第2章 甘味は何処だ ~夏休み合宿編・上~
第15話 夏休みを控えて
「次の香りはゼラニウムはどうでしょうか。いい香りの石鹸や化粧水になると思いますわ」
「現物が手に入れば簡単ですよ。蒸留して精油を取り出して、現物と一緒にアルコールに溶かして入れてやればいい」
「ならうちの領地にあるから来週までに取り寄せよう」
「助かります。そんなに高価って事は無いですよね」
「現物なら安いものだ。領地との定期便の馬車に積んで貰えば運搬料もただだしな」
「ただ成分によっては毒性が出るかもしれないから注意してね」
「ミド・リーに確認して貰えば大丈夫だろ、基本的に」
安息日の石鹸作りは完全に定着した。
今は塩析で石鹸分を抽出する間、雑談がてら新商品の開発会議ってところだ。
別に新商品を開発しなくても売れているのだけれど。
要は自分がこんなの欲しいという意見も入っている模様。
量産開始から1ヶ月、色々あって現在のラインナップはこんな感じだ。
○ さっぱり石鹸 無添加、塩析したもの 売価は小銀貨1枚
○ しっとり石鹸 塩析なし、季節の香り入り(今は柑橘)売価は小銀貨1枚
○ ヘアコンディショナー レモンの香り 売価は小銀貨1枚
○ 化粧水 季節の香り入り 売価は小銀貨1枚
○ 化粧水 季節の香り+尿素入り 売価は小銀貨2枚
○ クリーム 尿素入り 売価は小銀貨1枚
○ クリーム 季節の香り+尿素入り 売価は小銀貨2枚
なおクリームとは蝋燭用の蜜蝋を乳化剤にして尿素やグリセリン、水や香料等を混ぜ込んだ物だ。
これもなかなか評判がいい模様。
よくこんなものに
でも『倍でもきっと買うと思いますわ』という値段らしい。
「そう言えばミタキ、算術の先生に喚び出し受けていたよね。あれは大丈夫だった?」
「大丈夫大丈夫、問題無し」
これは大した問題では無い。
期末テストの算術で二次方程式の極値を求める問題が出た際、つい前世での知識を使い、微分を使用して問題を解いてしまったのだ。
この件について先生に説明を求められたのである。
先生の目前でhを使ってきっちり微分の原理を説明してきたのでもう問題は無い。
あとは先生が悩めばいいだけだ。
よく考えるとこの世界にまだ微分積分なんて概念はないような気もする。
でも先生が頑張ればきっと新たな理論がこの世界でも打ち立てられるだろう。
頑張れ算術担当のバイ・リーン先生!
俺は面倒だから手伝わないし責任もとらないけれどな!
「石鹸はともかく、そろそろ他に何か作れるものは無いか?」
シンハ君がそんな事を言う。
「石鹸とヘアケア・スキンケア商品だけで充分だと思うな。特に化粧水やクリームの新成分配合のもの、かなり使い心地がいいしさ」
こっちはヨーコ先輩の意見。
新成分とは尿素の事だ。
色々試した結果かなり力任せな製造法になった。
① 魔法で空気をひたすら冷却して液体窒素を取りだす
② 電気分解で得た水素と混ぜ合わせる
③ シモンさんが丹精込めて作った耐超高圧力容器に触媒となる鉄とぶち込む
④ 熱魔法と風魔法で600度200気圧まで加熱・加圧してアンモニアを生成
⑤ 一度気圧を下げた後、更に炭酸ガスをぶち込む
⑥ 120度150気圧まで再び加熱・加圧して尿素を生成する
そんな感じのかなり乱暴な製法だ。
炭酸ガスも木炭を燃焼させた後の気体を冷やして取り出したドライアイスが原料。
つまりはほぼ全てアキナ先輩の熱魔法とヨーコ先輩の風魔法頼りの製造法だ。
ただ製品は肌がこれまで以上にすっきり綺麗になると本人達含め評判がいい。
「確かに今の石鹸を中心とした商品、作れば作るほど売れているけれどさ」
「それに自分用にガンガン使えるしね」
ミド・リーの意見にうんうんと女子全員が頷く。
ひょっとしたらこいつらにとってのメリットは儲け以上にそこかもしれない。
「それともシンハ君、私のホムンクルス作りに協力してくれるかしら」
おいアキナ先輩ちょっと待て。
「ホムン何とかって何だ?」
シンハ君はかつてのスマッシュ事件の事を知らない模様。
「断っておいた方がいいぞ、悪い事は言わない」
あえて説明しなかったが、取り敢えずやばい事はシンハ君に伝わった模様。
「でもうちの製品、男子的には今一つ効果の実感がわかないよな」
俺はやばい話から強引に路線を戻す。
「でもうちの学校でも大分これらの製品は浸透してきたよ。結構皆さん髪サラサラお肌つやつやになってきたしね」
これはシモンさんの意見。
そうなのか。俺は気づかなかったな。
最初のフールイ先輩の変化には驚いたけれどさ。
「シンハ、その辺はもう少し待ってくれ。何か新しい材料なり何なり見つけないと次の段階に進めない」
「なら何処か旅行でも行くか。もうすぐ休みだしさ」
そういえば半月後に夏休みが迫っている。
「そうですね。色々な材料を探したり、ヒントになるものを見つけたりも出来るかもしれませんわ」
そう言われればそんな気もする。
「ならうちの領地へ行くか? 貧乏領地だけれど近いし自然は豊富だし海もあるぞ」
おっシンハ君、楽しそうだなそれは。
「いいですわね。うちは残念ながら少し遠いので」
「うちもちょっと遠いな。あと内陸部で基本的には鉱山と畑作、酪農地帯だから」
大貴族様の領地はちょっとウージナから遠いと。
一方シンハ君の領地はウージナのすぐ南だ。
「なら夏休みの最初に商品を集中生産して、それから旅行ですね」
集中生産しなければならない理由は簡単だ。
「売れきれると暴動起きそうだよな。うちの店では毎週販売する2の曜日には朝から行列が出来ていてすぐ売り切れるというし」
「こっちの治療院も同じ状況よ。両親はいい副収入になるって喜んでいるけれど」
「それだけではないぞ。最新のセットをうちとアキナ先輩のところの家で交互に王家に献上しているからな。途切れると女王陛下から苦情がくるぞ」
おいこらちょっと待った!
「そんな事態にまでなっていたのか」
「貴族の付き合いとはそういうものです」
大貴族の御令嬢2名は頷き合うが、俺ははじめて知った。
「ところで泊まるところとかあるのか。あと場所は?」
「ここから南に馬車で1日行ったところにイーツクシマという魚村がある。そこにうちの別宅があるんだ。年に数日祭りの為にだけ使う別宅でさ、夏は空いている筈だ。管理人とか召使いとかはいないけれど、その分自由に使える」
「いいですね、それは」
全員が頷き合う。
楽しそうだなと思いつつふと俺は気付く。
つまりこの面子だけで過ごすという訳か。
いいのかお目付け役無しで。
確かに俺の体力で合意なしの間違いを起こすのは難しい。
シンハ君が身体強化を使ってもアキナ先輩、ヨーコ先輩、ミド・リーには魔法で負ける。
他の女子もそれぞれ特殊魔法は強力そうだ。
でも合意の上の間違いとか、そういう場合があるとまずいよな。
仮にも妙齢の、しかも大貴族のお嬢様も2人いるのだ。
でも俺以外誰も問題があるとは思っていない模様。
本当にそれでいいのか皆さん。
俺は不安だ。
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