第09話 だからわたしは
怒りの風が吹き荒れて、髪の毛が、魔道着が、ばさばさと激しくなびいている。呼応するかのように周囲の反応素子が暴れ、相乗でさらに風を強めていく。
「愚かな」
そんな中でも、ナディアの思念ははっきりとアサキの脳に入り込んでくる。
嘲笑の言葉が入り込んでくる。
岩石どころか金属すらもガリガリ削られそうな荒れ狂う突風に揉まれながら、アサキは浮かんでいる。
ただ一人のように見えるが、違う。
彼女は、向き合っているのだ。
人工惑星の意思であるAI、ナディアと。
ここは密封空間ではない。だが緊張感の内圧が高まって、いまにも爆発しそうであった。
そして、本当に爆発が起きた。
かっとまばゆい光が生じたかと思うと、無数に分かれて槍となりアサキへと飛んだのである。
だが、ただそれだけだった。アサキは、いつの間にか右手に剣を構えており、飛んでくるすべての槍を一瞬の間に切っ先で受け止めて消滅させたのである。
剣を両手に握り直し、視線を素早く左右に走らせるアサキ。
と、また数条の光が走り、両手の剣を振り上げて切っ先で弾く。
剣を振ってはいるが、剣で戦っているわけではない。
思念である。
赤毛の少女と人工惑星AIは、この濃密で荒く激しく動く反応素子の雲中で思念を戦わせているのである。
とはいえ物理的にも剣を握り振っているわけで、アサキにとってはなんとも戦いにくいものであったが。
相手に実体がなく、また出会ったばかりでもあるためイメージもしにくいためだ。
だが、その思いを読み取ったのだろう……
「ならば、これで対等かな?」
少女の声。
アサキの目の前に、少女の姿が浮かんでいた。
初めて見る少女なのに、初めてではなかった。
黒い髪の毛、黒い魔道着姿の少女が、洋剣を右手に握って浮かんでいる。
初めて会うのに初めてではない。その小柄でどこか幼さの残る顔は、アサキの顔だったのだ。
黒ずくめのアサキだ。
ナディアが、意思を人間の姿へと具現化させたものであろう。
対等の条件で勝って服従させ、神とやらに引き込むつもりなのだろうか。
冗談じゃない。
正しく導くのが神だろう。
自分勝手な理屈で滅ぼしておいて、なにが神だ。
認めない。
認めて、たまるか。
え……
黒いアサキの、姿が消えていた。
いや消えたのではない。すぐ目の前にいた。
アサキは咄嗟に剣で身を守ろうとするが、その瞬間ガツンと重たい衝撃に襲われた。腕をちぎられそうなほどの、強い剣撃に。
退きながらアサキは体勢を立て直し、そして自ら再び間合いへと飛び込んだ。
反応素子の嵐が荒れ狂う中、こうしてアサキのシルエットが二つ、剣による打ち合いを始めたのである。
「なぜ背く? お前もまた神の身、その一人であるというのに」
黒いアサキの剣は速く、残像すら生じない。
速いが重く、受ける都度アサキは腕がひきちぎられそうな激痛を覚える。
剣が一瞬すっと消えるたび、赤毛の少女の顔が歪む。歪めながらも、眼光鋭く黒髪の少女を睨む。
「わたしは神じゃない。人として、あなたと戦っているんだ」
なんとか攻撃を払うアサキであるが、払った瞬間もう次の剣撃に襲われて、一歩身を引いて受け流す。
が、受け流し切れなかった。視線を落とすと、魔道着の胸が水平に切り裂かれて血が滲んでいた。
視線を上げると、そこにあるのは黒いアサキのいやらしい笑み。
「戦ってどうする? 勝てるつもり? 神の覚醒も得ることなしに」
「勝たなきゃ、これまでみんながっ、なんのために頑張ってきたんだ!」
アサキは叫ぶ。
そして強く思う。
仮想世界の中で、わたしは、ヴァイスタと戦っていた。
でも、これじゃ同じじゃないか。
さしたるわけなく人類を滅ぼして、好き勝手な宇宙を創造だなんて。
わたしたちは、ゲームの駒じゃない。
生きているんだ。
心が、あるんだ。
神なんかじゃないけど、データでもない。
だから、
「わたしは、戦うんだ!」
襲う光を、剣で払いながらアサキは飛び込んだ。
次の瞬間、その剣がくるくる回りながら飛んでいた。
気迫や頑張りが通じるとは限らないのは仮想も現実も同じ。払った瞬間を狙った次の一撃が、赤い魔道着ごとアサキの右腕をすっぱりと切り落としたのである。
「ぐ」
激痛に呻くアサキの、背後から光が迫りそして突き抜けていた。
アサキの首に、細い首輪のように一条の赤い筋。
ぐらり。
ごろん、岩が転がるようにアサキの首は胴体から離れると、切断面から激しく血が噴き出した。
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