第02話 不安、焦燥
頬を引つらせたまま、赤毛の少女はがたがた震えている。
「ん? 二人って誰かなあ?」
深まったのか浅まったのか分からない微妙な感じに、至垂の笑みが変化した。
赤毛の少女の、心をより追い込むために。
より突き落とすために。
笑みの質がどうであれ、からかっていることに違いはない。
でも、その効果は赤毛の少女、アサキには覿面であった。
「ふ、二人っ、す、
狼狽していた。
外面からもひと目で分かる、思考の混乱。
混乱、焦り、不安。
そうなるのも当然だ。
至垂はアサキの家族に対しても触手を伸ばしている、ということが分かったのだから。
からかうために曖昧な言葉ばかり選んではいるが、はっきりいわれたも同然であり、家族として冷静でいられるばずがなかった。
「やだなあ、まるでわたしが酷いことをしたかのようじゃないか。……丁重に、ここへお招きしただけだよ」
ゆっくりと、はっきりと、囁き声に似た、至垂徳柳の言葉。
曖昧はいま、確実になった。
アサキの心臓は、一瞬にして冷たく凍り付いていた。
鼓動しているのが不思議なほどに。
「ど、どこ、二人は、どこにっ、いるんですかっ!」
身体が、ガタガタと震えている。
指が、ぷるぷると震えている。
顔が、すっかり青ざめている。
どうしたらいいのか、どう思えばいいのか、気持ちが、わけが分からなくなっている。
身体の中が、熱い、冷たい。
よじれそうだ。
ねじれて裂けそうだ。
狼狽して、半ば真っ白な意識の中、残った意識が、他人事のように胸の中に言葉を吐く。
やっぱり先ほどからの戯言は、このことをいっていたんだ。
わたしが自分の家族を思う気持ちを、やたら否定するような、からかいの言葉は。
でも、それは当たり前のことじゃないか。フミちゃんのことだって心配だったけど、修一くん、直美さんは、わたしの家族なんだ。
自分の家族を一番に思うことの、なにが悪い。
しかも、直美さんのお腹の中には……
無意識が勝手に紡ぎ出す、思考の言葉ではあるが、考えるほど息が苦しくなる。
家族を心配する気持ちと、親友への罪悪感で、胸が痛くなる。
唾を飲もうと喉を動かすが、水分を失って喉にべったりへばりついているようで、まともに飲み込めず、不快感はまったく楽にならなかった。
「会いたいかい?」
脳に飛び込む、甘い声。
ねっとりと、不快な。
赤毛の少女は、びくりと肩を震わせると、口を開いた。
開いたが、ひゅっと呼気だけで、上手く声が出なかったので、大きく首を縦に振った。
「それじゃ、こちらへきたまえ」
あぐら姿勢から立ち上がった白銀の魔法使いは、この長細い部屋の、奥へと歩き出した。
アサキには、止めることが出来なかった。
戦いに勝ったのは、こちらであるというのに。
儚げに身体を震わせながら、白銀の魔法使いでありリヒト所長である至垂徳柳の、大きな背中を見ていることしか、出来なかった。
ここに義父母がいるという話など、真実かどうかも分からないのに。
逃げるための方便。充分に考えられることなのに。
嘘かも、知れないのに。
本当であるのは、どうであれまたもや形勢逆転を喫してしまった、ということ。
だがそれは、アサキ個人にとっての理屈である。
「勝手に動くな!」
「嘘ばかりをいうな! ここは既に、大半をメンシュヴェルトが押さえているんだ。令堂和咲の両親を隠す場所なんかないぞ!」
彼女たちも人命のため動きはするが、今件の最優先事項はリヒト所長の確保。
まともに戦える唯一の存在であるはずの令堂和咲がこのような状態であるため、もうなりふり構ってはいられなくなったというところであろう。
だがしかし、リヒト所長は構うことなく歩き続ける。
従う義理がどこにある、とばかりにふんと鼻を鳴らして。
「動くなといってる!」
サブリーダーの建笠は、たんと床を蹴った。
右手の剣を振り上げながら、叫ぶ。
「お前は、令堂との戦いでもうボロボロだ!」
左手に装着された盾で己が身を守りつつ、軽く跳躍しながら、空中から右手の剣を躊躇なく叩き付けていた。
白銀の魔道着、その背中へと。
がちゃ、
金属がぶつかり合う音。
サブリーダー建笠が放つ至垂への一撃は、寸前で受け止められていた。
二人の間に入り込んだアサキが両手に持った、水平に寝かせた剣で。
アサキはそのまま、反動を付けず力に任せて剣を振るう。
魔法により強化されたそのパワーは強烈で、空中で踏ん張りの効かない建笠の身体は、大きく弾き飛ばされていた。
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