第05話 名付けて巨大パンチ!

「と、危ないっ!」


 両手に持った剣でヴァイスタの腕を跳ね上げたりようどうさきは、返す剣先をその白く長い腕へと、魔力を込めつつ叩き付けた。


 ぶじゅり、

 熟したトマトを握り潰したかのような音と同時に、白い腕が地に落ちていた。

 落ちた腕は瞬時にして干からびて、さらさら崩れて空気に溶けたが、切り落とした根の部分、つまりヴァイスタ本体の肘を見ると、ねろねろと粘液が垂れて、固まって、もう新たな腕が作られようとしている。


 とっくに分かっていることとはいえ、おぞましいまでの生命力である。


「広くて戦いやすくはあるけど、おかげで隠れるところがないからなあ……」


 ぼやくアサキ。


 ここは天王台駅を我孫子方面に向かってすぐのところにある、鉄道の車両基地だ。

 現在、列車は端っこにわずか停まっているだけなので、つまりはだだっ広くてなおかつ足場が異常に悪い。

 ここが今回ヴァイスタが現れた地点、今回の戦場だ。


「逃げ隠れること考えてんのかよ。突き進むのみだぜ!」


 カズミはぺっと唾を吐くと、両手のナイフを構えてヴァイスタの群れへと突進する。


「もう、カズにゃんってばあ!」


 不本意そうな表情で成葉も続く。

 じわじわ戦いたくとも、カズミが強行するものだからフォローしなければならず、とそんな不満であろう。


 なお、敷地の反対端である柴崎地区側では、おおとりせいあきらはるが、やはり複数のヴァイスタと交戦中のはずである。


 大量のヴァイスタとの戦闘時は、いかに相手をこちらの有利なように分断誘導するかが勝利の鍵であり、現在のところ、その戦いが出来ているといえるだろう。

 後は、各個撃破の隙を、どう作っていくかであるのだが、


 しかし、そんなことお構いなしなのが約一人。


「邪魔や自分!」


 新加入の魔法使いマギマイスターであるみちおうが、アサキの頭に両手を乗せて跳び箱の要領でぽーんと飛び越えた。


「うええ、わたしの頭を台にしたあ!」


 と、アサキがなんとも情けない声を発したその時には、虚を突かれて動けなかったヴァイスタの腹部に、騎槍ランスと呼ばれる巨大な槍が深々と突き刺さり、突き抜けていた。


 騎槍を握るのは応芽である。

 天高く放り投げておいた騎槍が落ちてくるのを、アサキの頭を飛び越えつつ掴み取り、着地と同時に渾身の力を込めヴァイスタへと突き刺したのだ。


 騎槍を引き抜いた応芽は、手を伸ばしてヴァイスタに触れ、素早く呪文を唱える。


「イヒベルデベシュテレンゲーナックヘッレ!」


 ヴァイスタの腹部に空いている大穴が、ビデオのコマ送り逆再生のようにぶつぶつカクカクした動きで塞がったかと思うと、のっぺらぼうだった顔に魚のような小さな口が出来ていた。

 その口が歪み、にいっと不気味な笑みを作ると、頭からさらさら光の粉になって全身完全に消滅した。


「は、早い……」


 致命傷を与えて昇天をさせるまでの、あまりの手際のよさにアサキが驚いていると、突然カズミの大声が間近に響いた。


「おい、あぶねえぞ! アサキ!」

「え? うああっ!」


 アサキの悲鳴。

 ヴァイスタのニョロニョロ長くうねる腕に、足を掴まれていた。

 骨をへし折られそうなほどの凄まじい力に、魔道着の防具が、パキリと音を立てヒビが入った。


 そのまま、アサキの身体は持ち上げられていた。


 骨の砕けそうな痛みをこらえながら、両手の剣で切り付けようとするアサキであったが、それよりもヴァイスタの行動の方が早かった。長い腕を生かした遠心力で、一番高いところから地面へと、叩き付けたのである。


 がふっ

 アサキの声にならない声、肺を潰されたような呼気、そして激痛に歪む顔。

 意識朦朧、薄目を開けて倒れたまま、動けなくなってしまった。


 くう、と呻いているアサキの頭上へと、ヴァイスタの長い腕が伸びる。

 噛みちぎってとどめをさそうということか、腕の先端にある裂け目が大きく開いて、鋭い無数の牙が覗いている。


 だが、その一撃がアサキの身体を食いちぎることはなかった。


「油断しやがってアホがあ!」


 駆け寄ったカズミが、思いきり蹴り飛ばしたのだ。

 ヴァイスタを、ではなくアサキの身体を。魔道着が頑丈なのをいいことに、力を込めて遥か遠くまで。


 アサキの身体は低い放物線を描いて地面に落ちて、そのままゴロゴロ転がり止まった。

 線路や砂利の上をゴドゴド頭を打ち付けながら転がったわけで、これはこれで脳が揺さぶられて意識が吹っ飛び掛けたが、しかしおかげで、先ほどの意識朦朧が押し出されて吹き飛んだ。


 すぐさま上体を起こすと、素早く視線を左右に走らせ、そばにヴァイスタのいないことを確認して、ほっと安堵の一息。


「あ、ありがと、カズミちゃん!」


 人の身体を遠くへ蹴り飛ばすなど、善意にかこつけた単なる乱暴のような気もするが、そのままだったらヴァイスタに肉を食いちぎられていたこと確実だったわけで、そこは素直に礼をいった。


 カズミもカズミで、ぜーんぜん悪びれた様子なく、親指を立てて、


「しばらくそこで治療してな。なんならそのまま見学しててもいいぞ」

「分かった」


 アサキは、自分の肩に手を当てた。

 ぼーっと、手が鈍い青色に発光する。


 ぐ、と苦痛に顔をしかめた。

 治癒の魔法は本来、怪我を治すと同時に心地のよい気分にさせるものでもあるのだが、戦いの場では急ピッチでの治療になるため、皮膚の再生に無理が掛かって、かなり痛いのだ。


 無言で、手を当て続けている。

 外傷でないので見た目は分からないが、少しずつ癒えているはずだ。


 治癒は呪文詠唱系魔法であるため、本当は、しっかり声に出して唱えないとならない。

 なのに黙々と治療しているのは何故かというと、アサキは、簡単な魔法ならば口に唱えることなく使用が可能なのだ。

 強化合宿の際、既にその片鱗は見せていたのだが、彼女の特殊能力である。


 通常は、ことだまといって、口から発することにより力場生成され、その力場内で増大された魔法力が脳に伝わって発動する、と詠唱系魔法はそういうものであるはずなののに、アサキはその言霊を脳内にて作り出してしまうことが出来るのだ。


 右脳の特定部分が異常発達しているからだろう。

 と、メンシュヴェルトの東葛支部で、検査時にいわれたことがある。


 アサキとしては、別にこの能力にあまり意味は感じていない。

 魔法は、ヴァイスタとの戦いや、その訓練のためという名目でのみ使用が許可されているものであり、つまり戦う目的という前提ならば、しっかり呪文を唱えた方が戦意だって向上するはずだからだ。


 とはいうものの、現在はこの能力が有り難い。

 油断からボロボロにやられたこの惨めな姿を、あまり晒したくないからだ。

 こっそり治療に専念出来るというものだ。


 肩の治療はだいたい完了したので、今度は足だ。

 ヴァイスタに、右の脛を思い切り掴まれて、振り回されたのであるが、みるとやはり防具にはっきり亀裂が走っている。


 防具として役に立たなくなっている脛当てを外すと、直に手を当てて、また呪文詠唱なしの治癒を開始した。


「ぐ……」


 呻き声。

 苦痛に顔が歪む。


 仕方がない。急速に治療せんがための痛みだ。

 魔法も万能ではないのだ。


「カズミちゃんは、この非詠唱能力を伸ばせとかいうけど。……そうなったらなったで、なんかムカつくとかいって殴ってくるくせになあ」


 独り言で、痛みをごまかそうとする。

 その甲斐かどうかは分からないが、段々と治療が進んだこともあって痛みも引いてきた。


 少し余裕が出来たところで、患部に手をかざし続けながらも、みんなの戦い方を見守ることにした。

 まだ新米。見るのも勉強だ。


 自分と近い方にはカズミと成葉、敷地の反対側に正香と治奈。と、分散している。

 残る慶賀応芽は流動的ポジションで、現在は自身が巧みな誘導で群れから釣り出した二体と、戦っている。


「成葉そっちだっ!」


 カズミの大きな声が響く。


「うおっけい!」

「よおし、いくぜええ!」


 成葉がヴァイスタの一体を釣り出して、その一体を確実に仕留めようという、普段よく練習している連係戦術だ。

 しかし、他のヴァイスタが、各個撃破を狙おうとするタイミングを待っていたかのように、仕留め手であるカズミを真横から触手攻撃で襲ったため、


「っと危ねっ! くそ、失敗、仕切り直しだ!」


 いったん身を引くしかなかった。

 軽く跳躍して後ろに下がったカズミは、険しい表情になり、舌打ちした。


「ああ、残念」


 離れたところで治療しつつ、その光景を見ているアサキは本当に残念そうに声を出した。


「でも……やっぱり、わたしがいない方が連係がしっかりしてるなあ」


 ちょっと落ち込んでしまう。

 迷惑にならないよう、頑張ってみんなに溶け込もうとはしているのだけど。

 カズミちゃんたちは、もう一年以上の付き合いで、お互いのことをよく分かっている。

 ちょっとやそっとの頑張りや工夫では、なかなかこの差は埋められない。


「わたしいない方が、簡単にヴァイスタを倒してしまうかな。まあ確実に倒せることがなによりだけど。でも……ちょっと悔しいなあ」


 悔しいというより、情けないなあ。


 などと胸の中でぼやき続けていたところ、不意に目の前で大ピンチが発生した。

 新加入の魔法使いである慶賀応芽が見せる流れるような攻撃に、ライバル意識を燃やしたカズミがまた無茶な突進を仕掛けて、フォローに入った成葉が、


「ぎにゃあ!」


 ガード体勢の上から思い切りぶん殴られて、弾き飛ばされてしまったのである。

 さらに、その飛ばされている成葉の小柄な身体へと、別のヴァイスタが待ち構えており両手を上からハンマーのように叩き落としたのである。


 ガチッ!


「うにっ!」


 運悪くレールの金属部分に頭をぶつけた成葉は、倒れたまま動かなくなってしまった。


「ごめん成葉! 大丈夫か! くそ、邪魔だな!」


 叫ぶカズミ。

 焦るカズミ。

 成葉を助けにいきたくとも、二体のヴァイスタに阻まれて、駆け寄ることが出来ないのだ。


「大変だ!」


 アサキは立ち上がっていた。

 まだ治療途中であるため、右足の痛みにぐっと呻く。

 苦痛に顔をしかめながら、ぼそり声を出した。


「……わたしの……せいだ」


 二人の見事な連係に、悔しいとか、そんなこと考えてしまったから。

 それより、助けないと……


 アサキは走り出していた。

 足の痛みに顔を醜く歪めながら、ヴァイスタと、その足元にいる成葉へと向かって、走り出していた。


 わたしのせいなんだ、

 だから、

 成葉ちゃんを、


「絶対に、助ける!」


 もっともっと速く、というアサキの強い思いであったのか、

 それとも、足の激痛をどうにかしようという無意識であったのか、

 分からない。分からないが、知らず、脳内に言霊を描いていた。

 つまりは、詠唱することなく魔法を唱えていた。


 宙を、飛んでいた。

 地面すれすれのところを、砂煙を巻き上げながら、もの凄い速度で。

 アサキは、飛んでいた。


「うあああああああっ!」


 雄叫びを張り上げながら、いままさに成葉を襲おうとしているヴァイスタの巨体へと、飛び込んでいた。

 いや、殴り付けていた。

 まるでアドバルーンのような、とてつもない大きさに巨大化した右拳で。


 どおん、

 爆音が響いた。


 それが一体全体どれだけの破壊力を持つものであったのか、一撃を食らったヴァイスタの腰から上が、完全に消失していた。


 アサキが着地すると、

 しゅしゅしゅ、と小さな音を放ちながら、拳は、一瞬にして元の大きさへと戻っていた。


「成葉ちゃん、成葉ちゃん、大丈夫?」


 成葉を庇うように立ちながら、尋ねる。

 庇うといっても、目の前のヴァイスタは下半身しかなくて、なんにも出来なさそうではあるけれど。


「うん。……ありがと、アサにゃん……助かったよ」


 成葉は微笑むと、ゆっくり立ち上がり、ぷるぷるぷる、っと濡れた子猫みたいに頭を振った。


「なら、よかった」


 アサキも、ふふっと笑みを返した。

 成葉が無事なことだけでなく、自分が少し役に立てたことで嬉しい気持ちになったのだ。


 視線を下ろして、自分の両拳を見つめる。


 この……能力、わたしの……詠唱系魔法を詠唱せずに使えるって……意味がないどころじゃないぞ。

 詠唱がいらないから、組み合わせることが出来るんだ。

 飛翔魔法と、もともと自分の得意としている(というか何故かみんなが苦手にしている)巨大化魔法、その組み合わせでこんなことが出来てしまうなんて。


「おいおい……なんだか、えらいぶっ飛んだ技を見ちゃったぞお」


 ようやく執拗な攻撃をかいくぐって、成葉を助けに来たカズミ(一足遅かったが)が、ヴァイスタをとてつもなく巨大化した拳でぶん殴って倒したアサキの豪快な技に、すっかり唖然としてしまっている。


「名付けて『巨大パンチ!』」


 成葉は、もうすっかり意識が回復したようで、楽しそうな笑顔で腕を突き上げた。


「おーっ、いいねえそのネーミング」


 カズミが、ぱちぱち拍手をする。


「巨大……パンチ、か」


 自分の両拳を見つめながら、ぼそりしみじみ呟いたところで、アサキは、はっと我に返り顔を自分の髪の毛と同じくらい赤く染めた。


「そ、そんな恥ずかしいネーミングはやめてええ!」


 無意識に出ちゃっただけとはいえ、せっかくのオリジナル技で見事ヴァイスタをやっつけたんだ。だというのに、なんでそんな辱めを受けなきゃならないんだ!


「分かったよ、呼ばないから、早く昇天させろよ! 復活しちゃうだろ!」


 楽しげながらもあきれ顔のカズミである。

 別に、彼女自身が昇天させてもよい距離感であるが、どうせならアサキ一人に最後までやらせたいのだろう。経験を積ませるためにも。


「あ、そ、そうだった。イヒベルデベシュテレン……」


 慌てたようにヴァイスタの胴体に右の手のひらを当てたアサキは、念の為、非詠唱ではなくしっかりと呪文を唱える。


 完全に消失したヴァイスタの上半身であるが、ビデオの逆再生をコマ送りで見るように復活して、全身元の姿に戻ると、続いて、頭からさらさら光の粒子になって、消えた。

 頭から足の先まで、全てが瘴気を含む風に溶けて流れていった。


「ふーっ。アサキの巨大パンチで、さらに一匹を倒したわけだが、まだまだいやがるなあ」

「その名前いわないっていったでしょお!」

「そうだっけえ?」


 などと二人が軽口、いや片方は重口かも知れないが、とにかくそんな言葉をかわし合っていると、


「カズミちゃん! アサキちゃん!」

「成葉さんも」


 すぐ間近から、治奈と正香の声が聞こえた。

 電車の脇から、二人の姿が、すっと現れた。


「え、な、なんで……」


 といったきり、不思議そうにぽかんと口を半開きのカズミ。

 彼女だけではなく、ここにいる全員が、そんな顔になっていた。

 鏡がなくて見えないけれど、おそらくアサキ自身も。


 何故ならば、最初の作戦通りに相手を分散させて、広い敷地の端と端に分かれて戦っていたはずであったから。


「あはーん、もお、せっかくバラバラにしてたのに、また集まってきちゃったよーーーっ!」


 成葉が頭を抱えた。


「というよりも、うちらがおびき出された?」


 訝しげな表情の治奈、その不安そうな声を、慶賀応芽の大きな声が吹き飛ばした。


「それでええんや! お前らは、はよ退がっとけ。ごっつ強力なの、ぶっ放すでええええ!」


 慶賀応芽は、逆手に握り振り上げた騎槍を、振り下ろして、地面に突き立てた。

 地が発するのか得物が発するのか、刺さった部分からパチリパチリと青い火花が爆ぜ弾ける。


「な、なんか分かんないけどっ……」


 成葉は、興味深けにその様子を伺いながらも、いわれた通り、後ろに跳んで距離を取った。

 アサキたちも同様に、後ろに跳んだ。


 地面に片膝を立てて騎槍を突き立てている応芽、一人だけ残ったことにより、ヴァイスタの群れが一斉に彼女の方へと向かう。


「グラヴィタツィオン!」


 大声で呪文を詠唱しながら、騎槍を引き抜くと、地に穿たれた穴から青い光が吹き出した。

 触れば手応えがあるのでは、というくらいに濃密な光の粒子が、間欠泉のごとく吹き上がった。


 ヴァイスタの群れが、みな、動かなくなっていた。

 巨大な万力に挟まれてぎりぎり締め上げられているかのように、もがけども身体が動かない。

 だが、

 それは、アサキたちも同様であった。


「ぐ……」


 上からの、とてつもない圧力に、アサキは耐えきれずに片膝をついた。

 慶賀応芽の魔法によるものか、重力がぐんぐん増大しているのだ。

 それはさらに激しさを増して、アサキはあっという間に地に潰れて、腹ばいになってしまった。

 なんとか顔を上げて見回すと、他のみんなも同じような状態になっていた。


 やはり慶賀応芽の魔法、術が放つ青い光によるものなのだろう。

 ヴァイスタよりも、その青い光から遥かに距離を取っているというのに。

 だというのに、怪力自慢のカズミさえも、地に縛られて、ひざまづいてしまっている。


 カズミは、重力に耐え、ギリギリと歯を軋らせながら、顔を上げて、この元凶たる魔法使いを睨んだ。


「あいつ、五芒星、作ってたのか……」


 その言葉に、アサキもはっと気付くところがあった。

 今日はお前らの戦力を見させて貰うで、などといって、戦列に加わらず、一人別働隊としてぴょんぴょん跳ね回っていた慶賀応芽であったが、あれは、この魔法のための仕掛けをしていたのだ。


「ほなあ、いっくでええええ! 超魔法! リッヒトランツェル!」


 青い光が瞬時に形状を変え、めらめら燃える、炎の馬と化していた。


 慶賀応芽は、その青白く燃える炎の馬に、ひらり飛び乗りまたがった。

 右脇に騎槍を抱えて、ヴァイスタの群れへと馬を突っ込ませ、そして一瞬にして駆け抜けていた。

 まるで、馬と彼女自身が、一本の巨大な騎槍となったかのように。


 十体ほどもあるヴァイスタが、すべて、胸から上を失って、ぴたりと動きを止めていた。


 炎の馬が消え、とっ、と赤黒魔道着の魔法使いは軽やかに地へ降り立った。


「とどめ刺す権利は、お前らにくれたるわ」


 そういうと、にやり笑みを浮かべた。


「ほれ、なにしとるん? いつまでも、みっともなく倒れとらんで。こいつらが復活してまうやろ。寝不足か自分ら」


 潰されそうなほどの重力に、腹ばいで耐えていたアサキであるが、その言葉に、自分の手をぐっと握ってみた。


「え?」


 力が、入る。

 楽々と、拳を握り締めることが出来た。


 両手を何度かグーパーすると、開き、地に付いて、ゆっくりと立ち上がった。


 重力に必死に抵抗しているつもりが、いつの間にか思い込みで、自らの身体を自らで縛っていたのだ。

 その、なんともいえない恥ずかしさに、顔を赤らめていると、他のみんなも同じように立ち上がって同じように顔を赤らめていた。


 なんとも表現の難しい空気感が、立ち上がった五人の間を吹き抜けていた。


「ひょっとして……ヴァイスタを誘導するために、うちらを囮にしたん?」


 まだ半ば呆然とした、治奈の呟き声に、


「気が付いた?」


 慶賀応芽は、にっと得意げな笑みを浮かべた。

 浮かべた瞬間、表情一変、カズミに胸を激しくどつかれて、


「なんや自分!」


 怒鳴り、どつき返していた。


「なんやじゃねえよ、この関西弁が! ちょっと強引すぎるだろ! いきなり超魔法なんか使いやがって。あたしらも潰されて動けなかったじゃねえかよ!」

「せやから退がれゆうたやろ! 一番犠牲なく安全に勝つ方法を選択しただけや! 広い場所やし、烏合の衆とはいえ五人もおるから、これならじっくり超魔法五芒星の準備が出来る思うただけや」

「ウ、ウゴロシュー、だとお? 誰がシュークリームの話をしたよ!」

「無学か自分」


 プッとわらい。


「う、うるせえな! なんだよ、たいした魔法でもないくせにかっこつけて、あたしらに迷惑かけただけじゃねえか。さっきのあれ本物のヴァイスタじゃなくて、自分で用意したハリボテなんじゃねえの? 魔法で幻覚見せただけとかあ」

「そんなセコイ真似せえへんわ! お前らも戦ってたやろが!」

「いやあ、幻覚に騙されてた気がするなあ。……こいつのインチキ超魔法に比べたら、アサキはよくやったよ。咄嗟に、技を編み出したからな。このまま成長してけば、あたしと肩を並べる日も近いぞお。よし、特別にいまちょっとだけ並ばせてやる」


 そういうとカズミは、ぽわーんとした表情で立っていた赤毛少女の身体をぐいと引き寄せて、強引に肩を組んだ。


「や、やめてよカズミちゃん! 恥ずかしいよお!」

「なにが? 肩組むのが恥ずかしいんか?」

「そうじゃなくて……」


 アサキは、自分の髪の毛と同じくらい、顔を赤らめた。


 いえないけれど、恥ずかしいに決まっているじゃないか。

 ウメちゃんの格好よくて破壊力抜群の技と比べて、自分のは、ただ手を大きくしただけだし。

 巨大パンチとか、名付けられちゃうし。

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