第09話 異次元の戦いを
どれくらい、経っただろうか。
二人の魔道器魔法使いによる、次元を超越した、一騎打ちの戦いが始まってから。
ずっと口半開きであった、
喉のへばりつきに不快感でも覚えたか唾を飲もうとするが、上手く飲めず、もう一度咳払いをするとかすれた声を発した。
「わたしたち全員を一瞬で蹴散らした
至垂と戦っている赤毛の少女の、実力のことであろう。
「さっきキマイラが、とかいっていたよな」
隣に立つ、サブリーダー
「うん。もし本当ならあの能力も納得だけど。そもそもキマイラとか、そんな技術が、たかだか令和の時代なんかに本当に実現出来るとは思えないな」
「本当です」
広作班の会話を聞いていた紫の魔道着、
「うちは目の前で、あの二人の会話を聞いただけなんじゃけど、至垂もアサキちゃんもキマイラです。……アサキちゃんは、自分が幼い頃ここにいたということは、以前から知っておったのですが、自分がキマイラとまでは知らなかった。ほじゃけど、ついさっき完全に思い出した」
「……信じられないけど、当人がそういう話をしていたというなら、そして、事実ここまで圧倒的に強いのなら、信じるしかないのだろうね」
自分の傷を治療しながら広作班リーダーは、その圧倒的異次元の戦いを見続ける。
治奈も、語り始めてしまった話を続ける。
「……様々な大人の野心、野望により、作られたんじゃ。……ほじゃけどアサキちゃんは、そがいな周囲の野望や、運命に対して、こうして戦っておるんです。生まれがどうであろうとも、自分は人間なんじゃから、と」
思うほど、ここで戦うなんの義理があろう。
治奈は、それでも戦う友の姿に、目に涙を浮かべていた。
「あのさ、あとで聞こうと思ってたら、今またその言葉が出たから、教えて欲しいんだけど。なんなんだよ、そのキマイラって」
カズミが、治奈に肩を寄せ会話に加わった。
「うちもさっき聞いたばかりで、詳しくは知らんのじゃけどな」
「知ったとこだけでも教えろよ」
「ほじゃな。アサキちゃんは、もう吹っ切れておるようじゃから、隠すべきものではないじゃろね。……人造の生物を土台に、色々な生物を混ぜ合わせた、新しい生物。人間型ではあるが、人間ではない、といっておった」
「日本語でいえよ」
「ゆうとるじゃろ! うち横文字まったく使っとらんよ」
「そう? ……え、お、おい、人間じゃない、新しい生物って……冗談、だろ?」
カズミは、青い魔道着よりも蒼白な顔になっていた。
当然だろう。
ずっと一緒だった友人であり、クラスメイトであり、戦う仲間でもあるアサキが、実は人間ではないなどと急にいわれても信じられるはずがないというものだ。
「本当の、ことじゃけえね」
至垂とアサキが語った内容が真実ということであれば。
アサキの思い出したという記憶が本当なのであれば。
「信じられねえけど……つうか、なんかショックなんだけど……こいつの異常な強さを見たら、納得するしかねえのかもな」
「うちもまだ実感がないけえね。……あ、さっき戦った、特務隊とかいう三人がおったじゃろ?」
「ああ」
「あれもその、キマイラだったんじゃと」
「はああああ? どーりで、積み上げたものがまったくなさそうなくせに、強さが異常だったわけだ。でもまあ、しっかり積み上げたもののある奴にはかなわないということだな」
相当な犠牲は払ったわけだが。
カズミたちは話すことがなくなって、ほかのみんなと一緒に黙ってアサキたちの戦いを見守っていた。
やがて、ふとまた、今度は広作班のサブリーダー
「この作戦の背景とかまでは知らされてなかったけど、まさかキマイラ絡みだったとは。……ここで至垂は倒せても、もしもいつか令堂和咲が人類の敵になったり、とか思うと怖いな。地球が滅ぶぞ」
「なるわけないよ。彼女とは今さっき出会ったばかりだけど、ひと目でそう分かったよ」
「まあ、あたしもそうは思っているけどよ」
広作班サブリーダーはリーダー仁礼寿春の言葉に、少し恥ずかしげに鼻の頭を掻いた。
その後も彼女たちは戦いを見守り続ける。
至垂徳柳対アサキの、息を飲む異次元の戦いを。
治癒魔法を自分たちに施しながらも、視線はそらさず正面に向けて見守り続ける。
押しているのは、アサキだ。
圧倒している。
しかし、現在均衡以上なのだからならば一人でもアサキに加勢すれば勝てる、というものでもない。
迂闊に手を出せる、そんな戦いではない。
むしろ、至垂に笑う余裕がなくなっている分、近付いたら一瞬で首を刎ねられるかも知れない。
見ている以上の最善はない。
治療魔法で治せるところは治し、各々の武器にエンチャントを施して、呼吸を整えておき、もしもアサキになにかが起きた時には、一か八かの総攻撃。
加勢したいが、してはいけない。
まだその時ではない。
実力差を考えると、まだ。
そんな罪悪感の疼きに、一番に耐えられなくなったのは……
なんと、文前久子以上に冷静に見えたはずの
ばじっ、ばじっ、
と放電に似た音に、みなが気付き、見ると、仁礼寿春の両手の間に、青白い球体が浮かんでいる。
「なにか少しでも、やれることをっ」
しゃがみ、片膝をついた彼女は、床へと青白い球形エネルギーを押し潰し広げて、そのまま床に右手のひらを置いた。
「アレクトリツィルトアインチェルグ」
素早い呪文詠唱。
右手の下にある、床へと押し潰された球体エネルギーが、さらに薄く広がると、そこにはピザMサイズほどの五芒星魔法陣が出来上がっていた。
ピシ、
氷が割れる音。
魔法陣から、細長い光が床を這い、伸びる。
伸びたその光は、白銀の魔法使い至垂の足元へと、足首へと、絡み付いていた。
「うぐぁ!」
苦痛の声が上がった。
それは、術者である広作班リーダー仁礼寿春自身の、悲鳴であった。
熱湯への反射的にびくり腕と肩を震わせて慌てて床の魔法陣から手を離した彼女であるが、その反射行動はなんの意味も持たなかった。
右腕の防具が砕けた、と見えた瞬間には、魔道着の繊維が燃え尽きて、その中、炭化した右腕がぼろりさらり粉状に崩れ落ちて、床にこぼれて広がった。
右の、肩から先が完全に消えてなくなっていた。
白銀の魔法使い至垂が、アサキとの打ち合いの中で、魔力の破壊エネルギーを逆流させたのである。
広作班リーダーは、自身の魔法により自身の右腕を失ってしまったのである。
ある意味においては、幸いともいえただろうか。
もしも咄嗟に魔法陣から手を離し魔力を遮断していなかったら、右腕一本では済まなかっただろうから。
なにか出来ることどころか、微力を割り込ませることも出来なかったことに、広作班リーダーは苦痛の中で、無力を痛感したかも知れない。
しかし、この行動は、決して無駄ではなかった。
命を懸けたその行動を、アサキが無駄にしなかった。
だん、
これまでより力強く、至垂へと踏み込んで、力強く、剣を横殴りにひと振り。
なんということのない、アサキの攻撃であったが、わずかに至垂が目を細めた。
目潰しだ。踏み込みや、振り回す剣の気流で、炭化した粉塵を黒い煙として巻き上げて、目潰しにしたのである。
それほどの量ではないが、白銀の魔法使いを、ほんの一瞬驚かせるには充分だった。
がちっ、
硬い音。アサキが両手で握った剣が、白銀の右腕防具へと叩き付けられた音だ。
防具が、砕け散った。
そして、その瞬間には、返す刃が至垂の太ももへと打ち下ろされて、白銀の魔道着ごと叩き砕いていた。
「あぐ!」
苦痛の呻きが、しんとした部屋に響く。
白銀の魔法使い至垂は、顔をぐしゃっと歪めて、よろけ倒れそうになる。
プライドなのか、単純に負けたら終わりという必死さか、左足を前に出してかろうじて踏ん張った。
プライド、ではないようだ。
少なくとも。
何故なら、舌打ちをすると白銀の魔法使いは、無事な片足で跳ねながら、無様にも部屋の奥へと向かって逃げ出したのである。
「アサキ、逃がすなよ!」
叫び急き立てるのはカズミだ。
力になれないもどかしさの、多分に混じった。
だからこそ、力のこもった声で。
「分かってる!」
アサキは、まるでケンケンをするように逃げている至垂の背中を追う。
いわれるまでもない。
リヒト所長として、この事態を招いた責任を取ってもらわなければならないのだから。
広義には、個人的欲望のために組織を私し、非人道的な行いの数々を繰り返していたことへの責任。
狭義、というよりも、個人的なところとしては、フミちゃんを誘拐して、わたしたちを誘い出して、そのために何人もの生命が失われたこと、その責任。
決着を、つけないと。
人同士で戦うだなんて、嫌だけど。
どうして自分だけがこんな、とも少し思うけど。
戦うことが出来るのが、自分しかいないのだから。
いや、みんなを守れる力があるんだと、むしろ喜ぼう。
泣き言なんかは、後だ。
既に体力の限界を迎えつつある中、アサキは、白銀の魔法使いでありリヒト所長である、至垂徳柳の後を追った。
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