第07話 わたしの名はヴァイス
「よおし、じゃあ勝手にして、早速、命名会議開始だ!」
カズミが、けなされた不満もどこへやら、ベッドにあぐらをかいたまま右腕を突き上げた。
「大袈裟じゃのう」
「まずさあ、あの黒いやつらから決めてこうぜ」
「まあ、同じ色ばかり四人もおるけえのう」
何故か敵対関係になっている、四人の少女たち。
みな黒い服だ。
ふんわりゆったりの服を着た、幼い顔立ちの少女が一人。
ここにいるブロンド髪の少女と、服から顔から瓜二つで、ただ色違いといった感じの。
そして、革製にも見えるぴったりした黒服を着ているのが、三人。
この三人が、服だけでなく顔がまったく同じで紛らわしい。
ブロンド髪の少女を含め、せめて名前くらいは付けて整理したくなるのも当然というものだろう。
「最初に、ガキ顔のくせして威張ってた、ふわふわ黒服の女から決めるか。あいつ、お前とおんなじ顔してて、服も同じ感じだから、そこも区別が付くようにしたいけど……」
お前とは、白い衣装のブロンド髪少女のことである。椅子に腰を掛けている彼女のことを見ながら、
「着てる服が黒くて、髪の毛も真っ黒だったろ。いやまあ他の三人もそうだけど、とにかくそこから、なにかイメージ浮かばねえかな」
むむー、っと難しい顔で腕を組んだ。
「そういえばメンシュヴェルトって、その組織名も含めて命名は基本ドイツ語だよね」
不意にアサキが口を挟んだ。
「え、そうなの?」
「カズミちゃん、知らなかったの? わたしよりずっと早くから所属していたのに」
「うるせえな! 音痴! 貧乳! オシッコ漏らし! アホ毛ですぐ泣くクソ女! で、それがなんなんだよ!」
「いや、黒ってなんていうんだろって思って」
「黒は、シュヴァルツ」
ぼそりとした口調で答えたのは、白い衣装の少女である。
「博識じゃのう。うちらとさして年齢も変わらぬように見えよる……」
「よし! じゃあ黒のふわふわはシュヴァルツで決定!」
治奈が関心していると、その声をカズミの大声が吹き飛ばした。
「次、取り巻きの三人。シュヴァルツの、ちょっと老けて歪んだ劣化コピーみたいのはどうしよう」
「酷いいいようじゃのう」
「敵だぞ。殺され掛けたんだぞ。こっちは好きに名付ける権利くらいあるんだよ。こいつらも黒だから、じゃあ色とはまったく関係ない特徴から付けようぜ」
「特徴から名前を付けようにも、あの三人、まったく同じだったじゃろ?」
「探せばなんかあんだろ。一人は足が臭いとかさあ。訛ってるとかさあ。実はカツラとか、歌がド下手とか、ああそれはアサキか」
「彼女たち三人は、あなたが名付けたシュヴァルツの、コピーですから違いなどはありませんよ」
さも当然とばかりにさらりと白い衣装のブロンド髪少女はいうが、あまりにさらり過ぎて、
「えーーーっ!」
三人が驚きの声を発するまでに五、六秒は掛かっただろうか。
「れ、劣化コピーとかっ、冗談でいっただけなんだぞ!」
「クローン人間、とか、そ、そういうこと?」
アサキの問いに白い衣装の少女は、
「クローン? まあ、そのようなところです」
僅かに小首を傾げたものの、否定はせず、どちらかといえば肯定的な返答をした。
「そんじゃあ、ワンツースリーのドイツ語でいいよもう!」
「途端に投げやりじゃのう」
「だって、区別がないってんじゃさあ。で、ドイツ語ではなんていうんだ?」
カズミは白い衣装の少女を、ちょっと顔を上げてアゴで見るようにしながら尋ねた。
「アインス、ツヴァイ、ドライ。わたしは個体の区別が付きますから、もしも機会があれば目印を付けておきましょう。あなたたちの魔法の目ですぐ分かるように」
「おう。まあ出会わないに越したこたねえんだけどな。……で、残るお前が必然的に……白だから……」
「ヴァイス」
少女のその言葉に、アサキはちょっと不思議な気持ちになった。
何故なのか理由はすぐに分かった。
「それ確か、ヴァイスタの名前の由来だ」
白い悪霊、という言葉からの合成語と聞いた。
ガイストだかガイスタだかが幽霊で、そういや白はヴァイスだった気がする。
ヴァイスタ、白くぬめぬめとした、顔のない、巨大な悪霊。
この女の子と、姿はまったく似ても似つかないけれど。
「紛らわしいっつーんなら、違うのにすっかあ?」
「ほじゃけど、シュヴァルツから考え直さんといけんし。ここにヴァイスタが現れない限りは、紛らわしいこともないじゃろ?」
「ま、そうだな。と、いうわけで……」
ちらり、またカズミは白い衣装の少女へと視線を向けた。
「わたしの名はヴァイス、ということですね。承知しました」
たったいまヴァイスと名付けられた白い衣装の少女は、薄い笑みを浮かべながら小さく頭を下げた。
「なんか気恥ずかしいからこそ早速呼ばせて貰うけど……ヴァイス、ちゃん、あのね……」
呼び掛けながらアサキは、なんだか不思議な気持ちでいた。
外国語の言葉で人を名付けて呼ぶことの違和感に。
どこの国の人間にも見えないが、どこの国の人間にも見える、少女がそんな無国籍な容姿であるため、そういう意味では違和感はないのだが、それはそれだ。
「はい。なんでしょうか、令堂和咲さん」
ヴァイスは、涼やかな笑みをアサキへと向けた。
「アサキでいいよ。あんまり、フルネーム呼ばれたくないんだ」
「何故です?」
「音だと関係ないけど、漢字で書くと、お寺の和尚さんみたいだから」
それで小学生時代はよく男子にからかわれたのだ。
「分かりました。では、アサキさん。なんでしょうか」
「うん。名前を決め終えたから、次の質問をするね。ここは一体、どこなんですか? あなたたちは、こんな誰もいないところで、なにをしている……あ、ご、ごめんなさい、質問は一つずつといわれていたのに」
アサキがそう謝っているにも関わらず、
「妙チクリンな建物がたくさんあって、街みたくなっているけど、なんで他に誰もいねえんだよ! それとお前ら、生まれてずっと名前がないとか、やっぱり意味が分かんねえぞお! 嘘ついてんじゃねえのか」
「街に誰もおらんのでは、生活が出来んじゃろ? 食べ物、どうやって調達しとるの?」
結局、また質問攻めにしてしまうカズミたちであった。
乗っかって、ついアサキまでもう一つ質問をしてしまう。
「さっきの女の子……シュヴァルツ、ちゃん、彼女はどうして宇宙を壊そうとしているの?」
「敵にちゃん付けんじゃねえよ!」
「ご、ごめん、わたし、誰であれ呼び捨てって出来ないんだよ」
「情けねえやつだな」
「それだけで情けないって決めるのはおかしいでしょ」
「ほおら二人とも、無駄な争いはやめんか!」
治奈は二人をたしなめると、改めてブロンド髪白衣装の少女、ヴァイスへと向き直った。
「では、まずは質問を一つ。宇宙を壊す、ということは『
「それと、お前とシュヴァルツがおんなじ顔をしてんのも気になるぞお!」
「別にそがいなことは、あとでもええじゃろ! ……どうなん、ヴァイスちゃん。宇宙を壊すとは、どういう意味なのか」
白い衣装の少女、ヴァイスは、三人に見つめられながら涼やかな笑みを浮かべていたが、数秒後、微かに顔を上げた。
「それじゃあ……そうですねえ、まずは……遥か遥か、遠い遠い、時の向こうの、とあるお話を聞かせましょう」
「はああああ?」
話の流れに付いていけず理解出来ず、口あんぐりのカズミ。
そこまでではないが、アサキも治奈も似たような表情。
白衣装の少女は、構わず語り始めた。
彼女曰く、遥か遥か遠い遠い時の、あるお話を。
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