第15話 勝負に勝ったのに!
いちに
いちに
いちに
済んだ青空の下を、五人は走っている。
中学校の紺色ジャージ姿で。
ホテル周辺を、早朝ジョギングしているのである。
うねうねとした舗装路を二列になって、先頭は
「うはっ」
走りながら、成葉が素っ頓狂な声を上げた。
「どうかしましたか?」
正香がちらり視線を泳がせて、成葉の眼光が飛ぶ先を追うと、そこにあるのは飲料の自動販売機である。
「当たりくじ付き自販機だ」
「だからなんだっつーの」
先頭を走るカズミが振り返って、小さなツッコミを入れた。
「あれさあ、何分の一くらいで当たるんだろうねえ」
「知らねえよ」
ぷいっと前を向き直るカズミ。
「そういえばわたくし、一度も自動販売機で飲み物を買った記憶がありません」
という正香の衝撃発言に、四人からえーーーっと驚きの声が上がった。
「さっすがお嬢様じゃなあ」
治奈が苦笑していると、最後列のアサキが、誰も見てないけどビシッと元気よく右手を上げながら、
「はいっ! わたし結構当たり付きチャレンジするけどこれまで一回も当たったことがないっ!」
「うん、アサキは一生当たんないと思うなあ」
カズミが振り返ることなく走り続けながら、ははっと乾いた感じに笑った。
「そんなことないよ! よおし、後で買ってみよーっと。なんか今日こそ当たる気がする」
「無理無理、運のねえ奴はなにやったって同じ。せめて地道に実力を磨け」
「はあい」
憮然とした顔で、ちょっと肩を落とすアサキ。
そんなどうでもいいやり取りをかわしながらも、五人はしっかり走り続け、やがて軽い上り坂に差し掛かる。
傾斜はそれほど厳しくもないが、長々と続いているため、ジョギングには意外とハードな坂である。
その坂に入って、さらに五分ほどが経過した。
先頭を走っているカズミが、やたらと振り返って後ろを気にしていたが、やがて、
「なあんで脱落しねえんだよ」
しっかり付いてきているアサキへと、苦々しい顔を向けて、舌打ちをした。
「アサにゃん体力あるね、ってカズにゃん褒めてるよお」
つつっと後ろに下がった成葉が、アサキの背中を叩いた。
「誰も褒めてねえし! へたばってもうダメーって倒れたところ、踏み付けて笑ってやろうとしただけだあ!」
口では酷いことばかりいっているカズミであるが、アサキは気にしたふうもなく、
「走るのは得意なんだあ。バスケ部だったからかなあ」
しっかり魔法使いの先輩たちに付いていきながら、アサキは余裕の笑みを浮かべた。
先輩にイビられてばかりで、きちんとした試合に出たことは一度もないが、理不尽なシゴキを受け続けていた分だけ体力には自信があるのだ。
「なんだよ、体力ねえなあってイバれねえじゃんかよ。……つうか、お前なんかには絶対に負けねえ! どっちが先に、折り返しのとこまで辿り着けるか、勝負だああああああ!」
うおおおおと、といきなり雄叫びを張り上げて、カズミは走り出した。
「えーーーっ」
すぐそうやって、勝負ごとに持ち込むんだからなあ。
やらなかったり、負けたりとかしたら、罰ゲームとかいってまたプロレス技を掛けてきそうで嫌だしなあ。
仕方ない。
勝負に付き合いますか。
と、アサキは渋々とした表情で、走る速度を上げた。
すいすいっと軽やかに成葉と正香との間を抜けると、治奈を抜いて、前方で土煙を巻き上げながら雄叫び張り上げているカズミの背中を追う。
「アサキちゃん、この後も特訓あるけえ、ほどほどにな」
背中へ、治奈の声が掛かる。
「分かってる!」
分かってるけど、勝負に乗ってあげないと、カズミちゃんってばなにをしてくるか分からないからな。
はいあたしの不戦勝っフライングクロスチョーップ、とかさあ。倒れてるところ足を掴まれて、ジャイアントスイングで吹っ飛ばされたりとかさあ。
前方を、手足バタバタみっともなくガムシャラに走っているカズミ、そのさらに向こうに大きな木が見える。
どうやらそこで行き止まりのようなので、つまりそこが折り返し地点ということだろう。
仕方ない。
本気、出すか。
アサキはさらに足の回転速度を早めた。
無駄にバタバタしているせいか少し疲れの色が出始めていたカズミと、肩が並んだ。
「はあああああ?」
カズミはびっくり大口開けると、負けてなるかとさらに手足をブンブン振り始める。
手を振ったくらいでどうにかなるものでなく、むしろ余計に体力を奪われて、ずるずるとカズミの身体が後退していく。
アサキがトップ独走だ。
木の周囲を、柵に囲まれて道がぐるりと回っている。
終着地点だ。
アサキは、よい感じに息を切らせながら、ゴールを目指して腕を振る。
二十メートル。
十メートル。
うおおおおおおお、後方からカズミの雄叫び。
五メートル。
「ゴーーーーーール!」
罰ゲームを避けられた安堵と、暴君を倒した気持ちよさとに、アサキは笑顔満面振り返って両手を天へと突き上げた。
「フライングクロスチョーーーーーーップ!」
結局のところ、負けて悔しい暴君の八つ当たりを、喉元に容赦なく食らって、二人の身体は柵を飛び越えて、急坂をゴロゴロ転がり落ちていくのであった。
「なんでだあああああああああっ!」
ゴツゴツ身体を打ち付けながら、自業自得の暴君と絡み合いながら落ちていくアサキ。
そんな彼女の叫び声は、むなしくも段々と小さくなって、やがて消えた。
残るは山の静けさだけであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます