第02話 さらに神へと近付くために
「……世界を、破壊出来る力を……得た」
世界?
それはこの現実世界のこと?
それもあるだろう。
ただし、ここまでの経緯を考えるならば、彼女のいう世界とは仮想世界に他ならない。
喋っているのが、シュヴァルツであるならば。
最終目的は、この現実世界だ。
宇宙の終焉だ。
そのためにこそ仮想世界を破壊するのだ。
宇宙延命技術が、今後永劫に生まれることがないように、超次元量子コンピュータそのものを破壊するのだ。
魔法世界に起きた奇跡によって転造された存在である至垂には、そうした行為を制限するためのリミッターがない。
だからシュヴァルツは、至垂を吸収しつつ最終的には至垂に吸収されたのである。惑星AIが用意した防衛力に対して、反乱出来る力を得たのである。
力といっても、あくまでも
と、その時である。
「礼をいおう。わたしを蘇らせてくれたことに」
どこからか声が聞こえたのは。
突然の声であるが、シュヴァルツも、そしてアインスたち三人の顔色も、変化がないどころか視線すら微動だにしていない。
この声が聞こえることを、予想していたのだろうか。
至垂徳柳の声を。
「きみたちに奪われた生命なのだから、礼というのもおかしな話ではあるが。それでも、あえて礼をいおう」
声は、巨蜘蛛の背から生える身体の中から響いていた。
白銀の魔道着を着た、シュヴァルツの首が乗っているその身体の中から。
至垂の声、というより意思であろうか。
意思は、くくっと笑い声を漏らした。
「黒の管理人としての能力、遠慮なくいただくとしよう。……踏み台として、さらに進化し神へと近付くために」
至垂の意思は、嬉しそうにそう言葉を発した。
シュヴァルツは、面白くもつまらなくもなさそうにふんと鼻を鳴らした。
「こちらの台詞だよ、至垂徳柳。神への弑逆のためにも、お前の肉体はわたしがいただいて利用する。遠慮なくな」
「神を弑逆? なるほど、直接作られた存在であるお前たちには、これまでは試みる権限すらも制限されていたというわけか」
ははっ、と至垂は笑う。
「理解が早いな。理解したところで、お前の未来が変わるわけではないがな」
「黒の管理者は、お山の大将を気取るだけ。永劫の時を、ただ指を咥えて震えているだけだったわけだ。ははっ、これは傑作だ、はははっ」
「そこまでにしておけ!」
シュヴァルツの声と共に、シュヴァルツの頬が内側から爆発した。
槍状に皮膚が長く尖り突き出したのだが、次の瞬間にはもうなにごともなかったように幼くかわいらしい顔に戻っていた。
今度は白銀の魔道着が、腹部が、内側から爆発して布地が張り裂けんばかり膨らんだ。
ぐう、
シュヴァルツの顔が苦痛に歪んだ。
「無駄なあがきを」
シュヴァルツの口元、片端からつっと血が垂れた。
二人が内部で戦っているのである。
その後も、顔、目、頭、背中、胸、腹、腕、指、蜘蛛の身体まで、いたるところが柔らかなゴムを内から槍で突いたかのように長く尖って膨らんだ。
中で小さな人間が暴れているわけではない。
戦っているのは意思と意思。気の流れや爆発に身体が反応し、このような現象が生じているのだ。
「お前はこの身体で、こんな世界で、なにをしたいというのだ?」
シュヴァルツの意思が問う。
「愚問。……神!」
至垂の意思は、揺るぎなく、決意でも願望でもなく、当然にきたるべきと思う未来を声に発した。
「幼稚な夢は幼稚な夢のまま、見続けさせてあげたいよ。だが、悪く思うな至垂徳柳。お前の身体は、わたしのものだ。陽子結合式を解明し、まずは仮想世界、そしてこの惑星自体を破壊するため。いずれくる平穏な無のために、禍根は残さない」
「ヒャハ。それこそ幼稚な夢だなあ。だから永劫を生きても、そんな赤ちゃんみたいな顔なんだよ。鏡を見たこと、ないのかね?」
「分かり合うつもりはない」
「いや、仮想世界の破壊だけならば、まあいいだろう。……だがまずは、自分をこの呪われた身体に生み出した世界に、
「令堂和咲を作ったのはお前だろうに」
身体をぼこぼこ爆発させながら、シュヴァルツの顔に苦笑が浮かんだ。
それを黒服の三人が囲み見守っているという異常な図が、いつまで続くのだろうか。
「であればこそ! 恐怖の後に破壊し、本物の神としてわたしはこの世界を、宇宙を、支配する」
「宇宙は、終わりたがっているぞ。滅びたいのだ」
「大昔のAIによる疑似人格風情が、勝手な解釈をしちゃいけない。……滅びるなら、お前だけが滅びろ」
ぼそりとした至垂の低い声が、シュヴァルツの顔から漏れ……いや、違う……いつの間にか至垂の顔へと変わっていた。
至垂の声は、至垂の口から漏れたものだった。
と、認識をした黒服の三人アインス、ツヴァイ、ドライの行動は素早かった。至垂の上に乗る顔がシュヴァルツではなく至垂になったその瞬間に、三方から飛び掛かっていたのである。
至垂の魂を殺そうと。
支配権を再びシュヴァルツに戻そうと。
「やめておけ!」
至垂の低い声と共に、その土台たる蜘蛛の巨体がくるり一回転すると、アインスたち三人はみな一様に弾き飛ばされて壁に背を打ち付けた。
巨蜘蛛が、回りながら前足を払って三人を吹き飛ばしたのである。
三人は、壁から剥がれてふわり真下の床へと着地した。特にダメージを受けた様子もなく、すぐにまた三方から至垂を取り囲んだ。
至垂が、ふふっと笑った。
いや……その顔は至垂のものではなかった。
また、シュヴァルツの幼く端正な顔へと変わっていた。
「やめておけといっている。お前たちが束になっても、わたしたちには勝てないよ」
顔は間違いなくシュヴァルツであるが、意思たる声は、シュヴァルツと至垂が混じり合っていた。
アインスたち黒服の三人は、三方それぞれの位置に立ったまま、小さく頭を下げた。
「それでよい。お前たちとは、例え戯れにでも戦っている暇はないのだからな。……何故ならば……」
微笑みながら語るシュヴァルツであるが、その顔が一瞬にして険しく歪んでいた。
「きたか……」
蜘蛛の背から生えた至垂の身体、その上にいるシュヴァルツが部屋の端にある大きな扉へと顔を向けた。
向けた、その瞬間、
「うおおおおおおおりゃっ!」
どおん!
荒々しい少女の雄叫びと共に、重機の衝突にもびくともしなさそうに見える頑丈そうな扉が簡単に破られていた。
扉が倒れて、地響きを立てた。
ぐしゃり歪んで倒れている扉を踏み付けているのは、白銀に青い装飾の魔道着を着た、ポニーテールの少女であった。
その後ろには、白銀に紫装飾の魔道着を着た、肩までの黒髪をおでこ真ん中で分けた少女。
「ここにいたか。……やっぱり、生きていやがったか……」
昭刃和美は巨大な蜘蛛を睨み付けると、扉を踏み付けたまま両手に握るナイフの柄にぎゅっと力を込めたた。
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