第06話 代表戦?

 ふらり、ふらり、

 いきなり倒れて不思議のない、よろずのぶのおぼつかない足取りである。


 両手を上げて、ちょいタンマの意思を示しつつ、

 ふらり、ふらり、

 真っ白髪の魔法使いさかんぼうやすと、黒スカートの魔法使いやすながやす、二人の間ちょうど真ん中に立つと、ふうっと一息。


 視線を少し動かして、黒スカートの魔法使い康永保江の様子をちらり。

 ひさと戦ったことによる全身の傷は、見た目もう完全に癒えているようだ。

 切り裂かれた魔道着こそどうしようもないが、そこから覗く肌は、綺麗であり、傷跡など痕跡もない。


 リヒト特務隊の二人は、にやにや余裕の薄ら笑いを浮かべながら、疲れ切った延子のことを見ている。

 死にぞこないがいまさらなにをあがくつもりであろうかと、嘲笑いながらもちょっと興味深げに。


 延子は、ゆっくりと口を開いたのであるが、それは、リヒト二人の表情を、なんとも間抜けなものへと変化させる魔法の呪文であった。


「このままじゃあ、埒が明かないしさあ、こっちにしても、仲間がじわじわと、きみたちに殺されてしまうし。だから、代表戦ていうの? ……わたしが一人で、きみたち二人を相手にしてあげるよ」


 延子は、そういったのである。


「は?」


 抜けた表情で、すっかり固まってしまっている、黒スカートの魔法使い康永保江。口あんぐりのまま、閉じることを忘れてしまっていた。

 それからどれだけ経過しただろう。

 彼女と、白髪の魔法使いさかんぼうやすの二人は、示し合わせたかのタイミングで共に腹を抱えて大爆笑を始めた。


「なんだそりゃ、詭弁にもなってねえよ」


 康永保江は、おかしみ堪えて涙を拭いながら、


「埒が明かないもなにも、こっちは最初っから、お前ら一人ずつ皆殺しにするっていってんだよ。この白髪女の邪魔で、進みが早くなったくらいなもので、あたしらはやることを……」


 言葉遮って、白髪頭の魔法使い、さかんぼうやすが、やはり楽しそうに、お腹ひきつって苦しそうに、ひいひい、本当に苦しそうに、バカを見る目で延子を見ながら発言権をう奪っていう。


「一人で戦うのは、そりゃ勝手だけどね。まあ、もしもそれで勝てるなら、そりゃあ仲間の生命も助かって、そしたら埒が明くんじゃないの? じゃあ、じゃあ明かしてみればあ? 埒をさあ」


 それだけいうと、二人はまた腹を抱えて大爆笑。

 犬猿の仲と思われた二人だが、上回る面白さのためか仲良くハイテンション。上げた手を打ち合わせて、それどころかお互いの涙を拭い合って笑い続けている始末であった。


 変化なきは延子の顔だ。

 オシャレ巨大メガネを外したその顔は、涼やかで、どれだけ笑われようとも、まるで気にした風もない。

 その涼やかな口元が、また、小さくはっきりと開いた。


「一つだけお願いがあるんだけど。戦いにあたっての、準備をさせてもらいたい」

「エンチャントか? 好きなだけやれよ。ハンデにもなりゃしねえけどな」

「では遠慮なく」


 延子は、右手に握っていた木刀を、静かに落とした。

 続いて自身も、突然ふにゃり力が抜けた様子で、両の膝を落とした。


 好奇心と、僅かの不審が交じる表情の、二人を前に、

 延子は、


「うぐっ」


 込み上げ、堪えられず、泣き始めたのである。

 ボロボロと、大粒の涙をこぼしながら。

 のぶもときようひろなかみな、死んだ二人の名を叫びながら。

 大声で泣くという、いわゆる号泣をしながら、床に頭を擦りつけ続けたのである。


 最初からこうしておけばよかった、意気地がなかったんだ、と死んだ二人に、謎めいた謝罪をしながら。

 泣き続けたのである。


 どれほど、そうしていたか。

 やがて、ようやく涙が枯れたのか、ゆっくりと立ち上がる。

 えっくいっく、としゃくり声を上げながら、

 疲労か気持か膝をガクガク震わせながら。


「もういいのかあ」


 康永保江が腕を組んで、からかいの声を掛ける。


「ちょ、ちょっと待って、まだ横隔膜がウイっく!」


 延子ふらつきながら、しゃっくり。

 応急処置をしたとはいえ、あれだけ大量の血を流したのであり、顔色は悪く、実際このようにふらついている。

 だが、枯れるほど泣いたためか、どことなくすっきりとした顔になっていた。

 頭を叩き付けるほどの大号泣であったため、目は完全に真っ赤であるが。


「もうちょいだけ待って」


 いいながら延子は、我孫子第二中の魔道着の特徴である、ふわふわスカートに手を掛ける。

 するり、足元へと落とすと、足を抜いた。

 中に履いている、黒いショートパンツ姿になった。

 さらに、ヒビの入ってボロボロになっている肩当てや胸当てを、自ら外して捨てた。


 顔に浮かぶ表情と同様に、すっきりした外見になると、腰に両手を当て、左右に捻った。


「で、始めてもいいの?」


 白髪頭の魔法使い、さかんぼうやすが尋ねる。


「あたしからだよな」


 康永保江が、わくわくした顔を隠さず、一歩前へ出る。

 単に戦える喜びということか。

 弱いくせになんだか上からの気取ったやつを、ボコボコに出来る喜びか。

 自分の最強を証明出来る喜びか。


 だけど、そのわくわくは、


「いや、彼女はわたしたち二人を同時に相手したいらしいよ。というわけで」


 肩を並べようとする白髪頭の魔法使いに、なんだか水を差されて、康永保江のテンション急転直下。


「ざけんな! 誰がお前なんかと一緒に戦うかよ。一人ずつだよ。だからお前の出番はねえ! とどめさす権利だけやる」

「いや、ならわたしが先でしょうよ。保江ちゃんは、こいつらずっと独り占めして楽しんでたんだからズルいよ」

「お前は、あたしの獲物を、許可なく二匹もブッ殺したじゃねえかよ! とどめだけでも満足しとけ! クソが」

「ええーーーーーっ」


 まるで緊張感のない二人の会話、二人の声を、


「奥義! はつきゆうとうほう!」


 万延子の、大きく張り上げているわけでもないのにはっきりとした、広い部屋に存在感が澄み渡る、覚悟とも呼べる声が、掻き消していた。


 その声に、びくりと肩を震わせた文前久子が、


「やだ、リーダー、それだけはやめて!」


 叫んだが、叫んだその時には、延子の立っていたところに延子はおらず、

 康永保江と、さかんぼうやす、二人の顔面が、ぐしゃりと潰れていた。

 巨人の一撃でも受けたか、体重などなきがごとく、二人とも後ろへ吹き飛ばされていた。


 どうどうっ、と黒スカートの魔法使いが床へ落ち、白髪頭の魔法使いが落ち、そして、ちょっと離れたところに延子が音もなく着地した。


 注意せねばまず追えないほどの、一瞬の早業であった。

 延子はまず、康永保江の頬へと飛び蹴りを浴びせると、それを踏み台代わりに勢いを付けて、さかんぼうやすの鼻っ柱へと肘鉄を打ち込んだのである。


 着地し、構える延子の、その全身が、ゆらゆら立ち上る金色の輝きに包まれていた。


「やだよお」


 文前久子は、震える瞳で、親友のその姿を見つめ、泣きそうな顔で、唇を小さく震わせた。

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