第03話 再びあらわれた少女

 やはりというべきか、魔法使いマギマイスター三人組の中では、アサキの強さが群を遥かに抜いていた。

 最初に現れたゆったり黒衣装の少女にこそまだ苦戦しているものの、そのコピーのような黒服三人組に対しては、対等以上の戦いを見せているのだから。


 しかも、ゆったり黒衣装とのやりとりにすらも、少しずつ、順応し始めている。

 アサキからの攻撃こそ、のらりくらりかわされてしまうが、反対に相手からの攻撃も確実に受け流すことが出来るようになっていた。

 アサキとしてはまったく余裕などなく、ただ必死なだけであったが。


「これで、身体があまり動かないんだあとかいってんだからよ。どこまでふざけてやがんだよ」

「味方が強くてありがたいことじゃろ」


 カズミと治奈は、黒コピー三人組のうちの一人へと、タイミングを合わせて一緒に飛び込んだ。


「こっちは地道に戦うしかねえからな!」


 青い魔道着、カズミが、二本のナイフを握り締めて、地を這う低い姿勢で相手の懐へと潜り込んだ。

 と見えた瞬間、


「昇竜!」


 真上へと跳躍していた。

 アッパーカット気味に、左手のナイフが打ち上げられる。

 胸元を切り裂こうとしたのであるが、見切られて、半歩後退かわされてしまう。

 カズミの身体は高く舞い上がって、黒服が視線を追わせて僅か首を上げた。

 そこを狙って、


「えやっ!」


 治奈が気合い鋭く槍の穂先を突き出した。


 カズミがかわされようとも次の手がというせっかくの連係作戦であったが、これも通じなかった。

 突き出した槍の柄が、左手一つに楽々と掴まれていたのである。


 黒服は柄を掴んだまま一歩前進し、右手に持った光の剣をぶんと振るった。

 もしも治奈がまだそこに立っていたら、首は刎ねられ飛んでいただろう。

 だが黒服の放つ白い光が一条ただ真横に走ったのみで、そこに治奈はいなかった。

 槍の柄は、黒服が一人で握っているだけだった。


 どうん、

 黒服の背中が、不意に突き飛ばされて前へつんのめった。


 背後に、治奈がいた。

 以前、リヒト支部でよろずのぶぶんぜんひさが見せた中国武術の技を、見様見真似で実践してみせたのだ。

 てつざんこう、背中を使った体当たりである。

 もちろん、それだけで致命傷にはなりようはずもない。

 なりはしないが、よろけた状態から体勢立て直した黒服の真上から、


「うりゃあああ!」


 高く舞い上がっていたカズミが、叫びながら落ちてきた。手にしたナイフで、ずばりと黒服の胸を深く切り裂いていた。


「うっしゃ! いっちょあがりい!」


 着地したカズミは、ナイフ持った右腕を振り上げガッツポーズ。


 胸を切り裂かれた黒服は、ふらつきながらも表情一つ変えず、跳ねるように後ろへと退いた。


 カズミたちも、この通りこの戦いに順応してきていた。

 必死が故の底力ということか、もともとの実力が開花しつつあるということなのか。


「アサキ、あぶねえぞ!」


 一息つく余裕が生じたことからのカズミの声掛けであったが、しかしアサキには不要であった。


 赤毛の少女だけは油断ならじ、と黒服の方こそが二人連係で前後からの挟撃を見せたのであるが、赤毛の少女、アサキは背中にも目があるかのごとくひらりひらりと光の剣による攻撃を避けたのである。

 最小限の、無駄のない身のこなしで。


 黒服二人は、すぐさま体勢を立て直し再びアサキへと挟撃しようと動くが、その動きがなんだか奇妙であった。

 いや、動きが奇妙というよりは、剣を振り上げ掛けた中途半端な姿勢のままで動いていないことが奇妙であった。


 アサキの魔法によるものだ。

 赤毛の少女の足元を中心に、半径三メートルほどの青白い五芒星魔法陣が広がっている。

 黒服二人もその中におり、魔法陣上に乗せられた呪縛魔法により動きを封じられていたのである。

 呪縛陣。

 アサキが、地味に得意とする魔法である。

 それを非詠唱で発動させたのだ。


「行くぞお! 超魔法っ!」


 ぐ、と腰を落とすアサキの、右手の洋剣が白く輝いた。

 だが、剣を振り上げ掛けた瞬間、ふっ、と足元の輝きが、魔法陣が、消失していた。


 呪縛陣が消えて自由になった黒服二人は素早く跳躍し、アサキから離れた。


「アサキちゃん、下っ!」


 治奈の慌てた叫び声。


「え」


 アサキの足元、先ほどまでアサキ自身が作った青く輝く呪縛陣のあった場所が、今度は真っ白な円形に輝いていた。

 模様のない、単なる真っ白な眩い輝き。

 それは魔法なのか、別の力なのか。


 そこから逃れようとして、アサキの目が驚きに見開かれた。


「動けない……」


 靴の裏が、地面に張られた白い輝きに、ぴたりと張り付いてしまっていた。

 動くことが、出来ない。

 足の裏だけではなく、全身が麻痺してしまっていた。


 仕掛けた呪縛を破られたどころか、反対に自身が呪縛されてしまった。

 焦りもがくアサキの目の前に、黒衣装の少女がにんまり顔で立っていた。

 敵四人の中で、唯一感情のある表情を見せる彼女。

 さらには唯一、圧倒的な戦闘力を持っており、この呪縛返しもおそらく彼女の技であろう。


 く、呻き声を上げてアサキはなおもがき続けるが、下半身どころか手の指先さえ動かすことが出来ない。

 動けなかったが、そんな中でもアサキは、冷静に状況を観察していた。

 この呪縛陣に似た能力であるが、魔力はまったく感じないということを。

 ならば一体どのような理によって自分が拘束を受けているのか、そこまでは皆目見当も付かなかったが。


 前に立つ、ゆったり黒衣装の少女の、右腕がぼおっと白く輝いた。

 そして前へと歩み出す。

 呪縛を破ろうともがいている、アサキへと。

 白く輝く右手をゆっくりと開き、腕をゆっくりと上げ、手のひらをアサキの顔へと近付けていく。


 おそらく魔法とは異なる系統技術である、この白く輝くエネルギー。それは、破壊、催眠、睡眠、老い、どのような効果を与えるものであるのかは分からない。だが、ここまでのやりとりを考えるならば、受けて有益であることはまず考えられないだろう。


 体内に様々と呪文を詠唱して、なんとか抜け出そうとするアサキであるが、やはり身体を動かすことが出来ない。


 黒衣装の少女、その手がアサキの額に触れた。


 なにが起こる?


 なにも、起こらなかった。


 消失していたのである。

 黒衣装の少女の手から白い輝きが、完全に。


 すっ、と黒衣装の少女は視線を左右に走らせる。

 誰かを探すよう視線を走らせ、ぴたり目の動きが止まった。


 その視線の先には、ここにいる黒服の四人ともアサキたちとも違う少女が立っていた。

 その少女が右手を上げて、真っ直ぐ前へ、黒衣装の少女へと向けている。

 白く輝く、右手を。

 そのエネルギーが、黒衣装の少女の破壊エネルギーを打ち消したのだろうか。

 アサキを救ったのだろうか。


 誰……


 アサキも、その少女へと視線を向けた。


 ゆったりふんわりした、白い衣装。

 緩いウェーブの掛かった、ブロンド髪。


 先ほどの、少女であった。

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