第18話 日記つけるはカズミとの戦い -アサキの日記-
「盛りだくさんな一日だった。
実際に起きたことのボリュームとしても、私の心の動きの変化としても。
私はいま、学校の宿直室に敷いた布団の中で、腹ばいになってこの日記を書いている。
ちょっとお行儀悪いけど、誰も見ていないし。
周りには、治奈ちゃんたちもいるけれど、みんなもう眠っているからだ。
今日は何があったのかというと、昨日書いた通り、私にとって二回目の、魔法使い強化合宿があったのだ。
前回は福島県の山奥まで行ったのだけど、今回はここ、天王台第三中学校を使っての一泊二日で。
男子とのバスケットボール対決から始まって(スポーツは、魔力がしっかり身に浸透して心身の感覚が研ぎ澄まされているか、を計るのに良いんだって)、早めの昼食を食べた後、先生の講義、そして第二中の魔法使いたちを招いての合同訓練。
魔力気弾によるキャッチボール、などという訓練をやった。
私、人間からそんなエネルギーの塊を作り出せて、なおかつ投げられるだなんて、初めて知った。
じゃあそれで戦えば安全じゃない? と思ったのだけど、魔法的な破壊力が弱いからヴァイスタとの戦闘には役に立たないらしい。
残念。
魔力をコントロールする練習としては良いけど、とにかくそんな理由から私たち第三中では普段の練習には取り入れていないのだそうだ。
だから、私も知らなかったのだ。
私の特技である非詠唱能力との組み合わせで、なにか応用技が出来ないものだろうか、と思った。
まあ、私はまだまだ基礎力を高めていかなければならない実力であり、応用などおこがましいのかも知れないけど。
ウォーミングアップである気弾キャッチボールが終わると、今度はフォーメーション練習。
地上戦の基本となる、三人組戦術を叩き込む訓練だ。
カズミちゃんってば、以前にびっくり箱パンチにのされて以来、万(ヨロズ)さんって三年生をやたら目の敵にしていて、味方側にいようとも露骨に邪魔したりして、どうなることかと心配してしまったよ。
どうかなる前にそれどころじゃない事態が発生して、訓練が実戦になってしまったのだけど。
近くにヴァイスタが出現したことによって。
第二中と第三中、そこに集まっていた全員で戦うことになった。
二十体という、かつてないとんでもない数のヴァイスタが出て、どうなることかドキドキだったけど、私たち側も今日は人数が多かったから、ある程度は力押しで対応出来た。
第二中の子たち、軽いノリで冗談ばかりいっているんだけど、いざ戦闘になったら、本当に凄かった。
子、とかいったら失礼か。三年生もいるんだからな。
まず驚いたのが、天野明子(あきこ)さん保子(やすこ)さんという双子の姉妹。
私と同じ二年生なんだけど、個人技や身の軽さもさることながら、姉妹の連係がとにかく抜群。
現在の第二中の中で、一番多くのヴァイスタを倒しているいわゆるエースの二人だと聞いていたのだけど、それも納得の実力だっだ。
次に凄いと思ったのが、万(ヨロズ)さん。
先ほども話に出た、第二中魔法使いのリーダーだ。カズミちゃんに、むちゃくちゃ恨まれている人だ。
最近のヴァイスタは群れで出ることが多いだけでなく、簡単な陣形を組むこともあるため、まずはどう単体を釣り出すか、という考え方が戦う上での基本らしいんだけど、その、ヴァイスタが一体だけになった一瞬を狙って、見るも簡単に個人技だけで倒してしまったのだから、万さん。
普段、おどけたようなことばかりいっている人なのに。
いつも微笑を浮かべていて動ぜず、しかし戦えば烈火のごとく。
ああいう人が、強い人なのかな。
ちょっと、憧れる。
シマシマの大きな眼鏡を額にしていたり、シクヨローとか挨拶したり、そこにはあんまり憧れないけど。
二校の合同練習のはずが、対ヴァイスタの共同戦線になってしまって、そのまま本日のカリキュラムは終了。
第二中の魔法使いたちはみな帰宅して、残った私たちは夕食作り。
カレーをメインとした夕食を作ったのだけど、まあカズミちゃんのうるさいこと邪魔なこと迷惑なこと鬱陶しいこと。
すぐ私の胸が小さいことをからかってくるし。
お風呂でもそうだよ。覗き込んでくるし、からかってくるし、また私、泣かされちゃったよ。
ほんと迷惑考えず自分勝手なんだからな。
暇さえあれば歌うし。
私の歌にはケチつけるし。殺人音波とか馬鹿にしてくるし。そんな下手かな、私。
その後は、勉強会だ。
ここでもカズミちゃんが、ラジオの司会者の真似したりして暴走してて、あまり進まなかったな。
楽しかったけど。
その後、『いま何を考えているかゲーム』をして遊んでいたら、カズミちゃんに思い切り除け者にされたウメちゃんが、泣いて飛び出してしまうというハプニング。
ほんとにどこか行っちゃうもんだから、私とカズミちゃんと成葉ちゃんの三人で探すことになった。
色々あって私たちもバラバラになっちゃって。
給湯室のゴキブリに私がパニック起こして、治奈ちゃんが運んでいたシーツを被ったまま転んで、滑ってカズミちゃんに」
滑ってカズミちゃんに……
カズミちゃんに……
ここから、どう書けばいいのだろうか。
「書けない」
布団の中で腹ばいになりながら、アサキは、うーんと小さく唸った。
「書けっこないよお。またおしっこ漏らしちゃったなんてさあ。一生残るからな、日記は。……脚色しちゃうか。いや、スミベタ検閲じゃないけど、余計なこと書かず飛ばしちゃおう。ええっと……」
布団にうつ伏せになったまま、ふと首を動かし周囲の様子を見てみる。
虫の呼吸すら聞こえそうなほど静まり返った部屋の中、自分以外はみんな眠っている。
「以前の合宿の時も……」
わたしだけこうして、いつまでも起きてたけど、修行が足りてないのかな。
疲れていないから、眠くならないのかな。
それとも、今日はヴァイスタとの戦いで気を失って、寝ちゃっていたからかな。
まあいいや、そんなこと。
「それにしても……相変わらずだな、みんなの寝相」
アサキは、ふふっと笑った。
この前の合宿の時とまったく同じだな。
正香ちゃんはスフィンクスみたく上を向いてぴーんと真っ直ぐで王族貴族みたいだし。
治奈ちゃんも、かわいらしいし。
あ、さ、さっきの、間違ったっ、正香ちゃん、スフィンクスじゃなくてツタンカーメンみたいに真っ直ぐ、だ。慣れない表現するもんじゃないな。
成葉ちゃん、今日はおとなしいな。今日は夢の中で牛丼を食べていないのかな。
この前は、牛丼大盛りなのだーとかけたたましい寝言をいっていたよな。
カズミちゃん……
あのさ、
少しは直そうよ。
イビキとか、布団はいで大股開きとか。
女の子なんだからさあ。
「むにゅう、オッパーイルドライバーーーッ!」
寝言でまでプロレス技を叫ばなくていいからさあ。
というか、さらりとエッチなネタを混ぜ込んでこなくていいからさあ。
ああ、そうだ。
ウメちゃん。
ウメちゃん。
彼女と一緒に寝泊まりするのはこれが初めてだけど、どんな寝顔なんだろう。いや別に変な趣味とかでなく。
ウメちゃん顔はキツイけど、でも抜群にかわいいからな、寝ている顔はどんななんだろう。
ふと気になったアサキは、腕立て姿勢でぐっと布団を持ち上げ顔を持ち上げ首をくりん、部屋の一番端で寝ている応芽の寝顔へと視線を向けた。
その瞬間、胸が漫画のように高鳴っていた。誇張でなくドッキンと。
「か、かわいい……」
遠目からではあるが、常夜灯にうっすら照らされている応芽の寝顔がなんともかわいらしく、無意識に声に出ていた。
もっと近くで見てみたいと思ったアサキは、四つん這いでこそーっと移動を開始する。
枕合わせになっている、狭い隙間を。
カズミと治奈の間を、起こさないようにこそーっ……
「ブーメランテリオス!」
どむっ!
「はう!」
四つん這いの真下から、寝ぼけたカズミのパンチが、唸りを上げて腹部にめり込んでいた。
内蔵を吐き出すような呻き声を上げると、アサキはその場でごろり倒れて悶絶した。
ぐうううううっ、
うーーっ、
うーー、
と、地獄の苦しみにしばらく呻き続けるアサキ。
やがて上体を起こして再び四つん這いになり、ふらふらぜいぜい、目的地である応芽の寝ている布団まで辿り着いた。
そのまま、がさごそ一緒の布団に潜り込み、応芽を押しのけるようにしながら、暗い天井を見上げてふうっとため息。
「あ、あれ、わたし、なんでこんなことしてんだ。あ、そうだったっ」
ウメちゃんの寝顔を間近で拝見しにきたのだ。おんなじ布団に潜り込んでどうする。
まあいいや、ここからでも。
と、首をくりんと動かすと、眼前に応芽の横顔ドアップ。
なにか夢でも見ているのか、口を小さくむにゅむにゅ動かしている。
「ドアップもかわいいな」
なんとなく、そっと頭を撫でてみる。
起きる様子はまったくない。
同性なのに、ドキドキしちゃうよ。
やっぱり普段のギャップもあるのかなあ。
ナンヤワレー、ケツカルネン、とかいわないもんな、寝てるから。モウエーワーとか。
でも、そんなこと考えてると反対に、関西弁を喋ってるとこもなんかいいよなって思えるな。
うん。確かに、チャームポイントではあるよな。もちろん関西圏外では、だけど。
「わたしには……なにもないよなあ」
いや、喋り方の魅力ということでなく、人間としていいなと思えるような要素が。
ウメちゃんの、はっきりものをいうところ、
正香ちゃんの、優しく上品なところ、
治奈ちゃんの、飄々としたところ、
成葉ちゃんの、気にしないところ、
カズミちゃんの、我が道を行く的なところ。
そういったかっこよさのようなものが、わたしには欠片もない。
なにもないだけならまだいいんだ。
マイナスが、ありすぎる。
おっかなびっくりなところとか。
すぐ泣いちゃうところとか。
人見知りで、必要な主張すら出来ず、陰でうじうじしているしな。この学校では、すぐ治奈ちゃんたちと仲良くなれたからよかったけど、根本の性格はなにも変わっていないはず。
日々の生活を頑張っていれば、いつかは直るのだろうか。
そんなわたしに、わたしはいつか会えるのだろうか。
絶対に会いに行くぞー。とか、強く思えればいいんだけど。自分を信じられればいいんだけど。
魔法使いとして強くなることに、あまり興味はないけれど、でも、魔法使いとして強くなることで人間としても強くなれるのなら、もっと頑張っちゃうんだけどな。特訓を。
……でもまあ、今日は久し振りにみんなとまるまる一日一緒にいて、楽しかったな。
強くなれたかどうかは別として。
本当に楽しかったな。
ああ、でも……
正香ちゃんのこと……
たまに様子がおかしいってこと、あれからも注意して見てきたけど、一日一緒にいて分かった。
やっぱり、胸になにかを抱えている。
幼い頃からの親友である成葉ちゃんにすら話していないのなら、わたしなんかがおいそれと聞けないことなんだろうけど。
なんだろう。
なにを抱え、秘密にしているのだろう。
秘密といえば、以前ウメちゃんが異空で戦っていた、あの身体の大きな、柄のない斧を持った魔法使い。
あの子、なんだったんだろうな。
魔法使い同士で戦い合うだなんて。
今日の合宿でカズミちゃんと
いや、ウメちゃんたちのあれは、明らかに殺し合いだった。
どちらかが先に死ぬ前に、戦いが終わったというだけで。
余計な人間であるわたしがきたことで、あの場は収まる格好にはなったけど。
わたしがたまたまウメちゃんを探さなかったら、どうなっていたのだろう。
「ウメちゃん……」
一緒の布団に寝ている(アサキが勝手に入り込んだだけだが)応芽の頬を、人差し指で軽くつついた。
指先に、暖かい温度が伝わって来た。
その心地よい弾力と温度を感じながら、あらためて胸に呟いていた。
ウメちゃんも、一体なにを秘密にしているのだろう。
信じるけど。
絶対に悪いことなんかじゃないと。
お腹の肉をごそっと吹き飛ばされながらも、必死にザーヴェラーと戦っていた、世界を守ろうとした、ウメちゃんを信じるけど……
でもだからこそ、なにかを抱えているのなら話して欲しいなあ。
などと考えているうちに眠くなって、応芽と同じ布団の中で、応芽の頬に人差し指を当てたまま、他のみんなに遅れに遅れてようやくアサキも夢の中に落ちた。
色々とあった日であるためかは分からないが、あんまりよい夢ではなかった。
雨の中、傘もささずに一人ぽつんとしているような夢であっただろうか。
だが、この時アサキはまだ知らなかったのである。
現実に勝る悪夢はない。
という真実を。
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