第18話 ひょっとして瞑想効果? 自販機が……自販機が!

 瞑想、つまり魔力を体内に感じるトレーニング。


 シャトルラン、これは敏捷性や心肺機能、同時に腿の裏や胸の筋肉を高めるトレーニング。


 レクリエーションも兼ねて、テニスコート脇でドッヂボールをやって、反射神経や判断力を鍛える。


 ヴァイスタとの戦いを想定した、フォーメーション練習。


 ゆっくりジョギングでクールダウン。


 そしてもう一回、瞑想。


 これにて、強化合宿の全トレーニング工程、終了である。


「さて、ホテルに戻って帰り支度じゃ」


 瞑想の姿勢から立ち上がったあきらはるは、大きく伸びをすると、足元にある自分のバッグを手に取った。


 りようどうさきも立ち上がり、満足げな表情で、治奈を真似して大きく伸びをした。


「色々と疲れたあ。強くなってるといいなあ。身体も精神も魔法力も」

「さっき廊下で頭を打ってわんわん大泣きしてた奴が、そこまで強くなれるのかなあ。なっているといいねえ」


 カズミが、アサキの腕を両の人差し指でつくつく突っついた。


「うるさいなあ。あれは誰だって泣くよお」


 すぐ人のことからかうんだからなあ。カズミちゃんは。

 泣き虫だっていいじゃないか。

 わたしはわたしなりに、強くなったのなら。


 でも、本当に強くなったのだろうか。

 なってなかったら、強化合宿の意味がないというものだけど。


 両手を胸の前に上げて、握ったり開いたりしてみる。


 特に変わった実感はない。


 軽く、右拳を突き出してみる。


 特に強くなった感じもしない。


 ただ、全身に爽やかな疲労があるのみだ。

 と、そんなアサキの気持ちを察したのか、治奈が、


「昨日今日でそんな変わらんじゃろ。基本は日々の鍛錬、それと実戦じゃ。ほじゃけど、そがいなところを意識出来るようになるスイッチみたいなものは、この合宿でしっかり入ったと思うよ」

「だといいけどなあ」

「心配いらん」


 治奈は笑いながら、すぐ近くにある自販機の前に立つと、センサー部に左腕のリストフォンを押し当てて、自販機の画面に表示されていてる炭酸飲料の画像をタッチした。


 がたごとん、とペットボトルが受け取り口に落ちてくると同時に、自販機の画面が切り替わってアニメ映像が始まった。

 お姫様をさらったドラゴンと、剣を持った勇者が戦う、かわいらしい感じのアニメだ。

 勇者が、期待させるも負けてしまい、ドラゴンの足に踏まれて悔しそう。

 残念そうな音楽と、「はずれ」の文字。


「また外れよったわ」


 治奈はちょっぴりだけ残念そうな顔で、ペットボトルの口を開けた。


「普通は外れるよお」


 といいながら、今度はアサキがリストフォンを翳して、緑茶の画像をタッチした。

 いや、タッチしようとしたところで、


「だからあ、プリプリ将軍のじゃない方の方だってばあ!」


 などと、お笑い芸人について成葉といい争いしているカズミの肩が、どんと強く背中にぶつかって、アサキの顔は自販機に押し付けられた。


「むぎゃ」


 ガゴっ、

 紅茶のペットボトルが落ちてきた。


「あーー違うの押しちゃったあああ!」


 悲鳴に似た、情けない声を上げるアサキ。


「あ、あ、ごめんねアサキちゃあん。ほんとごめんっ」


 カズミも、これはさすがに悪いと思ったか、両手を合わせて何度も謝った。

 顔はにこにこ笑っているが。


「わたし紅茶と炭酸は苦手なんだよお」

「好き嫌いしてっと大きくなれねえぞ。おっぱいとかあ」

「紅茶でどうやって胸を大きくするんですかあ?」


 などと下らないやりとりをしながら、勇者とドラゴンの戦いを見守るアサキ。


「あれ……」


 なんか、さっきとアニメが少し違う気がする。

 違うどころではない。

 ドラゴンの口から吐かれる凄まじい炎を、耐えきった勇者が、大きくジャンプして剣を叩き下ろして、ドラゴンを倒してしまった。


 「あたり」


 この三文字を前に、

 アサキはしばし呆然と立ち尽くしていた。


 どれくらいの時が経ったであろうか。

 地球誕生46億年、いやビッグバンから138億年か?


 アサキの顔に、じわぁああーっと、凍らせ過ぎた炭酸水が容器から漏れ出すがごときの笑みが浮かんだかと思うと、突然、とてつもなく大きな声で叫んでいた。


「当たった! 当たったああああああ! 自販機の当たりがあ、この世に生まれて十三年目にしてっ、はっはじっ初めてえっ、当たったあああああああ!」


 ジャッキーン。

 天高く右腕を突き上げるアサキ。

 ありがとう太陽。ありがとう空。そして、おめでとうわたし。


「す、すげーなアサキ! つうかそれっ、あたしのおかげじゃん。あたしの手柄じゃん」


 何故か一緒になって興奮してしまっているカズミ。


「結果的にはそうだけどさあ、でもカズミちゃん、わたしには一生当たりっこないとか散々バカにしてたじゃないかあ」

「いや全然記憶にないなあ。でもそうだな、考えてみればかわいそうに、これで一生分の運を使い果たしちゃったわけかあ」

「えーーーーっ。わたしの運の合計値ってどれだけ少ないんですかあ? ……とにかく、生まれて初めて当たったのだし、これは大切に選ばないとなあ」


 うーん、と腕を組み、真剣な表情で自販機のパネルとにらめっこ。


「別に、さっき買おうと思っていたのでいいじゃんかよ」

「いやあ、確かにそうなんだけどね、でもせっかくなんだし記念になんか特別なのにしようかなっと。でも他は好きじゃないのばっかりなんだよなあ」

「生意気に好き嫌いしてんじゃねえよ」

「……と思ったら鉄観音入りの緑茶が隅っこにあったああ! それじゃあこれに決定、ふぁああ、ふぁあ、……へくしっ!」


 くしゃみで指先がぶれて隣をタッチしてしまった。

 ガコガコ、ゴトン。


「ああ……」


 青ざめた絶望的な顔で、立ち尽くすアサキ。


 いつまでもこうしていても仕方ない、と、腰を屈めて受け取り口から取り出した。

 実はタッチ操作が間違ってはいなかった、という奇跡を信じて。

 だが、ラベルを見ると、スイカ炭酸ジュース。


 やっぱり、これ押しちゃってたか……


 奇跡は起きなかった。


「せっかく生まれて初めて当たったのにいいいい、最悪だよおおおお。そもそも誰が飲むの? スイカ炭酸なんてさあ」


 はああああああああああ、とながーいため息を吐くアサキと裏腹に、カズミはお腹を押さえて大爆笑である。


「一生分の運を、缶ジュースを当てることだけで使い果たし、直後から不運続き。さすがだっ。さすがすぎるっ! 師匠っ、これから不運師匠と呼ばせてくださいっ! 弟子入りはまっぴらですが」

「カズミちゃん、からかわないでよおお」


 泣き出しそうな悔しそうな、なんとも情けない顔でカズミを睨んだ。


「さっきの紅茶と、二つを混ぜれば科学変化で素敵な味になるかもよ」

「まずかったらカズミちゃん飲んでよね」

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