第14話 独断偏見かわいさランキング2045 -アサキの日記-

「六月三日 土曜日


 今、私はホテルでこの日記を書いている。

 魔法使いの特訓のために、治奈ちゃんたちと一緒に福島の山へ、合宿に来ているのだ。


 疲れた。

 全身のエネルギーをすべて使い果たすくらい疲れた。


 でも、面白かった。

 空気が綺麗で眺めも最高なところで、色々な訓練をしたり、知らなかった魔法を教えてもらったり。

 ホテルのご飯も美味しかったし、お風呂も広くて気持ちよかったし。

 カズミちゃんがとにかく乱暴で、泣かされちゃったりもしたけど。

 でも、私たちのために色違いのキーホルダーをプレゼントしてくれたりして、ガサツで不器用だけど根はとても良い子なんだけどね。

 このプレゼントのおかげで、みんなの結束が高まった気がする。

 私も、少しは入り込めた気がする」




「いちいち、プロレス技、を、かけてくるのは、やめて欲しい、けど……と。あと、自分も、やってるくせに、他人が同じことした時だけ、激怒して、スライディングタックルとか、やめて、欲しい。理不尽だ。いつか、ぶん殴って、やる、ぞ、と……」


 カリカリ、カリカリ、ペンを走らせている。

 リストフォンの、映写孔からのキーボード映像を空間投影させてのタイピング、が主流の時代に、アナログなインクペンと紙のノートである。


「なになに、ガサツだけど根は……」


 カズミの声。

 反対側から、布団に入ったまま眠そうな目でノートを覗き込んでいるのだ。


「カズミちゃんっ! お、起きてたのっ?」


 慌てて、枕元のノートを胸の下に抱き込み隠した。


「お前がブツクサいってっから目が覚めちゃったんだろ。なに書いてたんだあ、ガサツとか誰のことだよ」

「治奈ちゃん、だよっ!」


 咄嗟に、つい適当な嘘を吐いてしまった。


「ははっ。あいつよく、床に落としたスナック菓子を三秒ルールとかいって食ってるもんなあ。三秒過ぎたろってツッコミ入れたら、広島では五秒じゃとかわけ分からんこといっててさあ、ふあ、おやすみなみゃい」


 重そうだったカズミのまぶたがすとーんと落ちて、同時に顔もすとーんと落ちて枕に埋まった。


 ぐおーっ。

 もうイビキが聞こえている。


「助かった……」


 胸を撫で下ろすアサキ。

 生命を奪われるであろう未来を回避した安堵感と、同時にそこはかとない罪悪感。治奈のことをガサツなどと貶めてしまったからだ。


 でもまあ、カズミちゃんのいったことがホントならいいのか。

 真実ガサツなんだから。

 そうか広島では五秒なのか。


 などと論点を曲げて、罪悪感から逃れようと努力をしているというのに、


 ぐおっ。

 ぐがっ。


 イビキうるさいなあ、もう!


 ちら、と目線上げてカズミの寝姿を見た。

 アゴを枕に埋めているのが息苦しくなったか、くっと呻くとゴロリン回転して仰向けの姿勢になった。

 隣の布団を蹴飛ばしそうな、迷惑なくらいに股を大きく広げて、イビキをかき続けている。


 起きてると腹立たしいことばかりするけど、寝顔はかわいいな。

 イビキうるさいけど。


「おでこに、なんか落書きしちゃおうかな。『肉』とか『米』とか」


 ふふっ、と含み笑いしながらペンを持った手をカズミの額へそーっと近付ける。


 いや、ダメだ。筆跡でバレるっ。

 誰かの書き癖を、真似するか。治奈ちゃんとか。

 よし、それでいこう治奈ちゃんでっ……いやいやいやっ、インクのペンを持ってるのってこの中で私しかいないじゃないか。

 残念。

 カズミちゃん、今日のところは見逃してやろう。

 わたしの優しさに感謝したまえ。


「しかし、凄まじく悪い寝相だな。大足広げて、隣ガスガス蹴ってるよ。女の子のくせに最低だな。というか、こんな蹴られてどうしてこれで起きないんだよせいちゃん」


 その、蹴られている隣の布団へと、視線を横移動。

 すーーーーっ、という微かな寝息を立てているのは、おおとりせいだ。

 たえずもぞもぞゴロゴロしてるカズミと違って、こちらはぴくりともしていない。


「仰向けのまま手足をまったく動かさないし、寝方が上品過ぎる。やっはり育ちがいいんだなあ。さながらサラブレッドというところか。それに比べるとカズミちゃんは、だな。ははっ」


 笑いながらアサキは、自身の真横の布団へと顔を向ける。


 幸せそうな、成葉の寝顔。

 幼児がクリスマスプレゼントを期待しているような。


「ここっこれはまさに極上の甘露っ! ナルハ幸せだー。幸せであるぞーっ」


 成葉の寝言だ。


 プレゼントじゃなくて、なにかを食べている夢か。

 なにを食べているのだろう。


「むにゃあ。おばちゃんっ、超特盛牛丼おかわりい!」


 牛丼でしたあ。


 がくーっと崩れるアサキ。

 両手で上体を軽く起こして身を捻り、反対側の布団へと視線を向けると、


 治奈が、布団に半分顔が隠れるようにして眠っている。

 くーーーー、とこちらも正香に負けず劣らずの小さくかわいらしい寝息である。


「普通だ……」


 寝顔も、寝姿も。

 ほじゃけえとか極道みたいな言葉を喋ってるから目立つけど、眠っていると目立たないんだなあ。

 目立たないけど、でも、一番かわいいのは治奈ちゃんかなあ。

 個人的に、だけど。


「えっと……」


 ペンを握り、日記帳の片隅になんとなく書いてみる。「和咲の独断偏見かわいさランキング 2045」、と。


「一位、治奈ちゃん。それで二位はあ、もちろん正香ちゃんで。あ、でも、どうだろう。美人というなら絶対に正香ちゃんが一等賞だけど、かわいいだと成葉ちゃんも上位にくるよなあ。いやあ、これは思ったよりも迷いますなあ」


 うーん、と枕元で腕を組んで難しい顔を作るアサキ。


「カズミちゃんも、寝顔だけならこうしてかわいいんだから、普段のゴミみたいに汚い言葉遣いが印象を落としているよなあ。じゃ、じゃあっ、まずはなるべく客観的な顔だけランキングで、次に態度を補正した……カズミちゃんが最下位に決まっててつまんないかあ」


 などと女子の容姿をダシに楽しんでいるうちに、リラックスし過ぎたか睡魔に不意打ちされて、ころっと眠ってしまっていた。


 翌朝、


 寝るのが遅かったぶん、一番最後に目覚めてしまったアサキは、既に時遅く、独断偏見のランキングをみなに見られてしまっており、カズミに顔面の形状が変わるくらいボコボコに殴られるのだった。

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