第08話 シクヨロ
青ざめた顔。
すっかり頬が痩せこけている。
纏っていた金色オーラの輝きも、いつの間にかどこかへと消えていた。
「あ、あと、少し……だったのになあ」
悔しそうに、唇を噛んだ。
訪れる死の恐怖に涙目になっていた黒スカートの魔法使い、
笑いながら、ふらつく足で、口から血を吐いている万延子へと歩み寄る。
無限に続くかに思われた木刀の攻撃に、すっかり疲弊し、弱々しくはあったが、腕を上げ、剣を突き出した。力使い果たし、血を吐いている、忌々しいメンシュヴェルトの魔法使いへと。
延子は、上半身を捻りながら後退し、ぎりぎりなんとか突きを避ける。だが、自分のその動きに足をもつれさせて、転びそうになった。
「あと少しで? あたしらを倒せたはずなのに、ってか? そりゃ残念だった、な!」
笑みに、屈辱心なども混じっているだろうか。
そんなマイナス部分を、払拭しようということだろうか。
しらじらしいほどに、その笑みを強く濃くしながら、突き、払う。
まだ体力は回復していない。だが、それを遥かに超えて、メンシュヴェルトの魔法使いが勝手に弱体化している。
攻撃にまだ力が入らないとはいえ、黒スカートの魔法使いの、やりたい放題であった。
延子は、すっかり顔が青ざめている。
身体にも、力がまるで入っていない。
二本の木刀と気力とで剣を受け止めるものの、踏ん張る力もなく、ずるずると下がっていく。
「あと少し、の意味が違うよ、
白髪頭の魔法使い
右手の人差し指と中指を立てて揃えると、額に当てて目を閉じる。
床の上に、五芒星魔法陣が浮かび上がった。
紫色に輝く、直径五、六メートルはあろうかという五芒星魔法陣が。
「これは……」
振るう剣を休め、黒スカートの魔法使いは、驚いた顔で、床の模様を見ている。
「こいつ、バカな
白髪頭、
床に五芒星を描いている線が、一本、二本、分断されると、絵柄全体が、さらさらとした粉になって、空気に溶けて消えた。
青ざめた、痩せこけた顔でその様を見ていた延子は、ふう、と息を吐いた。
苦笑を浮かべたその顔を、白髪頭、
「きみこそ、その、バカな
延子は、口からだらだら血を流しながらも、ははっと楽しげに笑った。
「誰がああバカだあ!」
まだ疲労がまるで回復していないはずなのに、激高のあまり、康永保江は、残る体力を絞り尽くすかの勢いで、出鱈目な剣を延子へと振り回した。
「きみの仲間が、いったんだよお」
「うるせえええ!」
ガチ、ガチ、ガチ、ガチ、
剣が木刀を叩く音。
木刀が剣を受ける音。
延子が、いまにも倒れそうな力のない様子ながらも、攻撃を上手に受け流しているため木刀が折れずに済んでいるが、それでもいつそうなっても不思議ではないほど一方的に、打ち込まれている。
さらには、
「加勢するよ、保江ちゃん。こいつ、死に掛けのくせして、なにを企んでいるか分からないからね」
白髪頭、
黒スカートの康永保江は、眉をしかめるのみで特になにもいわなかった。確かに確実に仕留めておく方がよい、という割り切りであろうか。
それほどに、先ほどは酷い目にあったし。いまのいまにしても、もし魔法陣が完成していたら、局面がどうなっていたか分からないのだから。
「リーダー、わたしもっ! せめて二対二でっ!」
「手を出すんじゃない! リーダーの命令だ!」
延子らしからぬ怒鳴り声に、険しい顔に、文前久子はびくり肩を震わせた。
次に、文前久子が見た顔。
それは、
いつも通りの、優しく笑っている、延子の顔であった。
優しく笑いながら、唇が小さく開かれた。
「子供の頃から、いつも、一緒だったね、久子。だから、意思通じ合うというか、お願い事なんて、したことなかったけど。……最初で、最後の、お願いだ。手を、出さないで。……大丈夫。わたしは、負けないから」
「バァアアアカァアアアなああああのおおおおおかあああああぁなああああああああ、おおおまああああええええええはああああさあああああああああああああ!」
愚弄嘲笑たっぷり詰め込んだ、康永保江の笑い、叫び。
「限界を超える技に、自分をぶっ壊して、死に掛けているくせに」
白髪頭、
「その本人がよおおお、加勢を拒むってんだからよおおおお」
「まだ舐めてるってことだよねえ。じゃあ、綺麗に舐めてくれたお礼に、ぶっ殺してあげるねえ」
「もちろん、楽にゃあ地獄に落とさねえけどなあ」
リヒトの魔法使い二人は、交互に台詞をいい合いながら、武器を振り下ろす。払う。突く。
本能、天性の才か、幼い頃からの修行の賜物か、延子は、ずるずる引きながらも、寸前のところを弾き、受けて、攻撃を食い止め続けている。
だが、このような状況を、本能だけでどう打破出来るものでもなかった。
そしてついに、くるべき時が、きたのである。
延子の胸に、剣が突き刺さっていた。
剣は、胸を貫いていた。
背へと、完全に突き抜けていた。
ごぼり、
延子は大量の血を、口からを吐き出した。
もうほとんど体内に残っていないだろう、というくらいに、出血しているというのに。
ついに仕留めた! ほくそ笑む黒スカートの魔法使い康永保江であるが、すぐその目が不審に歪んだ。
延子もまた、にやり笑っていたのである。
ぶるぶる、震える身体で、延子は、視線を横、白髪の魔法使いへと動かすと、
「さすがは、
軽口いいながら、さらに、笑みを強めた。
さあっ、と血の気が引いていた。
床いっぱいに、五芒星魔法陣が広がっていたのである。
「あああああああ
魔力の目をしっかりこらせば、魔法使いなら誰にでも見えただろう。
康永保江の背中から伸びている、ぼんやり輝いている糸が。
先ほど延子自身が描こうとしていた魔法陣の軌跡は、おとり、もしくはあわよくばのついで。
現在描かれている、これこそが、本来の狙いであった。
延子は、戦いながら相手の動きを誘導して、相手に、超魔法のための魔法陣を描かせていたのである。
「は、発動前に、術者を殺してしまえばあ!」
白髪頭の魔法使い
骨の砕ける音と同時に、細剣は背中へと突き抜けていた。
二人の魔法使いによる、二本の剣で、身を貫かれた延子であるが、
既に痛覚が麻痺しているのか、
ただ、浮かべた笑みを、より深めるだけだった。
そして、
「ありがとうね、自ら呪縛されてくれて」
口から、胸から、どくどくと血を流しながら、なんとものんびりした口調で、そういったのである。
「なにを……お前、なにをしたあ!」
細剣を引き抜こうとする、
いや感情ベクトルとしては同じであるが、さらに驚愕の色が塗り重なっていた。
剣を引き抜こうとしても、引き抜けない。
それどころか、握っている柄から手を離すことが出来ないのである。
「そ、そうなんだよ、抜けねえんだ! くそっ!」
白髪頭と肩を並べ、康永保江も同じように、懸命に剣を引き抜こうとしている。
しかし引き抜けない。
柄から手を離すことも出来ない。
延子のいう通り、二人は呪縛されていた。
瀕死の魔法使い一人によって。
「なんかね……隣の部屋でもいま、令ちゃんがこんなふうに必死に、捨て身で頑張っている気がしてね。凡人のわたしじゃ、なおのこと、生命を張らなきゃあ、化け物退治なんか出来ないかなあ、って思ってね」
延子の、その目は、
前を見てはいるが、なにも見ていなかった。
映っていないのか、意識が遥か彼方へと飛んでいるのか。
でも、ただ一ついえること。
微塵の悔いもないのであろう、澄んだ、綺麗な瞳であった。
意識、わずか戻り、微笑みながら、わずか顔を傾けて、仲間たちへと視線を向けた。
「それじゃ、
延子の足元、五芒星魔法陣の中心、そこから、薄紫の光が立ち上ぼった。
と見えた、次の瞬間には、五芒星の模様全体から、輝きがゆらゆら揺らめいた。
それは、粘度を持った濃密な輝きであった。
なおも助かろうと懸命にもがく、二人の身体を、その粘度を持った輝きは、完全に縛り付けていた。
その輝きは、さらには、まるで巨人の手のように大きく広がって、二人を掴み、ぎゅうっと握り潰し始めた。
「うおあああああ! こんなあああああ!」
「保江えええ、お前が間抜けだからだああああああ!」
巨人の輝く手の中で、ぐしゃりぐしゃりと潰れていく、二人の姿。
次に起きたのは、爆発であった。
超新星さながらの、すべてを真っ白に包む、大爆発が起きたのである。
五芒星魔法陣の、上にだけ。
地球を何個、吹き飛ばすのだろう、というほどの、大爆発が。
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