第39話 アキナ先輩の追及

 振り向いてみるとやっぱりアキナ先輩だった。

 1人だ。

「どうしたんですか、ほかの皆さんは」

「皆さんは洋服がまもなく仕上がるので店に行っています。私は気に入ったものが無かったので皆さんと別れて、少し個人的なお買い物をしてきた処ですわ」

 そう言って先輩は紙袋を見せる。

 俺にはわからないが高級な店っぽい感じの紙袋だ。


「それでミタキ君はどちらへ?」

「博物館を見終わったから軽くお昼を食べようかと思って」

 俺は基本的に小食だ。

 しかも後でまた蒸気ボートに乗る予定。

 ならば体調のためにも食事は軽めの方がいい。


「ならこちらの方にいいお店がありますわ。サンドイッチと甘いもののお店ですけれどいかがかしら」

 確かにそれくらいの店がちょうどいいかな。

 アキナ先輩と一緒というのがひっかかるけれど。

 でもここはウージナではないから2人で歩いても問題はない。

 しかも俺はこの街に不案内だ。

「どの辺りですか」

「ここからですと歩いてすぐですわ」

 先輩はそう言って歩き始める。


 案内された店は割とカジュアルな感じの店だった。

 サンドイッチ等の値段も高くは無い。

 アキナ先輩の案内だからもっとお高い感じかなと警戒していたのだけれども。

 席について俺はミックスサンド、先輩はオレンジジュースを頼む。

 店員さんが離れていったところで先輩が口を開いた。


「そういえばミタキ君にお伺いしたい事があるのですけれど、宜しいでしょうか」

 何だろう?

「どんな事ですか?」

 先輩はあくまでいつもと変わらない口調で俺に尋ねる。

「ミタキ君はどんな世界から来たのでしょうか。その世界は何処にあってどうやって来たのでしょうか。それを教えていただきたいなと思いまして」


 えっ! どういう事だ!

 聞き間違いではないよな。

 アキナ先輩は口調も表情もいつもと変わらないように見える。

 だからこそ今聞いた台詞が信じられない。

「どういう意味でしょうか」

 できるだけ自然にそう聞き返すのがやっとな状態だ。


「前から気になっていたのです。ミタキ君が作り出したものの発想はどこから来たのかなという事に。

 例えば石鹸、ミタキ君の製法は私が知っている限りこの国にも周辺にもありません。確かに品質が良いものを作れますが、製法として自然な方法では無いと感じます。ここにあるものをそのまま使うのでは無く、知っている材料を手に入る物で何とか作り出して、それからやっているかのようです。まるでこの国よりも色々技術が進んでいて、いろいろな材料がある国で作る場合の作り方。そう考えると色々と納得できるのですわ」


 まさかそんな考え方をするとは思わなかった。

 でも確かに俺がやった石鹸の作り方は先輩の言うとおりだ。

 過去の世界の知識にあった材料を作り出すところから始めている。

 だから灰で石鹸を作る方法を使わなかった訳だ。

 この世界ではその方がむしろ自然だっただろうに。


「機械類もそうです。特にあの蒸気を使って動かす方法。単に蒸気を使ってその反動で動かすだけなら思いつくかもしれません。でも蒸気の圧力を受ける羽根車の構造や、その軸を支える軸受けの構造。そのあたりまで一括していきなり考えつくとは思えません。つまりそんな機械を全体像として知っていた、そう考えた方が自然な気がします」


 あの蒸気機関については考えなしに作ってしまったなと反省している。

 蒸気圧力で動くという発想だけで無く、タービンの羽根車の構造や軸受けを冷却する必要性とか、一度で思いつくには多すぎる工夫があちこちに入っているのだ。


「そしてあの船の事を『この世界の魔法と技術で製造可能』と言っていましたね。普通は『この世界』なんて単語は使いませんわ。この世界に生きていてこの世界しか知らない人にとっては当たり前の前提ですから。別の世界の魔法や技術を知っている場合にしか必要ない単語です。

 さらに言うと『スイッチを自分の手で押す事になるのが怖い』。あの言葉で私は確信したのですわ。ミタキ君はきっと、この技術が広まった結果どうなったかという事を仮定では無く事実として知っている。だから怖さを感じるのでしょう。

 さて、私の考えにどこか間違いがありますでしょうか?」


 アキナ先輩の考えは正しい。

 俺の負けは見えている。

 将棋で言えばもうあと何手で詰むか確定している段階だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る