第06話 感動の対面

 残る四人のメンバーも、ほとんど遅れることなくリーダーに続いた。


「一騎打ちで疲労しているはずだ!」

「だからこその人質」

「倒せない相手じゃない!」


 口々に叫ぶ広作班メンバーたち。

 至垂自身の言葉、自分は逃げ切ることは出来ないだろう、と。それを弱音であると、つまり自分たちにまたとない好機であると、彼女らは取ったのだろう。


 確かに、そうであるのかも知れない。

 だが、そうであるかどうかを証明することは出来なかった。


 手に手に剣を持ち、盾を構えて挑んだはいいが、弾き返されていたのである。

 まるで時空が歪んだかのように、浮かんだ瞬間には身体を床に叩き付けられていたのである。

 広作班の、五人が五人とも。


 ぜいはあ、血みどろで息を切らせているアサキ。

 彼女の、非詠唱魔法によるものであった。

 床から天井までを覆う魔法障壁を張り、それが広作班を弾き、掴み、ねじ伏せたのである。


「手を、出さないでって、いった、はず、です。お願い、します。でないと、あなたたちの、身の安全は、保証、出来ません」


 ぜい、はあ。

 赤毛の少女は、申し訳なさそうに頭を下げた。


「なんだあ? キマイラだか知らないが、死にぞこないのくせに! やれるもんならやってみろ!」


 怒気満面、サブリーダーこんりゆうたけが、床を蹴り、アサキへと飛び込んだ。

 先ほどは剣で身体ごと吹き飛ばされ、今度は魔法陣に揉まれ、二度も簡単にあしらわれたことで、怒りに火が着いたようである。

 飛び込み背後へと回り込むと、左腕に装着された盾で、殴り掛かった。


 殴り掛かろうとするポーズのまま、身は既に違う場所、砕けた壁の中にめり込んでいた。


 アサキが、振り向きざま、回し蹴りを放ったのである。

 盾の上から、身体を蹴り飛ばしたのである。


「くそ。……動けねえ! 畜生!」


 三度目の辱めを受けた広作班サブリーダーは、全身を壁の中にめり込ませたまま、怒りを吐き出す。

 怒り、唸りながら、なんとか抜け出そうともがいている。


「ごめんなさい!」


 また、アサキは泣きそうな顔で頭を下げた。


「カスみたく弱っちい広作班に代わって、わたしがあ」


 白銀の魔法使い至垂が、冗談ぽく笑いながら、アサキの背中をずばり切り付けた。


「あくっ!」


 呻き声。アサキは膝を崩し、前へと倒れた。

 これまでの戦いで背中側はほとんど無傷であったため、この剣撃は魔道着に守られて骨までは達していないようではあるが、それでも襲う激痛は凄まじい。アサキは、どたんばたんと、髪の毛を振り乱して激しくのたうち回った。


 それを見て、白銀の魔法使いは、腹を抱えて笑っている。


 異常な、光景であった。


 悔しそうに、治奈たちはぎゅっと唇を噛み締めている。

 現状をどうにか打破したくとも、人質がおり、アサキからの頼みもあって、手を出すことが出来ないでいるのだ。

 ぎりぎりと歯を軋らせ、ただ見ているしかなかった。


 アサキは背中の激痛を堪え、床に手をつくと、ゆっくり立ち上がった。

 生まれたての仔鹿のように、身体を、膝を、がくがくと震わせながら。

 その身をまた酔狂で切り刻まれるために。

 立ち上がった。


 その先に待つものが信じられなくとも、でも、自分に嘘はつきたくなかったから。

 だから、アサキは立ち上がった。

 萎えそうになる気持ちを奮い立たせ、決意を眼光に乗せて、白銀の魔法使い至垂徳柳を睨んだ。


 と、その時である。


「なにが、大切、か考えろよ、お前!」


 男性の声が聞こえたのは。


 結界、靄の中から。

 アサキのよく知った声が聞こえたのは。


 よく知るのは当然である。

 一緒に暮らす義父、りようどうしゆういちの声であるのだから。


「アサキちゃん!」


 さらには義母、りようどうすぐの声。


 アサキは、背中の激痛すら忘れて、ぽかんとした表情で立ち尽くしていた。


「修一くん、直美さん……」


 やがて、半開きになった口から、かすれた声が漏れた。


「いいから、早く所長を、捕まえるんだよ! お前がオルトヴァイスタになどされる前に。または、そいつがお前にとって変わる魔道器を作り出す前に。今すぐ!」

「修一くん、本当に、記憶、戻って……」


 十年前のこと。

 幼いアサキへの、非人道的ともいえる実験の日々に耐えられず、リヒト研究員だったまだ若い令堂夫妻は、ここを逃げ出した。

 アサキを連れて。

 追っ手に追い付かれてしまうが、アサキが無意識下で超魔法を発動。アサキも含む、その場にいる全員の記憶を消し、書き換えた。

 令堂夫妻は、リヒト職員であった記憶をなくし、アサキの親として生きることになった。


 その、リヒトとしての記憶を彼らは取り戻した、と至垂はいっていたが、それは本当のことだったのである。


 無意識にとはいえ、自分が消してしまった記憶だ。

 いつか戻してあげたいが、それはすべてが終わってからだ。そう思っていたのに、こんなところで……


 アサキは、ぎゅっと唇を噛んだ。


「いやあ、感動のご対面だねえ」


 リヒト所長、至垂徳柳は嫌らしく唇を釣り上げた。

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