第16話 嬉しい恐怖

 両腕を切り落とされて、

 全身を、合成生物キマイラの限界まで、滅多切り、滅多刺しされ、

 片足も、皮が一枚繋がっているだけの、ほとんどもげた状態、

 顔面も血みどろでぐちゃぐちゃに歪み、

 片目を刺され潰されている、

 剣で胸を突き通されて、壁に掛かった破けてボロボロのコートのようなアサキが、残った片目を細めて、睨んでいるのである。

 獣のように、唸っているのである。


 これまでも至垂は、戦いの中ずっと睨まれ続けていた。

 むしろ心地よいといった反応であったのに、至垂はいま、アサキの顔に、唸りに、空気に、温度に、闇に、怖じ気づき、ぶるぶる震えていた。


「わたしは……きみ、に恐怖を、感じている……」


 青ざめた顔で、ぼそり声を発した。

 ひとつ呼吸、ふたつ呼吸。青ざめた顔のまま、ぶるぶる震えたまま、恐怖の表情のまま、にやりと唇を歪めた。


「待っていたんだ、この瞬間を!」


 血みどろの顔と同じくらいに真っ赤な髪の毛を乱暴に掴むと、剣で刺し貫かれている身体を、構わず強引に引き寄せた。


 剣は壁に深く刺さっているものだから、串刺しのアサキを引っ張ったことで、肺が潰され肋骨が砕かれる音がした。


 アサキの身体に引っ張られて、壁から剣が抜けた。

 深々とアサキを貫いたままである。


「うう、あああああああああ!」


 アサキの口から、がぼごぼと真っ赤な血が吹き出した。

 苦痛の悲鳴ではない。怒りの、恨みの、唸り声であった。


「絶対、絶対に……ゆる、さ……」


 身体をほとんど破壊されて失った分だけ凝縮された、不気味さを増した怒りの眼光。


 浴びて至垂は、笑っている。

 恐怖に青ざめた顔で、引きつった顔で、笑っている。

 恐怖していることが嬉しくて、笑っている。


「くたばれ化け物があ!」


 広作班の一人が、剣を振り回しながら至垂へと飛び掛かった。

 至垂は剣を持たず、片手にはアサキを掴み吊り下げており、これを仕留める好機と思ったのだろう。


 好機どころか、単なる自殺行為であったわけだが。


 白銀の魔法使い至垂は、片手でアサキをぶら下げながらも、広作班の盾を装着した左腕を下から蹴り上げた。

 返す刃で斜め上から踵を落とし、盾の根本にあるリストフォン型クラフトを蹴り砕いた。


 変身が解けて、瞬時にして高校の女子制服姿へと戻った彼女を、至垂は、


「死ね」


 襟首を掴んで、放り投げたのである。


 突如、空間から出現する、無数の、白く太い腕。

 次々と伸びるヴァイスタの手に掴まれて、単なる制服姿の女子高生にどう抗う術もなかった。


「うわあああああああ!」


 一瞬にして、頭を握り潰されていた。

 四方から伸びる手に争い引っ張られて、すぐに四肢がもげて腹が裂けた。

 八つ裂きである。


 ぶちゅり

 がつり

 くちゅっ

 恐怖の悲鳴を上げて、僅か数秒足らず。

 もう彼女の肉体は、単なる食料でしかなかった。


「さて、令堂くん!」


 至垂は、己が手に吊るしている、単なる肉塊と化し掛けているアサキの身体を、不意にぶんと振り回して遠心力で床に叩き付けた。


 床が砕けるほど、床にめり込むほどの勢いに、べきぼきと骨が砕ける音が響いた。


 まだ周囲には敵たる魔法使いたちがいるというのに、至垂は無警戒にしゃがみアサキへと顔を近付けた。

 生命があるのが不思議なほどに潰されながらも、なお怒り、睨み、呻き、唸っている、アサキの顔へと。


 アサキの眼力に耐えながらの、青ざめた顔で。

 自分をここまで震え上がらせる、意思の力だけではどうにも抗えない、アサキの怨念、眼光、これこそ望んでいたものであるというのに、恐怖に震え、それが嬉しくて笑みの漏れる矛盾。

 その矛盾を抱えた笑みを、ぐちゃぐちゃに崩れ潰れた顔のアサキへと近付けながら、


「これからきみは、どうするつもりだい?」


 甘い声で、問い掛けた。


 ただ獣の唸り声が返るだけだったが。


 代わりに返事を、いや言葉を放ったのはカズミである。


「てめえ、ふざけたことばかり、いってんじゃねえぞおおおお!」


 友を思う気持ちを爆発させ、二本のナイフを振り回しながら、青い魔法使いが床を蹴り至垂へと突進していく。


「もうきみは、死んでいいよ。むしろ死にたまえ」


 立ち上がった白銀の魔法使いは飽きたといわんばかり冷たい表情で、突っ込んでくるカズミを一瞥した。


「うるせえクソがあああああああ!」


 怒りに吠えるカズミへと、ざあっと無数の白く巨大な手が伸びる。


 既に二人も、このヴァイスタたちに魔法使いがあっさり捉えられ、殺されている。しかしというよりは、だからというべきか、カズミは簡単にはやられなかった。雄叫び張り上げながら触手状の白く太い腕をかい潜り、ぶった切り、アサキへと、至垂へと、ぐんぐん距離を詰めていく。


「いま行くぞ、アサキ!」


 わずかの油断が即死に繋がるを承知で、友のため必死で進んでいくカズミであったが、ここで思わぬ言葉を聞くことになろうとは。


「こない、で」


 がぼっ、と気道にたっぷりと血や体液を詰まらせながらの、アサキの声であった。

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