第60話 謎の若い男
やはり熱気球の飛行は目立ったらしい。
降りたところで思い切り色々な人に囲まれてしまった。
場所柄中等部学生等ではなく研究院の若手研究者が多いようだ。
そんな訳で早速質問攻めにあう。
「これは飛行魔法の装置ですか」
「熱魔法と風魔法で動いています」
「風魔法で上へ押しているようには見えないけれど」
「空気が熱で膨張する性質を使っています」
「空気が熱で膨張するとはどういう事かな」
「紙か何かで袋状にして空気を密閉するとわかります。中の空気を熱してやると体積が増してふくらみますから」
こんな感じで原理関係の説明が多い。
流石研究院のグラウンドだ。
「これって同じようにすればまた飛べるんですか」
「そうですけれど空気の温度を調整するのに微妙な魔力調整が必要なので、魔法使いの魔力を考えると今日はここまでです」
「逆に熱調整が出来る魔法使いがいればまた飛べるのですね」
「あとは風が無い事が条件でしょうか。構造上風に流されてしまいますから」
誰も質問に答えてくれないので俺が全部回答する羽目になってしまう。
まあ原理を知っているのが俺だけだから仕方ないのだけれど。
「つまり熱魔法と風魔法が使える魔法使いがいれば、もう一度飛ばせるんだね。風もまだ無風状態だし」
若い男のよく通る声がした。
見ると20歳位、金髪中背のイケメンだ。
若い男を見てアキナ先輩、ヨーコ先輩、シンハ君の動きが止まった。
何だ何だ何事だ。
ヨーコ先輩が何か言おうとしているが言えない模様。
「実は僕も風魔法と熱魔法には自信があるんだ。それで出来れば申し訳ないけれどもう一度飛んでみてくれないか。魔法は僕が担当するから」
「ど、どうぞお乗り下さい」
おいシンハ君、その台詞お前らしくないぞ。
勝手に乗っていいと決めるのも微妙な敬語を使うのも。
「なら私が同行致しましょう。ミタキ君、シンハ君、シモンさん、一緒に乗っていただけますか。あと3人程度なら乗れると思います」
アキナ先輩、あんなに怖がっていたのに何故?
「久しぶりだねアキナさん。それじゃシャクとターカノ、一緒に行こうか」
この若い男はアキナ先輩の知り合いという訳か。
あと同行する2人はこの若い男と同じくらいの年齢。
シャクというのは細身だが鋭い感じの男性。
ターカノさんは小柄な女性だ。
「いいのですか」
「面白そうじゃないか。空を飛ぶなんて事、今回を逃したら二度と出来ないだろ」
謎の若い男はそう言ってにやりと笑う。
「それではお供します」
「では私も」
そんな訳でとりあえず今回乗員の全員が籠に乗った。
「それじゃ、まずはあの風船を膨らませればいいんだね」
「ええ。ある程度膨れたら、中の温度を水が沸騰するより少しだけ高い温度にして下さい」
「わかった」
この人の魔法の腕は大丈夫だろうか。
まあアキナ先輩がいるので何とかなるだろうけれど。
ただ少なくとも風魔法の腕は確かなようだ。
一度畳みかけた気球をあっさり膨らませる。
そして気球部分が上へと動き出した。
「これでもう少し中を熱くすればいいのかな」
「少しだけで大丈夫です」
「どれ」
そのままあっさりと離陸した。
言うだけのことあって、熱魔法の腕も確からしい。
「あとは今の温度を保てばいいんだね」
「ロープが半分以下になったら魔法を止めて下さい。自然にゆっくりになって、そのうち下降が始まります。下降が始まったらほんの少しだけ中を暖めて降りる速度を緩めて下さい」
「なるほど、微妙な調節が必要という訳か」
魔法も確かだし理解も早いようだ。
なのでコントロールはそのまま彼に任せる。
ちょうどロープが伸びきったところで上昇も止まった。
「これで最高地点かな」
「ええ。ロープ無しですと微風にも流されてしまいますから。風を読める魔法使いなら上下移動だけである程度移動させることも出来るのでしょうけれど、危険も多いと思いますので今回はここまでです」
「なるほど。でもこれはいい眺めだね。地図なんかを作るにも良さそうだ。これで旅行でも出来たらさぞ楽しいだろうな。
ところで研究院の第3研究棟を使っている中等部学生というのは君達かい?」
その件は研究院では結構有名なのだろうか?
「もうお耳に入りましたのでしょうか」
アキナ先輩の返答に彼は頷く。
「色々聞いているよ。出来ればお邪魔して話を聞こうと思っていたからちょうど良かったな。軍のとんでもない新兵器も元はそっちで開発したと聞いているしね。他にも色々面白いものを作っているそうだし」
おいちょっと待った、こいつ何者だ!
軍の新兵器というのは例のアンテナのことだろう。
ただあれは極秘だった筈だぞ。
「それでしたらこの後ご案内致します。ちょうどお茶の準備もありますので」
おいアキナ先輩あそこは何気に秘密の塊だぞいいのか!
いやな予感がする。
この人、ひょっとしてとんでもない人物なのだろうか。
気球はゆっくりと下降をはじめる。
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