第03話 同情するつもりもないけれど
一人が、小さく呻いた。
顔をしかめた。
自尊心を傷付けられたことによる、憤りであろうか。
五人の側が一人に対して油断なく構えているのだから、一人の側にこそそれ以上の警戒や恐れがあって然るべき。だというのに赤毛の少女は、まるで平然としているのだから。
「死ね!」
白い魔道着の一人が、地を蹴った。
低く跳びながら、片手に持った短い槍を、アサキの喉元へと突き出した。
すんと風を切り、唸りを上げる穂先。
アサキには、止まって見えていたが。
喉元へ突き刺さるかというぎりぎりのタイミングで、穂先を左手の甲で弾き、同時に、飛び込んでくる顔面へと、軽く拳を突き出した。
カウンターヒットに、もんどり打って崩れた白魔道着。
ぐうう、と呻くのみで、起き上がってこない。
「手加減はする。もちろん。でも……」
アサキのぼそり小さな言葉は、続く大きな声に掻き消された。
「でもなんだってんだあ!」
残る四人のうちの一人が、叫びながら、アサキへと飛び掛かったのである。
風を切り、短い距離を一瞬にして詰め、二本のナイフを手にしたまま、身体をそのまま突っ込ませた。
迎え撃つアサキの反応は、単純だった。
半歩横へ動いて、相手の足を引っ掛けただけである。
どさり音を立てて、白魔道着が倒れると、アサキはすぐさましゃがみ込み、地へと右手のひらをそっと当てる。
道路、色調反転した白いアスファルトが、突然やわらかくぶるぶると、腸の
ぎゃあああああ!
しんとした異空に、恐怖の絶叫が上がった。
実際には、口どころか顔全体を塞がれているため、げぐゅぁあああ、と、くぐもった声であったが。
恐怖と苦しさに、ばたばたのたうち回る、白魔道着を尻目に、アサキは腰を上げた。
立ち上がり、残る三人へと、ひややかな視線を向ける。
口を開き、先ほどの、でもの続きをいった。
「……あなたたちがどうなろうと、同情するつもりも、ない」
その結果の一つが、目の前のそれであろうか。
視界を塞がれ、呼吸を封じられ、恐怖にもがく魔法使いという。
「ど、どうなってんだよ、こいつ……」
「魔道着も着てないってのにさあ」
アサキの見せた能力と態度は、残る三人を、隠しようがないほどに焦らせ、たじろがせた。
ずっと口を閉ざして、動揺や不安を誘う不気味を演じていたのに、いざ開けば、自分たちの方こそが、このような会話で焦りと恐怖を紛らわせようとしているのだから。
「でもっ、魔道着を着てないんだから、防御力はないはずだよ」
「攻撃さえ当てちまえばってことか」
長年一緒にいるグループなのであろう。
ここまでの会話で自分たちを納得させると、もう言葉はいらないとばかり、示し合わせていたかのタイミングで、三人三方に分かれた。
それぞれ、手にした武器をアサキへと振り下ろし、または突き出した。
洋剣、薙刀、
必殺の意思を持った一撃であったが、現実は、それぞれの武器がただ空気を焦がしただけであった。
もう白魔道着たちは驚くこともなく。その焦げた空気を、風が運び去るよりも早く、赤毛の少女へと次の攻撃を繰り出していた。
アサキは、さして集中しているようにも見えないが動きは非常に落ち着いており、半歩横へ、一歩後ろへ、と最小限の歩幅で身体を動かして、腕を払って、攻撃をかわし続けている。
制服姿の女子中学生を相手に、武器を持ち魔道着を着た魔法使いが、三人がかりで攻撃している。
だというのに、かすりもしない。
自分たちが弱いのではなく、相手が化け物なのだ。
と、既に自尊心もなにもない必死の表情で、攻撃を続ける三人。
動くのでなく動かされ、あっという間に疲れが蓄積し、ぜいはあ息を切らせていた。
もう勝敗は決した。
そう思ったアサキは、
「もう、やめよう。あなたたちが何人いようと、わたしには勝てない」
戦いの終了を、持ち掛けたのである。
だが、疲れた表情の裏で、彼女たちは細工をしていた。
一人の口元に薄っすらと笑みが浮かんでいるのを見た瞬間、アサキはそう察知した。
察知はすれども、もう遅く。
アサキを囲んでいる三人の、作る正三角が、放たれた黄色い輝きに結ばれていた。
さらに、三角から伸びる線が頭頂で結ばれて。
薄黄色に輝く大きな三角錐の中に、アサキの身体は閉じ込められていた。
大爆発。
爆音、轟音、震える地面。
三角錐の中は、真っ黒になって、なにも見えなくなっていた。
どどん、どどん!
中で、大きな爆発が、連続して生じているのだ。
会心の笑みを浮かべる、白魔道着の三人。
アサキには、まったく効いてはいなかったが。
ビルを粉々にしそうなほどの、この爆発のパワーも。
少し薄れた煙の中から、三角錐の結界をガラスの如く砕きながら飛び出したアサキ。低い位置から身体を回転させて、一人の顎へと、回し蹴りを浴びせていた。
完全に油断していたところへ、豪快な蹴りを受けた白魔道着の魔法使いは、くるくる回転しながら倒れ、地に頭を打って気を失った。
「ああああ!」
「くそお!」
混乱、興奮した二人が、雄叫びを張り上げながら、やけっぱち気味に洋剣を、細剣を、それぞれ突き出した。
前後から、アサキの身体を突き刺そうと。
そこに、アサキはいなかったが。
空中である。
足裏に作り出した魔法陣を蹴って、真上へ軽々と飛び上がって、攻撃を避けたのだ。
飛ぶアサキの、眼下で、血飛沫と悲鳴が上がった。
向き合う二人の魔法使いが、突然お互いに吸い寄せられて、それぞれの武器でお互いの胸を貫き合ったのだ。
アサキが、非詠唱魔法により、空間を歪めたためである。
どさり、音を立て倒れる二人。
その傍らに、音を立てず着地したアサキは、
「ごめんなさい」
申し訳なさそうな顔で、誰にも聞こえないほどの小さな声を出した。
別に、無視してもよかったのだ。
彼女たちが自分を恐れて逃げ出したというのなら、別に、追わなくてもよかったのだ。
どうしてこんな日にこんなことをしてくるのか、という非常識への憤り、
昼間の、
要は、自分の弱さから、この魔法使いたちを不必要に傷付けてしまったのだ。
彼女たちは、ただ命令に従っているだけかも知れないのに。
従わなければならない、仕方のない事情があるかも知れないのに。
と、そうしたところからくる申し訳なさに、自分を騙すことが出来ず、謝ったのだ。
アサキは、小さく鼻をすすると、屈み、膝を着いた。
地を血で染め、苦痛の呻きを漏らしている二人へと、左右それぞれの手を翳した。
治癒魔法の呪文を、脳内で詠唱すると、翳した両手が、ぼおっと青く、優しく輝いた。
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