第04話 ザーヴェラー

 カズミがぼそり呟いた。


「ザーヴェラーだ……」


 と。

 その言葉に、場はさらに、完全に凍り付いていた。

 ぴしり、とヒビの入る音が聞こえそうなほどに、緊迫していた。


「うぎゃあああああっ、よりによって、こんな時にい?」


 凍り付いた雰囲気だけでもなんとかしようと思ったか、強がりなのか、素なのか、なるが頭を抱えながら、ばたばたと足を踏み鳴らした。


「これは、運が悪いですね」


 せいの口調は、普段通りに冷静そうであるが、やはり顔にも声にも隠し切れない、いくばくかの動揺が滲み出ている。


「さっき誰かが下らねえ冗談をいってたからだよ! 誰だよもう!」


 語気を荒らげ、舌打ちするカズミ。


「カズミちゃんじゃろ! 膝ぁ叩いて笑いよっとったじゃろが!」

「そうだそうだあ!」

「いやいや、成葉ちゃんも一緒だったじゃろ!」

「そうだったあ! ごめんなさあい」


 成葉はまた、頭を抱えてじたばたと地を踏んだ。


 りようどうさきは、あらためて頭上、天を見上げた。

 先ほどまで青かった空が、すっかり雲に覆われており、まだまだ日暮れまで時間があるというのに、どんよりとした感じに陰ってしまっている。


「あの上に、いるのか……」


 雲の、その上に。


「いえ、もっと遥か下です。現界からは、なかなか見えないだけです。……記録では、この現界に出現したこともなくはないらしいですけど」

「そうなんだ。でも、こんなにのんびりしていていいの? さっきみたいな攻撃が、またきちゃうんじゃないの?」

「のんびりしてるわけじゃねえよ。ザーヴェラーの、いまみたいに異空からの壁をブチ抜けてくるような超攻撃は、連射が効かないんだよ。充填に相当な時間がかかるんだ。だから、これから異空に出向いて、超攻撃が使えない間に、ぶっ潰す!」


 カズミは不安を強気な笑みで吹き飛ばすように、右拳を突き出した。

 吹き飛ばそうとしたのは、自分の冗談からの気まずい空気かも知れないが。


「少し余裕あるっちゅうても応援も間に合わへんやろし、あたしらだけで始末つけるしかないやろなあ」


 みちおうも、カズミに負けじと口元に強気な笑みを浮かべた。


「わたしたち、だけで……」


 アサキは、思わず唾を飲み込んだ。

 ザーヴェラー、まだ姿を見たことはないけど、話には聞いたことがある、空を飛ぶ、巨大なヴァイスタ。

 どうやって、戦えばいいの?


「しかしアサキちゃん……さっきの魔力障壁じゃけど、凄かったの。びっくりしたわ」

「校長が、補強戦力としてリストアップした意味が、分かる気がしますね」


 褒める治奈と正香であるが、しかし受けた当人はつまらなそうな表情で、


「複雑な気持ちだな」


 ぼそりと、言葉と思いを吐いた。

 誰に対してではなく、自分の心に対して。


 本当は、こんな能力なんかいらない。

 魔法なんか、使えなくていい。

 普通の女子でいい。

 ヴァイスタさえいない世界ならば。


 でも、ヴァイスタや、そのザーヴェラーというのが現実に存在していて、人を襲い、世界を滅ぼそうとするというのなら、戦うしかない。

 戦うための力を身につけるしかない。


 だから、自分にそのための魔法力があるというのなら、それは喜ぶべきことなんだ。


 みんなを守れるのだから。

 世界を守れるのだから。

 だから……


「……でも、ありがとう」


 アサキは笑った。

 その笑顔、言葉が出るまでに、相当な、感情の紆余曲折があったわけだが。


 と、不意に全員のリストフォンが、


 ぶーーーーー、

 ぶーーーーー、


 激しく振動した。


 emergencyエマージェンシー


 普段のヴァイスタ出現とは違う振動、緊急を告げる赤い文字が消えて、黒い画面の中に地図が映った。


 アサキたちを表す黄色の丸マークが、この地、一箇所に重なっており、

 さらに、

 敵を示す赤色の丸が、彼女たちとほぼ重なって、表示されている。


 本当に、いるんだ。

 ここの、遥か上に……


 アサキは、また唾を飲み込んだ。

 ぎゅ、と両の拳を握った。

 手の内側はじっとりと汗ばんでおり、不快感に、いったん手を開いて制服のスカートで拭った。


 気付くと、カズミもまた、スカートで汗ばんだ手を拭っていた。アサキのスカートであるが。


「みんな、大変!」


 全員の、左腕に着けたリストフォンから、同じタイミングで同じ声が出て、空間上に共鳴した。

 どうさと先生の声だ。


「第二中のエリアにザーヴェラーが現れたわ! とりあえず、すぐに異空に入って! 座標マークがとんでもなく近いんだけど、もしかしてもう遭遇してる?」

「すぐ真上です」


 正香が答えた。


「やっぱりそうかあ……。応援は要請しておくけど、たぶん間に合わない。あなたたちだけで戦うしかない」


 突き放す言葉であるが、六人の顔にさしたる変化はなかった。

 そうするしかないと、もう分かっていることだからだ。


「……去年戦った時と比べて、魔法使いマギマイスターの数が五人も少ないのが厳しいけど、あなたたち一人一人の成長を信じる! 新たな戦力である慶賀みちがさんの能力と、令堂りようどうさんの頑張りを信じる。……絶対に、死なないで! あたしは、笑顔の報告しか受けないから!」

「了解。必ず生きて帰ります。……ほいじゃ、笑顔の報告をするために、行ってきます」


 明木治奈は、リストフォンを着けている左腕を立てると、その腕を軽く横へと払った。

 カーテンを開くかのような仕草で、一歩前へ身体を運んだ、その瞬間、彼女の姿は消えていた。


 そうどうくうかん、すなわち異空へと入ったのだ。


「ちょちょいっと倒してくらあ」


 カズミも同じように左腕を払い、異空へと姿を消した。


 続いてアサキ、

 そしておう

 正香、成葉、と姿が消えて、


 日の暮れかけて誰もいない、静かな公園だけが残った。

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