第04話 こんな化け物と

 このようにして、第三幕、とでもいうべき戦いが始まったのである。


 戦い方は、三人密集。

 それが三組、三方から、黒スカートの魔法使いやすながやすへと、攻撃を仕掛けるのだ。


 九人は、武器をそれぞれ手にしている。

 相手は一人であり、持つ武器も剣の一本だけだ。


 この圧倒的人数差に、今度こそ形勢は逆転かと思われた。

 が、蓋を開いてみれば、なんということか。

 康永保江は、余裕の笑みを浮かべ、攻撃をかわし続けたのである。


 かと思えば、先ほど見せたように、わざと攻撃を受けつつの強引な相打ち狙いを見せてくる。

 非詠唱で、隙あらば自らを治療出来るため、こうした荒っぽい戦いが出来るのだ。


 こんな攻撃を見せられては、カズミたちの攻めに躊躇が生じるのも当然だろう。


 第二中第三中合同軍に生じるその躊躇という隙を狙って、黒スカートの魔法使いは、剣をひと振りふた振りと浴びせ、または、剣と見せて拳や足を叩き込んでいく。


 メンシュヴェルトの魔法使いたちは、人数圧倒的有利の中、ただ一人の魔法使いになすすべなく翻弄されていた。


「もう、わたしの戦い方は基準にしないで!」


 密集の中で、ぶんぜんひさが叫ぶ。


 先ほど、久子が思いもよらぬ善戦を見せたが、もう康永保江は戦い方自体を変えている。

 もしまた久子が一対一で戦ったならば、今度は一秒ともたずに切り殺されてしまうかも知れない。

 だからもう、その時の戦い方は参考にはならない、ということだ。

 いう必要もなく、みな分かっていることなのだろうが。


 だが、なにがどうであれ、メンシュヴェルトの魔法使いたちはその後も圧倒され続けた。

 九対一という、絶対的な数の優位にもかかわらず、どう擁護も出来ないくらい押されていた。


 康永保江は基本、力押し戦法。

 自身も攻撃を受けるには受けるのだが、隙あらば非詠唱で治癒してしまう。


 カズミたち天王台の魔法使いは、三人一組の有利も、的の大きさという不利に変換されていた。

 ダメージ関係なく、黒スカートの魔法使いが力まかせデタラメに剣を振り回してくるものだから、どこかしらに必ず攻撃が当たってしまうのだ。


みなこよみきよう、下がって治療! 済んだら、ジックリエンチャント」

「……分かった」


 延子の指示に、弘中化皆たちは少し不満げながら頷き、陣形から離れた。


「キバちゃんとハルビンは……」


 人数が減ったので、延子がまたあらたな指示を出す。


 カズミと、はる

 しようと、久子、

 万延子と、のうえい


 ペアで、やはり三組を作り、先ほどよりも狙われる的を小さくした状態で、三方から攻める。


 攻めるといっても、六人が六人とも疲労困憊といった様子で、振るう武器にもどれほどの力が込められているのか。


 反対に、康永保江からはほとんど疲労を感じない。


 一対多数の、多数の方が戦うほどに不利になっていく。


 魔力が膨大であろうとも、肉体の疲労は別であり、そういう意味では、黒スカートの魔法使いの方こそ先にバテてもおかしくないはずである。

 しかし彼女はそもそも、すぐ治療出来るものだから防御に重きを置いておらず、しかも嬉々として攻撃をするため、疲労が少ないのだろう。


 非詠唱と強大な魔法力を背景にしての、力押し肉弾戦だ。

 もちろん、流した血の分は弱まっており、こればかりは食事と休息がなければ回復しないはずであるが。


 だが……その、流した血の分、ということだろうか。

 祥子文前ペアが、溜まる疲労の中、久々に良い連係を見せて、斧と剣とで康永保江を弾き、よろめかせた。


 そこを、絶好の大逆転チャンスと見たか、カズミが連係を乱し治奈を置いて、一人飛び出し、詰めていた。


「危険じゃ!」


 治奈が叫んだ時には、既にカズミは康永保江の懐へと飛び込んでいた。そして、低い姿勢から二本のナイフ……


「そうくると思ったよ。バーカ!」


 の間を、前蹴りで突き破られて、胸に受け、飛ばされ、壁に背を打ち、頭を打ち、呻き声すら上げること出来ず、ずるずると床に落ちた。


「カズミちゃん!」


 治奈の叫び声。

 正確には、「ん」までいえていない。

 連係乱れにより一人きりになったところ、構えた槍の穂先を避けながら瞬間的に入り込んできた康永保江に、剣の一撃、返す二撃を浴びたのである。


 がくりよろけて、治奈は、膝を着いた。

 紫色の魔道着は、胸、腹を切り裂かれて、どろりと血が流れている。


「死ね!」


 康永保江が、嬉しそうに叫び、剣を振り上げる。

 だが、切っ先の振り下ろされる先は、治奈ではなく、

 くるり振り返って、


 文前久子と、嘉嶋祥子。

 二人は、胸をぶった切られて、血を噴いた。


 治奈を救おうと黒スカートの魔法使いに背後から迫ったところ、察知されており返り討ちにあったのだ。


 苦痛の悲鳴を上げるより先に、二人の身体は、飛ばされていた。

 後ろ回し蹴りの、素早い二連続回転によって。

 どう、どう、と治奈へと激しく衝突して、三人は意識を飛ばし掛け、ふらりぐらり、よろめいた。


「くそ、こんな化け物と、アサキはたった一人で戦ってんのかよ。すげえな」


 まだ意識が混濁としている様子の、青い魔道着、カズミが、小さく唇を動かした。

 消え入りそうな、小さい声ではあったが、


「あ?」


 黒スカートの魔法使い、康永保江は聞き逃さなかった。

 カズミへと、振り向いていた。

 目を怒りに釣り上がらせ、床を蹴っていた。

 青い魔道着へと、飛び込んでいた。


「アサキアサキって、うるせーーんだよ!」


 蹴っていた。

 飛び蹴りである。


 不意に攻撃を受けたカズミだが、無意識に腕でガードする。

 しかし、その行動に意味はなかった。

 ガードなど無いも同然に突き破られて、腹へと、踵がめり込んでいたのである。


「『最強』は、ここにいるんだよお!」


 黒スカートの魔法使いは、着地ざま、地を踏みしめながら、再び蹴った。

 怒鳴り声を、張り上げながら。

 カズミの、左腕を。


 べきり、

 なにかが、割れ砕ける音。


 カズミの、二の腕が、曲がっていた。

 もう一つ肘があるかのように、途中から、折れていたのである。


「ぐぅぁああああああああ!」


 叫び、転がるカズミ。

 激痛に意識覚醒し、覚醒意識に激痛を受けて、顔を歪め、腕を押さえ、床の上をばたんごろごろのたうち回っている。


 その、折れている腕を、康永保江が踏んだ。

 躊躇いなく体重を乗せた。


 断末魔の声に似た、凄まじい悲鳴が上がった。


 黒スカートの魔法使い、康永保江は、少しすっきり満足した顔で、くるり振り向いた。

 残る魔法使いたちを見回しながら、


「お前ら全員をぶっ殺してから、そのアサキも殺してやるよ。まあ今頃、壁の向こうで、がブッ殺してると思うけどな」


 にやり、笑った。

 笑った瞬間、目が、驚きに少しだけ見開かれていた。


「うああああああああっ!」


 腕を折られたカズミが、激痛の中を立ち上がり、康永保江の背へと、右手に握ったナイフを突き立てていたのである。


 ナイフは魔道着を突き抜け、深々と、根本まで刺さっていた。


 だが、

 康永保江は、ふんと鼻で笑うのみであった。


 右足を軸に身体を回転させ、後ろ回し蹴りで、カズミの身体を吹き飛ばした。


 カズミは壁に叩き付けられて、床に落ちた。

 折れた腕を打ってしまったか、また激痛に凄まじい悲鳴を上げる。


 うずくまり、もだえているカズミへと、康永保江は笑みを向けた。


「どこのオモチャ屋で買ったんだあ? そのお子ちゃまナイフ」


 そして、


「かゆい」


 康永保江はそういいながら、左腕を背中へと回して、青白く輝く手のひらを受けたばかりの傷口へと翳した。


 ナイフによる傷が、一瞬にして治っていた。


「くそ」


 ぶるぶる震える足で、カズミは立ち上がる。

 目の前の、とんでもない敵を、睨み付けながら。

 腕の折れた痛みに顔面をぐちゃぐちゃにしながら。


「ダメだ! キバちゃんは、おとなしく魔法で治していること! そんなんで頑張られても迷惑だよ!」


 万延子は、嘉納永子と肩を並べて切り込んだ。

 黒スカートの魔法使い、康永保江へと。


 みながみな手負いであり、この時点、ある程度以上に戦えるのは、この二人しかいなかった。

 みなにまた治療をさせるのであれば、こうして切り込みつつ、しかし防御優先で戦い続けるしかないだろう。


「化け物だろうと無敵じゃないんだ。非詠唱でそそくさ治療したって、根本のダメージや疲労は蓄積されているはず。そう信じて、とにかく粘るしかない!」


 叫びながら延子は、輝く木刀を康永保江へと叩き付ける。

 その攻撃はおとりであり、身を低く走り飛ぶ嘉納永子の大刀が、延子を警戒するが故に開いた脇腹を狙って、ぶうん唸りを上げて横一閃。


 通じなかった。

 康永保江は、慌てて引こうとするどころか逆に一歩踏み込むと、襲う横殴りの大刀を手の甲で簡単に叩いて弾いた。

 さらに反対の腕で、万延子の顔へと肘打ちを叩き込んだ。


 一瞬の早業に、つっ、と万延子の鼻から血が流れた。


 いくら傷を治療しようともダメージも疲労も蓄積されているという、先ほどの延子の言葉。

 そうであれば、それはむしろ彼女たち自身をこそ不利な状況へ追い込むものではないだろうか。

 そう不安に思わせるほどに、黒スカートの魔法使いはぴんぴんと元気であり、向き合う延子と永子の二人こそが、ぜいはあ、呼吸すっかり乱れ、肩で大きく息をしていた。


 その後も、この一方的な戦いは続けられた。

 しかし、これほにど屈辱的な戦いが、他にあるだろうか。

 頭数だけは九人もいるというのに、一人の魔法使いにまるで歯が立たず、一人、また一人と動けなくなり、なぶり殺しにされそうだというのだから。


 康永保江も、多少の疲労はあるのだろう。

 だが、戦うほどに差は開いていく。


 結局、先ほど延子がみなに掛けた言葉は、もう少し頑張れという精神論でしかなかったのである。


 悲劇的といっても過言でない、戦いの様相であるが、だが、少し先の未来を知る者からしたら言葉を訂正しただろう。

 まだここまでは、この瞬間までは、悲劇の序章ですらなかったよ、と。


「ねえ、これ見てる? スギちゃん! なんなんよ、一人の魔法使いがザーヴェラーより強いってえ!」


 壁際に立っている延元享子が、自らを治療しながらも、腕を立てリストフォンのカメラを康永保江へと向けている。戦う魔法使いたちへと、向けている。

 スギちゃんとは、第二中で彼女たち魔法使いを取りまとめている杉崎先生のことである。


「早く対策考えてくんなきゃあ。でなきゃ回復したら、ソッコーみんなで逃げちゃうからねえ。花の十四、ここで生命を散らしちゃなんにもなら……」


 じくっ!

 弾力あるものと、硬いものとを、鋭利頑強な刃物で同時に切断したら、このような音がするであろうか。


 そんな音に邪魔されて、延元享子の慌ただしい喋りが、止まっていた。


 延元享子の身体が、ふらり、ぐらり。そして、

 崩れ、倒れた。

 全く受け身を取ることなく。

 そのまま彼女の身体は、ぴくりとも動かなかった。


「享子、ちゃん?」


 心配そうに、声を掛ける宝来暦。

 その目が、驚きと恐怖に、大きく見開かれていた。


 うつ伏せに倒れている延元享子の、首が、

 深く、

 骨まで、

 切断されていたのである。


 真っ赤な、噴水。

 切断されたところから、勢いよく、血が斜めに噴いて飛んだのである。


「うわあああああああああ!」


 血溜まりの床の上で、宝来暦が張り裂けんばかり口を開いた。

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