第04話 ライフゲーム

 数千年前のコンピュータ創世記に考案された「ライフゲーム」で、画面を見守る心境と似ているだろうか。

 まったく異なるものであろうか。

 グラティア・ヴァーグナーを代表とする技師団の、仮想世界をモニターする気持ちは。


 西暦3828年。

 まだ試験的にではあるが、超次元量子コンピュータを使った仮想世界運用が開始されたのである。


 どのような世界かというと、単純にいうならば陽子構造と時間概念の二つを極限にまで徹底再現した世界だ。

 世界の規模は、三十兆キロメートル。

 太陽系とほぼ同じ広さである。

 それもそのはずで、仮想空間の中に宇宙そのもの、規模としてまず太陽系を作ったのだから。


 さらに広い空間を設定することも、可能ではある。

 だが、人類が知り得ないことを想像で埋めた空間になってしまうため、ひとまずはこの規模が手頃と判断された。

 それでもとてつもなく広大かつ、贅沢な仮想空間であるが。


 なにが贅沢かというと、太陽系領域のすべてを陽子レベルでシミュレートしていることに尽きるだろう。


 宇宙の広大な無も、生物など決して存在しえない惑星内部のマントルもコアも、木星を形作るガスも、土星のカッシーニの輪を作る氷も、それらに相応する重力、引力の関係も、すべてが仮想現実として緻密に再現されている、現実以上に現実であった。


 それらそれぞれを、個別にシミュレートしているわけではない。

 基本条件を、設定するのだ。

 簡単にいうならば、陽子の存在理論を完全再現しているため現実世界と同じ物理法則が自動的に働くという理屈である。


 太陽系を隅々まで完全再現した世界。

 それを実現させている超次元量子コンピュータの、反対にどれだけ小さいことか。メイン基盤の大きさが、旅行用トランク一つ分ほどしかないのだから。


 しかし、作り出す世界、太陽系には、地球が存在し、そこには生物が生きているのだ。

 創造主の対象物である人類は、現実と同様に、泣き、笑い、糧を得るため仕事をし、未来を夢見て、生きている。

 現実と異なるのはただ一つ、自分たちを仮想世界の住人とは知らないことのみ。


 再現された太陽系、地球は、理想郷などではない。

 単に、もうひとつの現実。

 もうひとつの、現在。


 なお、陽子と時間という、いわゆる物理を再現しただけといっても、文明があまりに勝手な方向に進んでも困るわけで(将来的には、ともかく)ことわり、いわゆる価値観や基準、つまりは世界を色付けすることは必要である。

 神の意思、ともいえるだろうか。

 この仮想世界においては、開発者であるグラティア・ヴァーグナーの持つ価値観を元に、理は稼働している。


 この一大プロジェクトに、グラティア・ヴァーグナーは残りの人生をすべて捧げ、より緻密な仮想世界を築くべくハードソフト両面での修正を続け、世界を覗き続けたのである。

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