輩は高所恐怖症だったようだ。

 ちょっと悪いことをしたかな。

 でもアキナ先輩がいないと熱気球が浮かないんだよな。


 気球の上昇速度がやや鈍ったかなというところで。

「ロープいっぱいだ」

 シンハ君の声がした。

「つまりここが上空50腕100mか。まだまだ行けそうだな」

「風が吹くと危険ですからここまでにしましょう」

「どうする。力尽くでロープを引くか」

「このまましばらくしたら温度が下がって下降を始めると思う。そうしたら頼む」

「わかった」


「この高さで落ちたら間違いなく死ぬよね」

「ミド・リー怖いこと言うなよ」

「例えば弓矢で上の気球を射貫くとか、鳥がくちばし先頭で高速でぶつかるとか」

「僕がいるから瞬時に直すよ」

 アキナ先輩は会話に加わらず斜め上方向だけを見ている。

 完全に怖がっているなこれは。


 やがて気球は下降をはじめた。

「アキナ先輩、ほんの少しだけ気球内を温めて下さい」

 返事は無いが了解のようだ。

 少しして下降速度が緩む。

「もう終わりだと思うと残念だな」

 ヨーコ先輩は高いところも平気な模様だ。

「学園祭でまたやればいいじゃない」

「学園祭の時は効率を考えてもっと低めに飛ばそう」

 厳密には効率ではなくアキナ先輩の高所恐怖症を考えてだけれど。

 そして学校の屋根がすぐ下に見えてきた。

「最初の場所より6腕12mくらいずれるがいいか」

「そのくらいなら上出来だ。そろそろ到着か」

 最初の試験飛行は無事終わりそうだ。

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