第05話 重力に引かれ

 ぴくり、ぴくり。

 ところどころ潰れた、血みどろの肉塊が痙攣している。


「こんな、バカな……」


 だれとくゆうは、醜い状態ながら巨蜘蛛の六本足をバタつかせて、なんとか起き上がり体勢を戻した。

 悪事の本体というべきか背から生える魔道着を着た上半身は、踏まれた雑草さながらにまだ潰れており、蜘蛛の背に張り付いたまま。損傷の程度は分からないが、少なくとも骨の数本は折れているだろう。


 ずるり、

 ずるり、

 巨蜘蛛が、腹を地に付けたまま這って逃げようとしている。


「過ぎた野望を捨てる気がないのならば……逃さない!」


 決着を付けるべく、アサキは小走りに追った。


 蜘蛛の背にべたり張り付いている半死半生の至垂は、手をついて身を起こすと後ろを振り返った。

 追ってくる赤毛の少女を見ると、忌々しげに舌打ちした。


 逃走する巨大な蜘蛛、生える至垂の、ズタズタになった惨めな姿。

 アサキは、容赦しないとまでは思っていないが、さりとて油断もしていなかった。

 以前に戦った時も至垂は、時間を稼ぎつつこっそり非詠唱で自らを治療していたのだ。今だって、おそらくそうだろう。

 なりふり構わず逃げる振りをして、きっとなにか仕掛けてくるのだろう。


「死ね!」


 やはり。


 背にぐったり張り付いていた至垂が、突然ぴいんと真っ直ぐ起き上がると、両手の間にこっそり溜めていた高密度の破壊エネルギーが込められた光弾を振り向きざまに飛ばしてきた。

 非詠唱のため、難なく発射しているように見えるが、これは超魔法である。通常魔法より格段に上位レベルの、莫大な魔力を消費する、凄まじい破壊力を持った魔法だ。


 されどもアサキにとっては、予想の範疇。

 左の手刀に魔力を込めて、難なく打ち返していた。


 打ち返した瞬間、大爆発が起きた。

 膨大なエネルギー光弾が至垂へと跳ね返り、それを至垂が手のひらで魔法防御したため、破壊力が行き場を求めて爆発四散したのである。

 爆音、爆炎、地面が吹き上がり、砂が舞い上がった。

 ぱらぱらと、大粒の砂が落ちる。


 吹き飛んでえぐられた地面の、中心で、


りよう……どう……」


 至垂が声を震わせている。

 その身体、至垂本体の魔道着を貫いて胸に一つ、巨蜘蛛の胴体に七つ、八つと、光の球がめり込んで、バジバジッと弾けている。

 威力を、殺し切れなかったのだろう。

 至垂は、自分の作り出した超魔法の威力を。


「負けを認め……」


 るのならば、もうこれ以上の戦いはやめましょう。

 アサキが、そういい掛けた時である。


 そして、言葉を察した至垂が、


「誰があ……」


 ぎり、と歯を軋らせた時である。


 地鳴り、地響き。

 いまの爆発が呼んだものだろうか。

 先ほどまでとは比べ物にならないくらい、さらに激しくぐらぐらと、地が揺れた。


 ここは、地層の薄いところであったのだろうか。

 それとも異次元への扉でも開いたのだろうか。

 二人の足元に、前触れなく一瞬にして、大きな穴が開いていた。

 直径十メートルはあろうかという、大きな穴が。


 二人の身体は人工惑星の重力に引かれ、穴の中へと吸い込まれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る