第7章 食欲と挑戦の秋(1)

第53話 大物作成計画

 販売用スキンケア製品はあと1ヶ月分在庫がある。

 更に昨日から石鹸工場に新たに雇った人々が働き始めている。

 そして俺達はスキンケア関係以外のものを新たな拠点へ移動した。

 勿論蒸気ボートも移動済み。


 そんな感じで約2週間後、完全に引き継ぎと移動作業が終わった。

 まず研究室内のドックには蒸気ボートが浮かんでいる。

 その手前、窓際の風通しのいい場所の一角はシモンさんを除く女性陣とシンハ君の作業場所だ。

 蒸留器やアルコール等を使って精油や香料を作っている。

 製品の配布対象は貴族のお嬢様やご婦人方で、基本的に非売品。

 貴族同士の付き合い、例えばサロンで配布したりするとのこと。


 現在、その辺の方々の間ではオリジナルの香りを身にまとうのが流行りだそうだ。

 元々は石鹸の香料から始まったらしい。

 それが次第に他人との違いを見せる方向へと進化した結果だそうだ。

 今の製品は精油、香水、お香、そのほかアロマテラピーグッズ等。

 なおシンハ君は石鹸工場の貴族配布用特別セットに使う香料を仕入れる為、その辺の作業を手伝っている。


 俺とシモンさんは今日までここで色々作れるように設備を色々作っていた。

 例えば動力源になる汎用型のボイラーとか。

 そのボイラーからの蒸気で動く発電機とか。

 同じく蒸気で動く汎用のタービン装置とかだ。

 なおシモンさんの魔法杖というかアンテナは更に強化済だ。

 全長を更に長くして導波器を増やして精度と出力を高めてある。


 さてここまで環境が整うと、今まで出来なかった大物も作れるようになる。

 そして俺は原理としては簡単だが、今まで巨大すぎて出来なかったある物を作る事を思いついた。

 まずはその“ある物”の試作品を作ってみよう。


 俺はちょっと計算しながら円筒形の物体を描く。

 下にはひもを吊り下げ、更にその下には大きめの重りを置く。

 その重りの下には秤をおいてある状態だ。

「シモンさん頼みがある。これをできるだけ軽い材料で作ってくれないか。あとそこそこの高温に耐えられるような材質で」

「高温って、鉄が溶けるような温度かい」

「そこまでじゃない。そうだな、紙が自然発火しない程度の温度」

「わかった。それじゃ無難に木の繊維を薄くして、所々に竹の繊維を構造材で入れようかな」


 強化型アンテナを使うようになったシモンさんの魔法は更にチートになっている。

 木材を瞬時に繊維化して紙にしたりなんて事さえ余裕だ。

 出来たのは直径1腕2m弱、高さ1腕半3mの円筒だ。

 俺は鑑定魔法で重さと内側の体積を確認。

 重さ30軽1800gちょい、体積は計算通り約1立方腕8m3だ。


「今度は何を作っているのかしら?」

 小部屋側でエッセンシャルオイルを蒸留していたアキナ先輩以下がやってくる。

 よしよし、これはアキナ先輩の協力が必要なのだ。

「アキナ先輩すみません。この筒の中の空気を水が蒸発するよりちょっと高い温度に暖めてくれますか」

「そんなの簡単ですわ。でもそれがどうか……えっ」

 予想通り紙の円筒が浮き上がった。

 ゆっくりとだが上昇し始める。


「これはどういう仕組みなのかしら。どう見ても単なる円筒に紙を貼ったものにしか見えないのですけれど」

「僕も知りたいな」

 作った本人であるシモンさんもそんな事を言う。

「先輩の言う通り、これは木と竹の繊維を円筒形にしただけのものだ。作りも底面以外は同じで極薄の紙を張ってあるだけ。底面は枠だけで空いている状態。下の紐と錘にも余分な仕掛けは一切入ってない」

 回りを見てみる。

 全員が俺の説明を聞いているようだ。

 よしよし。


「仕組みは説明すれば簡単なんだ」

 この程度なら俺でも原理を説明出来る。

「空気は暖めると膨張する。逆に言えば暖かい空気というのは膨張した状態なので冷たい空気よりもスカスカな状態だ。つまり暖かい空気はスカスカだから冷たい空気より軽い。

 だから暖かい空気を集めたら回りの空気より軽くなる。それを使えばこんな風に物を浮かすことも出来る訳だ」


「つまりこれを大きくすれば空に浮かぶ乗り物が作れる訳?」

 ミド・リー、察しがいいな。

「その通り。さしあたってどれ位大きい物を作れば人が乗れるか計算するため、この模型を作ってみた訳だ」

 秤を見ると5.3軽318g程軽くなっている。

 つまり1立方腕8m3での熱気球の浮力は模型の自重と足して35軽2100g程度という訳か。

 気球の重さに全員が乗った重さと余裕分を加えると110重680kgくらいを見込めばいいかな。

 とすると……


「シモンさん相談だけれどさ。この模型の各部分の長さをそれぞれ7倍にしたものを作るとして、できるだけ軽く頑丈に作るとしたらどんな素材がいい?」

「下に重りの代わりに人を乗せると考えていいかな」

「そう、まさにそんな乗り物だ。あと堅いフレームはいらない。中に魔法で空気を吹き込んで貰うから」

「ならやっぱりこの模型と同じように木材を加工する感じかな。あと袋部分にはスモモ系統の木の樹液を薄く塗れば、柔らかいけれど頑丈で水にも強くなると思うよ」

 なるほど流石実践的な工作系魔法の持ち主だ。

 俺が知らない素材を知っている。


「ならどんな素材を用意して貰えばいい」

「ちょっと計算してみるよ。どうせならできるだけ軽くて丈夫な素材を探したいから。あと形は円筒形でいいの?」

「本当は球の下半分に円錐を反対にしたようなものを付けた感じの形がいいかな。でもその辺は任せるよ。ただ横型より縦があった方がいい」

「わかった。ならここから先は僕の作業だね」

 シモンさんは紙に何か書き始めた。

 きっと必要な素材の量等を計算しているのだろう。


「空を飛べる道具を作るのですか?」

「飛ぶというより浮くという感じかな。上下には動けるけれどあとは風次第。だから最初は同じ場所で空中へ浮いて戻ってくる感じだ。風魔法と熱魔法を使う事前提だから、アキナ先輩とヨーコ先輩、それにシンハ君は固定乗員だ」

「俺は何で固定乗員なんだ」

「降りるときに地上に固定したロープを引っ張って、元のところへ力尽くでこの乗り物を戻す係」

「腕力要員って訳か」

「そういう事」

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