第11話 狂気
黒髪の少女が自分の残像を突き抜けながら、残像の先頭でさらに剣の切っ先による円弧の残像を描く。
疾風迅雷その剣撃は赤毛の少女の身体を切り裂くかに思われたが、すんでのところで受け止められ受け流されていた。赤毛の少女、真紅の魔道着に身を包んだアサキである。
向き合う黒髪の少女は、真っ黒な魔道着を身に纏っているが、それ以外つまり色以外はアサキと瓜二つであった。体型も顔立ちも。
この人工惑星の管理AIであるナディアが作り出した、人間体だ。アサキを従属神として引き込むため、まず絶対を見せ付け心を折るべく、束縛の多い人間体に存在階層を落としているのだ。
それでもなお自分は絶対であるという、揺るがぬ自信があるのだろう。
黒髪の少女は笑っている。人工知能の思考が、どこまでこの人間体の表情として反映されているものかは分からないが。自身の感情はなくとも感情の理解はあるはずで、あえて、わざと、であろうか。その明らかな余裕の笑みは。
攻撃を受け流された瞬間、黒髪の少女はその余裕の笑みで身体を振り向かせながら、真空中であり反応素子の吹き荒ぶ嵐の中に右手の剣を走らせる。
人工知能の思考が、どこまでこの人間体の表情として反映されているのかは分からないが、次に黒髪の少女が浮かべた表情そこから読み取れるのはただ、
驚愕であった。
真紅の魔道着を着た赤毛の少女が、軽々と受け止めていたのである。黒髪の少女が振り向きざまに放った一撃の剣身を、こともなげ左手で楽々と。
表情の変化したその瞬間に光一閃、ナディアの纏う黒い魔道着が身体ごと切り裂かれていた。斜めに振り上げられたアサキの剣によって、腹から肩へと。
剣撃の威力に押し飛ばされたか、あえて自らということか、黒髪の少女は後ろへと距離を置くと、切り裂かれた魔道着へと視線を落とす。
すぐ顔を上げて、赤い髪をなびかせた真紅の魔道着の少女へと視線を向け、嬉しそうに口を開いた。
「ようやく舞台は整ったようだ。……わたしの永遠が、報われるための」
人工知能ナディアに感情の理解はあっても感情はないはずであり、つまりは、あえて笑みと同じ顔の形を黒い魔道着の少女にさせているのだろう。
理由は自身がいった通りで、永遠にも等しかった長年の思いがついに報われるからだ。
アサキを従属させ、神の属性を与えることにより、共に意思の世界を生きて宇宙を意のままにするという、その瞬間が訪れようとしているからだ。
「真っ赤な魔道着を、それ以上、真っ赤な血で染め上げてやろう」
黒髪の、アサキと同じ顔をした少女、ナディアの周囲に炎が生じていた。青い炎が、反応素子の嵐の中を揺らめくことなく包んでいた。
「翻弄されて現実を知る。痛みにもがいて泣き、喚く。力を欲し、すがり、目覚める。存在の根源までわたしに従属したならば、次はその肉体が燃えて、朽ちる。なにが起こる? 問うまでもない。完全たる存在。完成された世界だ。ならば築こう、共に。……千億年、わたしは、ずっとあなたを愛していた。グラティア……グラティア・ヴァーグナー!」
狂気が宿っていた。
黒髪の少女の、瞳に、顔に。
儀式的にあえてそう見せているのか、感情のないはずのナディアにそれが生じつつあるのかは分からない。
それよりも、今いっていたこと、グラティア・ヴァーグナーというのはこのAIを作った女性の名だ。
一体、どういうことな……
考えている余裕はアサキにはなかった。
「まず朽ちるのはどこか!」
風を蹴ってナディアが、アサキへと狂気の刃を秘めた顔で迫ってきたのである。大振りだが躊躇なく速い剣を、アサキへと打ち下ろしたのである。
一瞬、反応素子の嵐が真っ二つに割れた。
しかし、ただそれだけに過ぎなかった。
そこにアサキはいなかったからである。
黒髪の少女、その顔がAIの心理思考と一致するのであれば、つまりAIナディアは驚いていた、AIナディアは戦慄していた。
赤毛の少女が、攻撃を難なく避けたのみならず背後にぴたりと張り付いていたのである。
だが、どこまでが自然の反応であるのか、あえて作ったものであるのか、驚愕の表情はすぐに消えて嬉しそうに唇の両端を釣り上げた。そして、振り返りながら剣を横一閃。胴体が魔道着ごと両断されて不思議のない、躊躇のないひと振りであった。
ただ、またしてもその描く軌道のどこにもアサキの身体はなかったのであるが。
またしても人間体のナディアの背後、からかうかのように反応素子の嵐の中をアサキは浮かんでいた。
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